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ムーンライダーズの熟成されたバンドサウンドにニューウェイブを注入した歴史的名盤『CAMERA EGAL STYLO / カメラ=万年筆』

先月に引き続き、ムーンライダーズの作品を取り上げる。その理由は本文で述べた通りで、本作をチョイスした行為にそこまで大きな意味はなかったのだけれど、『CAMERA EGAL STYLO / カメラ=万年筆』をじっくり聴いてみると、ムーンライダーズというバンドの本質が浮き彫りにされている作品であることがよく分かるし、本作が発表されたのが1980年だったことも合わせて考えると、時代に立ち向かった彼らの姿勢をはっきりと見て取れる名盤であることが分かった。

■揺るぎなきバンドサウンド

7月29日付の当コラムで鈴木慶一とムーンライダース『火の玉ボーイ』を取り上げたので、“またムーンライダーズの名盤か!?”と思われる方がいらっしゃるかもしれないが、前回は鈴木慶一のソロからのピックアップで、今回はムーンライダーズの名盤ということでご理解いただきたく思う。まぁ、そうは言っても、最初からそこまで明確に分けていたわけではなく、8月26日に『カメラ=万年筆 デラックス・エディション』が発売されて、その前日に配信ライヴが行なわれたので、“それじゃあ、今回はムーンライダーズでいきましょうか”くらいの極めて軽いノリで『CAMERA EGAL STYLO/カメラ=万年筆』(以下、『カメラ=万年筆』)を取り上げることにしたのだけど、連続してこの2作品を聴いてみると、『火の玉ボーイ』はいかにも鈴木慶一ソロ作品で、『カメラ=万年筆』はムーンライダーズのアルバムという感じがとてもする。それは、『カメラ=万年筆』収録曲の全ての編曲クレジットがムーンライダーズであるという、バンドとしては至極当然のことが成されているというのもそうだし、鈴木慶一(Vo&Gu)が手がけたナンバーが少なく、岡田 徹(Key)、鈴木博文(Ba)、かしぶち哲郎(Dr)、白井良明(Gu)といったメンバー作詞作曲の楽曲がまんべんなく並べられてることもそうなのだが、何よりも全ての収録曲の音像がバンドらしいのである。

オープニングM1「彼女について知っている二、三の事柄」からバンドサウンドがグイグイと迫る。ラテンっぽいアッパーなリズムが全体を引っ張るが、いわゆるユニゾンではないものの、ギター、ベース、ドラムが同じ拍子を辿っていくので一体感がとても強い。今のJ-POPのような展開やR&B的なメロディーの抑揚があるわけでなく、リフレインの面白さがある…といったところだろうか。歌詞も《I love you》が頻繁に繰り返される。その様子が実にスリリングである。楽曲のタイトルは“ヌーヴェルヴァーグの旗手”と称されるジャン=リュック・ゴダール監督作品からの引用だが、この楽曲はスパイ映画の劇伴的な緊張感があると思う。

M3「無防備都市」もバンドサウンドが揺るぎない。鈴木博文作曲だから余計にそう感じるのかもしれないが、ベースの動きがウネウネとしていて楽曲に躍動感を与えている。ドラムは淡々とリズムを刻んでいるものの、サビ(Bメロ?)では若干変則気味になったり、アウトロ近くではタムを多用したりと、変化を与えようとしているように思えるところもバンドっぽさを感じる。

タイプこそ違うが、ともに2ビートのリズムを基調としたM4「アルファビル」とM5「24時間の情事」、そしてM9「太陽の下の18才」はオリジナル「Go-Kart Twist」の忠実なカバーで、実にダンサブルである。GSを彷彿させるようなキャッチーなメロディーを持つM10「水の中のナイフ」も突っ込み気味のリズムで全体を押していく。M12「狂ったバカンス」とM13「欲望」とは比較的おとなしい印象で始まるが、これもまたどんどんスリリングに展開していくのが面白い。この辺はともにリズム隊の成せる業と言えるだろう。M14「大人は判ってくれない」はファンクチューン。とはいっても、派手に跳ねるのではなく、抑制を効かせた演奏と言ったらいいだろうか。各パートがそれぞれの持ち場を堅持しながら絶妙なグルーブを生んでいる印象である。このようにザっと楽曲を見渡しただけでも、しっかりとしたアンサンブル、特にリズム隊ががっちりと根底を支えていることがよく分かる。まさしくバンドの音がキチンと仕上がっている。ムーンライダーズ名義として5作品目ともなればそれも当然と言ったところかもしれないが、そこがいいのである。

