今から半世紀近く前の1972年、本作『永遠の絆(原題:Will The Circle Be Unbroken)』はリリースされた。このアルバムは当時のフォークファンを中心に大きな話題となり、その頃は知名度の低かった“ブルーグラス音楽”に多くの注目が集まることになる。大学の軽音楽部でもブルーグラスバンドが結成されただけでなく、ブルーグラスやオールドタイムのグループのみを抱えるアメリカ民謡同好会のようなサークルが設立されるほどの人気を博した。この時期、高度成長期の終焉や学生運動の挫折などから、全国的に“のんびり”や“ゆったり”した気分が求められており、熱いハードロックやブルースなどに人気が集まる一方、SSW系やカントリーロック系音楽に惹かれる(もしくは転向する)若者も少なくなかった。そういった意味で、ロックバンドとして高い人気のあったニッティ・グリッティ・ダート・バンド(以下、NGDB)が土の香りのするアンプラグドのアルバムをリリースしたことで、より広い範囲のリスナーを獲得することになるのである。本作は、今聴いてもまったく古くなってはおらず、全曲傾聴に値する名盤である。
■フォーク・リバイバルとブルーグラス
アメリカで60年代半ばにピークを迎えたフォーク・リバイバルの波は、もちろん日本のポピュラー音楽シーンにも影響を与え、ボブ・ディランやジョーン・バエズ、キングストン・トリオ、PPMらのオリジナル曲をはじめ、トラディショナルや作者不詳の曲も当時の深夜放送(AMラジオ)でよくオンエアされていた。また、オリジナル曲の合間に「グッドナイト・アイリーン」や「永遠の絆(原題:The Nitty Gritty Dirt Band)」を日本語にアレンジして歌うフォークシンガーも多く、取り上げる素材はフォークだけでなく、カントリー、ブルース、ブルーグラス、ジャグバンドなどの曲が含まれていた。
ブルーグラスは19世紀後半からアパラチア山脈付近でイギリス移民の伝承音楽がアメリカに定着・発展したマウンテン・ミュージックをもととして、マンドリン奏者のビル・モンローがブルース、ジャグバンド、ウエスタン・スウィングなどの要素を盛り込んで作り上げた都市のポピュラー音楽である。ブルースを例にたとえると、マウンテン・ミュージックがロバート・ジョンソンやチャーリー・パットンであり、ブルーグラスはB.B・キングやマディ・ウォーターズのような感じかもしれない。71年には『ボスメンービル・モンロー&マディ・ウォーターズ』(ジム・ルーニー編著)という本が出版されており(今でもアマゾンなどで入手可能)、アメリカでは偉大なアーティストとしてモンローはリスペクトされている。ザ・バンドの面々がブルーグラスの真髄を教えてほしいとモンローの元を尋ねると「髪を切ってから出直してこい」と言われた有名なエピソードもある。
定説としては、モンローのブルーグラス・ボーイズにアール・スクラッグス(革新的なバンジョー奏法を編み出したプレーヤー)が加わった1945年にブルーグラスが誕生したと言われている。ブルーグラスの主な楽器編成としては、ギター、フィドル、フラット・マンドリン、バンジョー、ベースで、ドブロが加わることも少なくない。
60年代になると、東部ではビル・モンローが作り上げた南部の泥臭いブルーグラスとは違う、洗練されたフォーキーなブルーグラスを演奏するグリーンブライアー・ボーイズやチャールズ・リバー・バレー・ボーイズなどのような先進的なグループが登場する。彼らがルーツとなって後にブルー・べルベット・バンドやディラーズ、ディラード&クラークなど、カントリーロックとはテイストの違うブルーグラスロックへと発展していくわけだが、そのあたりは別の機会に…。
■日本のアーティストとブルーグラス
日本の音楽シーンでもロカビリーのレコードでバンジョーやフィドルが使われていることは少なくないが、そもそもロカビリーはスキッフル(ジャグバンドとほぼ同義)をもとにしており、スキッフルはブルーグラスと近からず遠からずの関係だから当然のことである。エルヴィス・プレスリーのデビューシングル「ザッツ・オールライト・ママ」のB面がビル・モンロー作の「ブルー・ムーン・オブ・ケンタッキー」というのも、ロカビリーとブルーグラスが親戚関係にあることの証明と言えるかもしれない。
日本のフォークシーンでは、高石ともやとナターシャー・セブン、武蔵野たんぽぽ団、ソルティ・シュガー、なぎら健壱らがブルーグラスナンバーを取り上げていて、中でも日本でブルーグラス熱が高まったのは、ソルティ・シュガーの「走れコウタロー」(‘70)と高石ともやとナターシャー・セブンの『高石ともやとナターシャー・セブン』(’72。地蔵のジャケット)あたりだろう。そして、NGDBの『アンクル・チャーリーと愛犬テディ』(‘70)も、一部の曲で日本のブルーグラスファンを増やす結果となった。余談であるが、実はこの頃、ブルーグラス45という日本人でアメリカのレーベルと契約した本格派のブルーグラスバンドが存在した。彼らは本場のブルーグラス専門レーベルREBELレコードから71年から73年にかけて3枚のアルバムをリリースしているのだからすごいことである。
■本作『永遠の絆』について
さて、前置きが長くなってしまったが、本作は一応NGDB名義ではあるものの、アルバムの主役はブルーグラスやカントリー界の大物たちで、NGDBのメンバーはサポートに徹している。発売当初はLP3枚組で6,000円もしたが、当時アメリカはもちろん、日本でもブルーグラスファンが増えていたのでかなりの好セールスを記録したと思われる。なぜなら、中学3年生のロック好きだった僕もレコード店で予約して買ったぐらいだからである。
