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ダニー・ハサウェイのプロデュースでファンク度を増したコールド・ブラッドの『悪の極致』

60年代のサンフランシスコで、ロックを取り巻く環境を整備したのがビル・グレアムだ。特に彼が60年代の半ばにスタートさせたフィルモア・オーディトリアムは、サイケデリックロックやカウンターカルチャーの発信基地となり、ジェファーソン・エアプレイン、クイックシルバー・メッセンジャーサービス、ジャニス・ジョプリン、サンタナ、フランク・ザッパなどの多くのスターを生み出した。当初、フィルモアの出演者はサイケデリックロックのグループが多数を占めていたが、68年から出演し始めたタワー・オブ・パワーとコールド・ブラッドはホーンセクションを従えたサンフランシスコ独自のファンクグループで、その技術は他を圧倒していたと言えるだろう。今回取り上げるのは、今でも人気のあるタワー・オブ・パワーとは違って、すっかり忘れられているコールド・ブラッドである。本作『悪の極致(原題:First Taste Of Sin)』(‘72)はソウル界の才人ダニー・ハサウェイがプロデュースを手がけた彼らの3枚目のアルバムで、タイトで強力なファンク作品に仕上がっている。

■ビル・グレアムの経営手腕

ザ・フーのピート・タウンゼントが「ビル・グレアムはロックの進化の道すじを変えた。彼がいなかったら僕もここにいなかっただろう」(『ビル・グレアム ロックを創った男』大栄出版、1994)と言うように、60年代中頃以降のロックの方向性はグレアムが提示したと言っても過言ではないだろう。グレアムが見い出してフィルモアに出演させたアーティストの多くがドル箱スターとなり、フィルモアはロックのメッカとして全世界に知られることになる。

しかし、フィルモアの出演アーティストの中には、大手レコード会社との契約がまとまらないこともあった。それがグレアムのお気に入りのアーティストの場合もあったので、彼は受け皿となるインディーレーベルを設立し、大手レコード会社に配給を依頼することにした。それがサンフランシスコ・レーベルで、このレーベルと最初に契約したのがコールド・ブラッドであった。実はアトランティックはコールド・ブラッドとの契約を考えていたのだが、グレアムに先を越されてしまっていたので、配給のみを担当することになった。

サンフランシスコ・レーベルは、続いてタワー・オブ・パワー、ハマー(L.Aエクスプレスのジョン・ゲランが在籍したグループ)、ヴィクトリア(サイケデリック・フォークシンガー)など、いくつかのアーティストと契約するのだが、グレアムは日々のホール運営に追われていたので満足にプロモーション活動ができず、どのアーティストも売れずじまいであった。結局、グレアムの経営手腕は空回りし、このレーベルは短命で終わってしまうことになる。

■ベイエリア・ファンク

コールド・ブラッドはサンフランシスコ・レーベルからデビューアルバムの『コールド・ブラッド』(‘69)と2nd『シシファス』(’71)の2枚のアルバムをリリース、タワー・オブ・パワーもデビューアルバム『イースト・ベイ・グリース』(‘70)をリリースするものの売れなかった。売れなかった原因はプロモーション不足もあるだろうが、その最も大きな要因はどちらのグループもそれまでにない新しいジャンルの音楽を演奏していたからだ。

ふたつのグループの特徴は両方ともほとんどメンバーが白人で大所帯であること、ソウル、ジャズ、ファンク、ロックなどを融合させたサウンドであること、複雑かつキレの良いホーンセクションが存在することなどである。コールド・ブラッドとタワー・オブ・パワーの登場により、彼らの音楽は“ベイエリア・ファンク”とか“イーストベイ・グリース”などと呼ばれ、従来のファンクとは違う位置づけがされるようになる。

ベイエリア・ファンクのグループは、コールド・ブラッドとタワー・オブ・パワーのふたつのグループが中心である。コールド・ブラッドのリードシンガーはリディア・ペンス(白人女性)で、ジャニス・ジョプリンやボニー・ブラムレットばりのダイナミックでシャウトするヴォーカルが特徴だ。ジャニスはペンスのヴォーカルが好きで、ビル・グレアムにコールド・ブラッドのオーディションを行なうように進言していた。また、タワー・オブ・パワーはリード・ヴォーカルが黒人男性(70年代では)で、当然だが黒っぽさが特徴となる。ホーンセクションの一部のメンバーはこれらふたつのグループ(もしくはそれ以上)を掛け持ちしていたが、基本的には独自のキレを持つタワー・オブ・パワーのホーンセクションのみが、ロックやソウル(時にはカントリーも)のセッションに参加することも少なくなく、彼らが参加すると必ずサウンドが締まるのだからすごい。

結局、サンフランシスコ・レーベルからリリースしたアルバムはワーナーに認められ大手リプリーズ・レコードに移籍が決定、ダニー・ハサウェイがプロデュースを手がけた3枚目となる本作『悪の極致』が完成する。ハサウェイはプロデュースだけでなくキーボードも演奏しており、彼の卓越したプレイはグループのサウンドに厚みを与えている。

収録曲は全部で9曲。うちオリジナルが5曲、ジェームス・テイラー作が1曲、クラーク・ボールドウィン作が1曲、ハサウェイ作が2曲で、ハサウェイの代表曲のインスト「ヴァルデス・イン・ザ・カントリー」は本家(傑作『愛と自由を求めて(原題:Extension Of A Man)』(‘73)に収録)よりも早く披露されている。

本作はハサウェイのプロデュースや過去2枚のアルバムとはメンバーが替わっていることもあって、それまでと比べると演奏技術やアンサンブルがはるかにハイレベルになっている。コールド・ブラッドにはロッコ・プレスティアやデビッド・ガリバルディ(タワー・オブ・パワーのリズムセクション)ほどの力量を持ったプレーヤーはいないが、ハサウェイの指導によるものかどうか定かではないが、リディア・ペンスをはじめメンバーの才能がフルに引き出されており、テンションの高い演奏になっている。また、ギターのマイケル佐々木によるロック的なプレイはグループの立ち位置(タワー・オブ・パワーはソウル/ファンク色)をうまく表現していて、完全無欠の緻密なアンサンブルを披露するタワー・オブ・パワーには感じられない荒々しさが聴きどころ。他にも、ピート&コーラ・エスコヴェード(サンタナやアステカでもお馴染みのパーカッション奏者)が参加しているナンバーではラテン風味のあるアレンジが新鮮で、様々な側面が感じられるアルバムとなっている。

本作以降も『スリラー』(‘73)や『リディア』(’74)など、彼らは秀作を続けてリリースするのだが、僕はハサウェイのキーボードが聴ける本作『悪の極致』の仕上がりが頭一つ抜けていると思う。セールス的には成功とは言えない結果にはなったが、本作がベイエリア・ファンクを代表する傑作であることは間違いない。

TEXT:河崎直人

アルバム『First Taste Of Sin』

1972年発表作品

<収録曲>

1. VISIONS/ヴィジョンズ

2. LO AND BEHOLD/見よ、こはそも如何に

3. DOWN TO THE BONE/ダウン・トゥ・ザ・ボーン

4. YOU HAD TO KNOW/ユー・ハド・トゥ・ノウ

5. MY LADY WOMAN/マイ・レディ・ウーマン

6. NO WAY HOME/ノー・ウェイ・ホーム

7. INSIDE YOUR SOUL/インサイド・ユア・ソウル

8. ALL MY HONEY/オール・マイ・ハニー

9. VALDEZ IN THE COUNTRY/ヴァルデス・イン・ザ・カントリー

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