本文にも書いたように、7月にリリースしたベストアルバムのセールスが好調で、結成20周年のここに来て、再びシーンに浮上してきた感のあるアンダーグラフ。これまではあまりメディアに出ることを控えてきたそうだが、今年はメディアへの出演に前向きとのことで、まさに再ブレイクの兆しが見えてきたとも言える。9月21日に行なわれた配信ライヴ『UNDER GRAPH 20th Anniversary Live~2020年、僕らは変わらずに、変わり続ける旅をする。Studio Live Session~』も好評だった様子。今週はそんな彼らのデビュー作『ゼロへの調和』を取り上げる。
■「ツバサ」の普遍的なメロディー
今年7月28日付のOKMusicのニュースで“15年振りに再ブレイクの兆しを見せている”と紹介されていたアンダーグラフ。記事によれば、ベストアルバム『UNDER GRAPH 20th BEST 2000-2020』が、新星堂WonderGOOアルバムチャート6位にランクインするなど、好発進している中、収録曲の「ツバサ」が7月24日のshazamチャートでは4位に急上昇し、サブスクリプションや累計ダウンロード数は1,875万を超えたという。ベストアルバムの6位については、確かに好セールスであることは間違いないけれども、過去、彼らの2ndアルバム『素晴らしき日常』(2006年)がチャート4位にランクインしたことを考えれば、このくらいのリアクションはとりわけ不思議ではなかろう。驚くべきは「ツバサ」がshazamチャートで4位になったほうである。2004年に発表された楽曲がリリースから16年を経て4位というのは大快挙だ。奇跡に近いと言ってもいいのかもしれない。
ただ、それがCDセールスのチャートではなく、shazamという音楽認識アプリでの結果であったことを考えれば、頷けなくもないというか、そういうこともあり得るかなという気がしてくる。「ツバサ」は前述の通り、16年も前の楽曲であるからして、ヒットしていた頃、まだ物心付くか付かないかの時期だった現在の10代にとって耳馴染みはないだろう。今の20代でも幼少期に余程熱心に音楽を聴いていたという体験でもない限り、パッと聴いて「ツバサ」と認識する人は少なかろう。30代でも怪しいかもしれない。どこかで聴いたことがあるメロディーだと思っても、タイトルや演奏者が出てこないという人もいるとは思う(※50代以上になると別の意味でタイトルや演奏者がなかなか出てこないことがあるのだが、それはまた別の話…)。
「ツバサ」が発売された2004年というと、アテネオリンピックが行なわれた年である。北島康介が男子100メートル平泳ぎ、200メートル平泳ぎで金メダルを獲得。2冠達成して、“チョー気持ちいい!”と言ったことは多くの人の記憶に残っているかもしれないが、“アテネ五輪の柔道での銀メダリストは?”と問われたら、顔が思い浮かんでも名前が即座に出てこない人物もいると思う。「ツバサ」は確かにヒットした。週間チャート最高位6位、年間チャート29位である。しかし、同じ年の1位であった修二と彰「青春アミーゴ」やケツメイシ「さくら」、その年に大ブレイクしたORANGE RANGEのナンバーと比べると、地味であることは否めない(※金メダルと銀メダルの喩えがイマイチ巧くないことも否めない)。
話が横道に逸れたようなので軌道修正──。しかしながら、このshazamチャート4位で、「ツバサ」のメロディが普遍的であることが証明されたとは言える。どこかから流れてきた「ツバサ」を耳にして、“この歌、何?”と興味を惹かれた人や、“聴いたことがあると思うけど、この曲、何だっけ?”と思った人が調べた結果の4位ではなかろうか。もちろん、単にアンダーグラフのベスト盤がリリースされると知り、懐かしくなってshazamで「ツバサ」を聴いた人もいただろうが、それだけでベスト5入りするとはにわかに信じがたい。検索した人が多かったと見るのが妥当であろう。いや、自分でここまで述べておいて何だが、それにしても…とは思う。「ツバサ」が4位になった時の前後のチャートがどうだったのかが分からないので何とも言えないが、1位が修二と彰「青春アミーゴ」で、5位がケツメイシ「さくら」ではあるまい。16年も前のタイトルがトップ5入りすること自体が驚異的であるのは疑いようもない。ちなみに今回調べたら、「ツバサ」は[有線の問い合わせチャート14週連続1位]で、[最初は有線放送やラジオのリスナーから火がつき、その後、CDの売り上げにもつながるかたちとなった。そのため、発売後20週目でオリコンのTOP10にランクインとなった]という(※[]はWikipediaからの引用)。16年前も“この曲は何?”と思った人が多かったのである。こうなると、驚異を通り越して畏敬の念を抱くほどである。