収録曲は全部で38曲(現在、CDのバージョンによってはボーナストラック付きのものもある。2017年にリリースされた日本盤の紙ジャケット仕様は素晴らしい仕上がりである)で、ブルーグラスを中心にカントリーやトラッドの名曲がぎっしり収められている。一曲たりとも捨て曲はなく、ブルーグラスをはじめとした白人のルーツ系音楽を一般リスナーに広めようとする熱意が伝わってくる。
参加メンバーは、ブルーグラス界からジミー・マーティン、アール・スクラッグス、ヴァサー・クレメンツ、ロイ・ハスキー・ジュニア、ピート・オズワルド・カービーほか、カントリー界からロイ・エイカフ、マール・トラヴィスほか、アメリカンルーツ界からドック・ワトソン、マザー・メイベル・カーター、ノーマン・ブレイクほかといったすごいメンツである。残念なことにマンドリン奏者はブルーグラスのミュージシャンがおらず、NGDBのメンバーが弾いている。ビル・モンローの参加を祈って他に依頼しなかったのかもしれない。しかし、モンローはもちろん参加を固辞している。NGDBのメンバーはロックのアーティストだし長髪だけに無理というものである。
収録曲では、メイベル・カーターの歌う「今宵、君に泣く(原題:I’m Thinking Tonight of My Blue Eyes)」、ドック・ワトソンの「ブラック・マウンテン・ラグ」、ロイ・エイカフの「ザ・プレシャス・ジュエル」、マール・トラヴィスの「ダーク・アズ・ア・ダンジョン」など、名唱名演は多い。中でも5分近くにおよぶ「永遠の絆」が白眉で、歌も各楽器のソロも文句なしに素晴らしい。なぜか、アルバムを締めくくるナンバーはジョニ・ミッチェルの「青春の光と影(原題:Both Sides Now)」で、アール・スクラッグスの息子ランディのギターのみである。当時は彼も若手であったが、今ではナッシュビルの大物プロデューサーとなった。
このプロジェクトは大成功を収め、この後、89年に『永遠の絆 Volume2』(グラミー賞3部門受賞)、2002年には『永遠の絆 Volume3』がリリースされ、どれも大ヒットした。
TEXT:河崎直人
アルバム『Will The Circle Be Unbroken』
1972年発表作品
<収録曲>
■Disc 1
1. グランド・オール・オープリー・ソング/Grand Ole Opry Song
2. キープ・オン・ザ・サニー・サイド/Keep On The Sunny Side
3. ナッシュヴィル・ブルース/Nashville Blues
4. ユー・アー・マイ・フラワー/You Are My Flower
5. ザ・プレシャス・ジュエル/The Precious Jewel
6. ダーク・アズ・ア・ダンジョン/Dark As A Dungeon
7. テネシー・スタッド/Tennessee Stud
8. ブラック・マウンテン・ラグ/Black Mountain Rag
9. レック・オン・ザ・ハイウェイ/Wreck On The Highway
10. ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド/The End Of The World
11. アイ・ソー・ザ・ライト/I Saw The Light
12. サニー・サイド・オブ・ザ・マウンテン/Sunny Side Of The Mountain
13. 9ポンドのハンマー/Nine Pound Hammer
14. ルージン・ユー/Losin’ You (Might Be The Best Thing Yet)
15. ホンキー・トンキン/Honky Tonkin’
16. ユー・ドント・ノウ・マイ・マインド/You Don’t Know My Mind
17. マイ・ウォーキン・シューズ/My Walkin’ Shoes
■Disc 2
1. ロンサム・フィドル・ブルース/Lonesome Fiddle Blues
2. キャノンボール・ラグ/Cannonball Rag
3. アヴァランシュ/Avalanche
4. フリント・ヒル・スペシャル/Flint Hill Special
5. トガリー・マウンテン/Togary Mountain
6. アールズ・ブレイクダウン/Earl’s Breakdown
7. オレンジ・ブロッサム・スペシャル/Orange Blossom Special
8. ワバッシュ・キャノンボール/Wabash Cannonball
9. ロスト・ハイウェイ/Lost Highway
10. ドック・ワトソンとマール・トラヴィス・ファースト・ミーティング (対話)/Doc Watson And Merle Travis: First Meeting (Dialogue)
11. ウェイ・ダウンタウン/Way Downtown
12. ダウン・ヤンダー/Down Yonder
13. 心の痛手/Pins And Needles (In My Heart)
14. ホンキー・トンク・ブルース/Honky Tonk Blues
15. セイリン・オン・トゥ・ハワイ/Sailin’ On To Hawaii
16. 今宵、君に泣く/I’m Thinking Tonight Of My Blue Eyes
17. 私は巡礼/I Am A Pilgrim
18. ワイルドウッド・フラワー/Wildwood Flower
19. ソルジャーズ・ジョイ/Soldier’s Joy
20. 永遠の絆(きずな)/Will The Circle Be Unbroken
21. 青春の光と影/Both Sides Now
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