■全て映画タイトルを冠した楽曲

そもそも、これは本作の大きな特徴であるが、楽曲タイトルが映画のタイトルになっていること自体がムーンライダーズがバンドであることを物語っていると思う。本作は鈴木慶一だけでなく、ほとんどのメンバーが曲作りをしていると前述した。既存の映画のタイトルを冠した楽曲だけのアルバムというアイディアはおそらく慶一氏の発案ではないかと想像できるが、だからと言って慶一氏だけが曲を作りをするのではなく、メンバーそれぞれが曲作りをして、むしろ慶一氏以外のメンバーの手掛けた曲の方が多いというのは、ムーンライダーズがバンドとして機能していたことの何よりの証しではないだろうか。

まぁ、メンバーの言質を取ったわけでもないので実際のところは定かではないけれども、『カメラ=万年筆』の前作『MODERN MUSIC』にはかしぶち氏作の「バック・シート」など映画にインスパイアされた楽曲が収録されていて、その『MODERN MUSIC』について慶一氏はインタビューで以下のように語っていることから、その次作であった『カメラ=万年筆』の制作も近いスタンスで臨んだものではなかったかと推測できる。[「曲は割と民主主義的に決めたんだ。○×式で点数の多い曲から入れていく。(中略)その時々に感覚の盛り上がっている人がメインに躍り出るわけね。(中略)アルバムで核になる曲が出来ると、それからイメージがどんどん広がっていくんだよね。このアルバム(=『MODERN MUSIC』)だったら「バック・シート」がそうなの。これは良い曲だって、広がっていったね」]。楽曲タイトルが映画のタイトルであることは極めて実験的な試みではあったことは間違いないが、その曲の制作過程においては[映画から曲を作ることもあれば、曲から映画に当てはめることもあった]というからそこに妙な縛りはなかったことも、これまた間違いなはいようだ([]はいずれもWikipediaからの引用)。

■ニューウェイブの世界的先駆者

さて、『カメラ=万年筆』の特徴は、その熟成したバンドに上乗せするかたちで、そのサウンドに新しいものを注入した点にある。それはずばり、ニューウェイブである。これも収録曲順にザっと見ていこう。その要素はそこここにある。M1「彼女について知っている二、三の事柄」からして、そもそも《I love you》のリフレインが面白い。ストレートに言えば、これほどに繰り返されるのはちょっと妙だ。歌の主旋律もそれほど派手な抑揚もなく、《I love you》のリフレインによって楽曲全体がどこか淡々と進んでいく様子はポストパンクっぽい。M2「第三の男」はダブである。ヱビスビールのCMやJR恵比寿駅の発車メロディーでもお馴染みの旋律の周りにあれこれ不思議な音を配している。「第三の男」だけは映画のテーマ曲があまりにも有名で、このタイトルではこれ以外のメロディーが思い浮かばなかったというのが真相ではないかと思うが、雑多な音をミックスする感じはいかにもニューウェイブだ。とりわけ印象的なのは水の音。メロに合わせてリズミカルにパチャパチャとやっているのだが、先日行なわれた配信ライヴでも鈴木博文氏がバケツから水をすくって音を出していたから、あの水音は重要であり、楽曲にとって不可欠なものなのだろう。