ただ、改めて「ツバサ」を聴いてみると、16年ぶりにチャートインしたことにも納得するしかないというか、この歌メロはやはり只事ではないとは思う。他に類するものをあまり思い浮かべることができない。メロディーの起伏で言えば、「ツバサ」以上に抑揚のある歌メロはナンボでもある。コンテポラリーR&Bのほうが起伏に富んでいるし、「ツバサ」は当世のそれらの楽曲ほどにハイトーンに突き抜けるわけでもない。抑揚で言えば、昭和、平成の歌謡曲にはこれ以上に派手なメロディーはたくさんある。「ツバサ」は決して地味ではないが、派手でもない──“ない”とまで断言するのもどうかと思うが、少なくとも煌びやかな…という意味での派手さは薄いと言ってよかろう。ちゃんと楽譜を確認したわけではないけれども、確認するまでもなく歌メロは音符が多いわけでもない。それなのに、強引にこじ開けて入ってきて、脳髄の奥に居座り続けるかのような大胆さが「ツバサ」の歌にはある。
七五調──五はほとんどないのでほぼ“七調”と言っていい──の歌詞にもその秘密はあるように思う。
《明け方過ぎの国道までの細い抜け道 君が呟く/「恐いものなど何も無いよ」と見送る為の言葉に涙流れた》《旅立つ空に出会いと別れ 青春の日々全てを描き/いつか互いに大きな花を 綺麗な花を咲かせまた共に笑おう》(M2「ツバサ」)。
メロディーに乗せなくてもいいので、読みながら指折り数えてほしい。ほぼ7字の文節で構成されていることが分かるだろう。『古今和歌集』『万葉集』から続く日本古来の言葉のリズム。日本人はこれを自然と気持ち良く感じるのだろう。「ツバサ」に限らず、古くから七五調の流行歌も少なくはない。4拍子との相性も決して悪くないようで、その辺が気持ち良く聴けて、印象に残る要因となっているとようである(※七五調と4拍子との相性の良さがいかに聴覚的な快楽につながっていくのかに関してはちゃんと音楽理論的な裏付けがあるらしいのですが、それを説明するのは筆者の手に余るので、“聴いて気持ちが良い”というご理解でお願いします)。
■秀逸なメロディーとギターサウンド
さて、この辺から本題であるアンダーグラフの1stアルバム『ゼロへの調和』へと話題を移そう。本作は「ツバサ」で示したアンダーグラフのメロディーセンスを期待した人の気持ちを裏切ることのないアルバムとは言える。軽快で明るい印象のインスト曲、M1「0」のオープニングを経て聴こえてくるM2「パーソナルワールド」からして納得の旋律だ。M3「ツバサ」を挟んでのM4「アンブレラ」で聴かせるフォーキーでメジャー感のあるメロディーも新鮮だし、M5「白い雨」にしても十分にシングル曲に耐え得るだけの歌であって、「ツバサ」が突然変異的に生まれたものではなく、この人たちは基本的に歌のいいバンドであることがよく分かる。以降、M6「ヌケガラカラダ」からM12「ハローハロー」まで、捨て曲はおろか、つなぎの用の曲も感じられない。メロディーメーカーとして申し分ない…と言うと、これがデビュー作でもあるので、いささか買い被りすぎだろうが、能力の高さは十二分に感じられるところではある。
アルバムを通して聴くと、メロディーもさることながら、当然ながらそのバンドサウンドにも耳が行く。これもなかなか興味深い。M2「パーソナルワールド」からしてニューロマっぽい。そのサウンドの特徴からすればギターバンドとして括るのが適切であろうが、アンダーグラフを単なるギターロックと言うのはちょっと違うような…と思ってしまう風情もある。あんまり普通じゃない鳴りというか、誤解を恐れずに言えば、少し変態気味だ。特に2番で微妙に主たるリズムから遅れていく感じのディレイのかけ方は──これは誉め言葉として受け取ってほしいのだが、どうかしている響きだと思う。サイケデリックな外音と相俟って、よく言えば幻想的、ストレートに言えばアシッドでドラッギーに聴こえてくる。