続くM3「無防備都市」は歌のメロディーの抑揚もさることながら、シャープなギター、ドライなドラムにニューウェイブを彷彿させるものがある。いや、ニューウェイブというよりもそこから派生したニューロマンチックと言ってもいいかもしれない。特にギターの音色やコード感、アルペジオは、これをリアルタイムで聴いていないリスナーにしてみると、ビジュアル系の匂いを感じるかもしれないが、その元祖と言われる音楽ジャンルがニューロマンティック=ニューロマである。ここで特筆すべきことは、ムーンライダーズがニューロマ要素を取り入れたスピード感。ニューロマの代表的バンド、Duran Duran、Culture Clubより早いのである。Duran Duranのデビューは1981年2月、Culture Club 1982年5月。ニューロマのバンドの元祖とも言えるUltravoxにまで話を広げると、そのデビュー作『Ultravox!』の発売が1977年2月だから、さすがにその全世界的先駆者がムーンライダーズだったとまでは思わないけれども、Ultravoxが商業的に成功したのは1980年7月リリースの4thアルバム『Vienna』というのが一般的な見方なので、ムーンライダーズの方向性の見据え方は世界的にも早かったとは言える。

ロカビリー調ツービートのM4「アルファビル」、シャッフルなM5「24時間の情事」からM8「幕間」まではバラエティーに富んだリズムの楽曲が並ぶ。この辺はいずれにもテクノポップ的な要素が並んでいる感じと言ったらいいだろうか。予想もしなかったフレーズが飛び出したり、それが思いも寄らない繰り返しをしたり、随所々々で“おやっ?”ということをやっているのは何ともらしい感じではある。とりわけ奇妙なのは「24時間の情事」の後半で聴こえてくる掃除機の音。これも先日の配信ライヴで慶一氏が再現していたのだから徹底している。そういうことをやるのが即ちニューウェイブかどうかの議論は一旦置いておいて、斬新であったことは疑いようもなく、アバンギャルドではある。

アナログB面1曲目M9「太陽の下の18才」は、オリジナルの忠実なカバーとは前述したが、それはメロディーやテンポを大きく変えていないという意味で、サウンドは大分面白いことをやっている。ギターもベースも鍵盤も若干不協気味だし、間奏のブラスは明らかに不安定だ。ドラムはバケツを叩いているそうだが、今となっては(少なくとも個人的には)そのソリッドさはわりと普通になっている印象で特に不自然さは感じないことは、逆説的にこの時期にムーンライダーズがやっていたことの新しさを物語っているように思う。キャッチーなM10「水の中のナイフ」に次いでは、The VenturesもカバーしたM11「ロリータ・ヤ・ヤ」。これもメロディーこそ原曲を踏襲しているのものの、明らかにサウンドが不穏だ。自身のアルバム『Istanbul mambo』に収録されていた「週末の恋人」のストリングスパートだけを抜き出して、そのスピードを変えたものを入れているというから、確信犯的に不穏なサウンドに仕上げたのだろう。M12「狂ったバカンス」、M13「欲望」、M14「大人は判ってくれない」辺りは極端な何かを注入している感はないものの、「欲望」冒頭の機械の音は(当時そんな言葉がその界隈で使われていたかどうか分からないが)サイバーパンクな感じだし、歌の抑揚はいずれもニューウェイブ的であると思う。

何と言っても面白いのは、ラストのインストM15「大都会交響楽」である。オリジナルのアナログ盤ではこの楽曲には特殊な仕掛けが施されていた。[アナログ盤ではピックアップ部を持ち上げないと(盤と針の物理的耐性を度外視すれば)半永久的に最内周(一般的なアナログレコードでは無音の部分である)がループするという仕様を利用]して、オリジナル盤のこの楽曲はエンドレスに続くようになっていたというのだ([]はWikipediaからの引用)。こればかりはアナログ盤でしか再現できないことで、CDではそのループされる部分を可能なまでに延ばしていたというから、後年までなかなか周りを騒がせる仕様であったと言える。しかしながら、ポピュラー音楽の枠すらを超えて“何か面白いことをやろう”という考え方は、まさしくニューウェイブ的精神の発露のひとつだったと言えるのではないだろうか。

TEXT:帆苅智之

アルバム『CAMERA EGAL STYLO / カメラ=万年筆』

1980年発表作品

<収録曲>

1.彼女について知っている二、三の事柄

2.第三の男

3.無防備都市

4.アルファビル

5.24時間の情事

6.インテリア

7.沈黙

8.幕間

9.太陽の下の18才

10.水の中のナイフ

11.ロリータ・ヤ・ヤ

12.狂ったバカンス

13.欲望

14.大人は判ってくれない

15.大都会交響楽

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