そう思ってM2「ツバサ」を聴くと──それこそ「ツバサ」はメロディーが立ちまくっているので、案外そこを忘れてしまうというか、印象に残らないようなところがあるが、この楽曲、ギターもわりと変だ。イントロからしてカッコ良いカッティングだが、やはり残響音がやや長めで、奥行きがある。何でもそのイントロのコードは所謂コードブックに載っているような抑え方ではないそうである。その上、他の箇所でもテンションコードを多用しているそうで、なかなか完コピは難しいという。M4「アンブレラ」も同様。この楽曲のイントロはアルペジオだが、これもあまり聴き馴染みがない和音な印象だし、間奏で語るかのようにメロディアスに鳴らされるギターソロも特徴的だ。アルバム前半だけでも十分に個性的なギタープレイを聴くことができる。もちろん後半においても、ニューロマっぽいギターサウンドはM5「白い雨」やM9「忘却の末、海へ還る。」でも聴くことができるし、M6「ヌケガラカラダ」ではギターポップ的な構成と展開、M11「君の声」ではオルタナ風なガツンとした鳴りも聴かせている他、M12「ハローハロー」は一発録りのアコースティックサウンド。多彩な音色とアンサンブルが確認でき、何と言うか、ロックバンドとして真っ当な印象である。M10「四季(Album Version)」やM11「君の声」では管楽器やストリングスを取り入れているので、少なくとも音源においてはバンドの音だけで楽曲を成立させようとしている人たちではないのだろうが、ギターの鳴りひとつとってみても、バンドサウンドへこだわりの強さが垣間見れるのである。
■反戦メッセージの清々しさ
“ロックバンドとして真っ当”と言ったのは、そのバンドサウンドもさることながら、歌詞に込められているメッセージ性からもそれを感じるからである。M2「パーソナルワールド」やM4「アンブレラ」、M6「ヌケガラカラダ」などにある自分探しというか、アイデンティティーの確立といったような内容は、2000年代前後の日本のロックを如何なく感じさせるものではあるが、そこから転じたのか、それとも下記からそれらが転じたのかは分からないけれども、はっきりと反戦の意思表示が受け取れる。
《白い雨 降り注いでくれよ つないだ手離さないでいたいよ/蒼いホシその先にあるはずの無争の未来 今は/白い雨 降り続いてくれよ 居たいだけ愛すべき人達と/柔らかい日々を見ていたい 見ていたいだけなんだ》(M5「白い雨」)。
《伝えていたいんだ 今日も十億のキスがどっか溢れてるんだ/ただいつも答えを探して 愛すべきものだけ手にして/歪んだ明日を消すべきだ/世界の何処か少年 銃口を向ける今日は見たくないんだ/君を抱いて 明日も眠っていたい それしかないのです》(M8「シュノーケル」)。
《記憶 何度も何度も消したって その度にまた強くなれたんだ/辿り着いて 座って 寝転んで 見上げたら何か思い出すだろう/純粋な感情を取り戻して海へ還るだろう》《それ以上は何もいらないんだ 瞬きさえ忘れた人類(ぼくら)は/入り組んだ感情で廻り続け何を探すんだ》(M9「忘却の末、海へ還る。」)。
「白い雨」のタイトルは井伏鱒二の同名小説でも知られる放射性降下物を指す“黒い雨”の反対語(?)だろうし、M8「シュノーケル」では《銃口》、M9「忘却の末、海へ還る。」では《人類》という言葉も使って、平和を訴えているようにしか思えない。本作『ゼロへの調和』のリリース時にはその試聴会をJohn Lennon Museumで行なったというから、そのメッセージが当時起こっていた紛争か何かへの直接的な抗議であったかどうかは定かではないものの、そこに“LOVE & PEACE”の思想があったことは間違いない。ここだけをもって“ロックバンドはかくあるべし”とまでは思わないけれども、ほとんど直球勝負に近い形で“LOVE & PEACE”を作品に入れ込んできたのは、自らが言いたいことを貫くという点ではバンドとして真っ当であると言える。しかも、デビュー作でそれを貫いた彼らの姿勢は今もとても清々しく映る。
TEXT:帆苅智之
アルバム『ゼロへの調和』
2005年発表作品
<収録曲>
1.0
2.パーソナルワールド
3.ツバサ
4.アンブレラ
5.白い雨
6.ヌケガラカラダ
7.hana-bira
8.シュノーケル
9.忘却の末、海へ還る。
10.四季(Album Version)
11.君の声
12.ハローハロー
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