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独自のソウル音楽を追求した初期ヴァン・モリソンの傑作『ムーンダンス』

アイルランドのベルファストで1945年に生まれたヴァン・モリソンは、レコードコレクターであった親の影響で小さい頃から、ブルース、ヒルビリー、カントリー、フォーク、ジャズなど、アメリカのルーツ音楽をひと通り聴いて育っいる。ビートルズがデビューすると彼も大きな影響を受け、エリック・クラプトン、リッチー・ブラックモア、ロッド・スチュワートといった他の同い歳のブリティッシュロッカーと同じく、R&Bやスキッフルのバンドを渡り歩き、64年にはブルーアイド・ソウルのグループとして人気を博したゼムを結成する。今回紹介する『ムーンダンス』は、ゼム脱退後の70年にリリースされた彼の3rdソロアルバムで、魂のこもった音楽が満載の傑作である。

■ゼムの結成と脱退

ヴァン・モリソンは叩き上げのアーティストである。12歳から音楽活動をスタート、15歳の頃には働きながらいくつかのバンドでプレイしており、特に好んで聴いていたR&Bやブルースを演奏するようになっていた。60年代初頭のイギリスではブルースやR&Bをバックボーンに持つグループが急増、ビートルズのデビューもあって大きな刺激を受ける。

そして、64年に結成されたのがゼムである。強力なヴォーカリストであるモリソンを擁するR&Bバンドとして大きな注目を集め、デッカレコードと2年契約を結ぶことになる。この時モリソンは若干18歳で、契約書には父親の承認が必要であった。イギリスでゼムと同時期にデビューしているのが、アニマルズ、ローリング・ストーンズ、デイブ・クラーク・ファイブ、スモール・フェイセズ、そしてスティーブ・ウインウッドのいたスペンサー・デイヴィス・グループなどで、彼らの一部は70sロックを創りあげていく大きな原動力となった。

64年、ゼムは2枚目のシングルとなるブルースのカバー「ベイビー・プリーズ・ドント・ゴー」をリリースしたが、ヒットしたのはB面の「グロリア」のほうで、これはモリソンが18歳の時に書いたオリジナル曲。当時のライヴではこの曲の歌詞をアドリブで作って歌い、時には20分にも及ぶこともあったという。1曲が長いのはソロ活動になっても変わらず、ソロ初期の諸作でも8分〜11分ぐらいの曲が少なからず収録されている。また、「グロリア」は、ジミヘン、パティ・スミス、ジョー・ストラマー、デビッド・ボウイ、トム・ペティ、U2、AC/DCら、多くのロックアーティストにカバーされている。

続いて、モリソンの代表曲のひとつである「ヒア・カムズ・ザ・ナイト」がヒット(イギリス2位、アイルランド2位)し、ゼムは一躍人気グループとなる。この曲はパブロック的なテイストもあって、グループの先進性のようなものは感じるのだが、メンバーのまとまりや技術的な問題もあって、モリソンは嫌気がさしたのか66年にゼムを脱退する。

この頃のゼムのサウンドはストーンズと少し似たところがあり、ミック・ジャガーとモリソンは似たタイプのシンガーだと思う。ジャガーがブルースやR&Bをロック的な咀嚼によって自分のスタイルを作り上げていったのに対し、モリソンは同じくブルースとR&Bを自分の内にあるソウルミュージックのフィルターを通していくことで、そのスタイルを構築していった。

■ブルーアイド・ソウルというより、 モリソンならではのソウル

ゼムのプロデューサーで「ヒア・カムズ・ザ・ナイト」のソングライターであるバート・バーンズが新レーベルのバングレコードを設立するのにあわせ、ゼムを脱退した彼はアメリカへと渡る。そして、初のソロアルバム『ブローウィン・ユア・マインド』(‘67)をリリース、そこに収録されたトロピカルなリズムを持つ「ブラウン・アイド・ガール」は全米10位の大ヒットを記録。この曲はモリソンの代表曲として多くのアーティストがカバーしており、今ではロックのスタンダードとなっている。

このアルバムのバックを務めたのは、ニューヨーク界隈で活動するミュージシャンたちであった。主にフォークリバイバルのアーティストをサポートするスタジオミュージシャンと、アトランティック系(バングレコードの配給はアトランティック)ソウルのバックを務めるサポートミュージシャンの混合部隊であったから、ソウル・ミーツ・ポップス的なアレンジがなされ、そこにモリソンのソウルフルなヴォーカルが乗るという仕上がりであったが、このかたちが彼ならではのソウルサウンドを生み、70年代の諸作においては大なり小なりこのスタイルが継承されていく。少なくとも、67年の時点でオリジナルとも言えるソウルミュージックを確立したことは特筆に値する。

渡米後すぐにヒットに恵まれるなど、モリソンにとっては順風満帆のスタートを切ったが、その矢先バーンズが急逝、バングレコードでの活動はストップしてしまう。突然の苦境に立たされたモリソンであったが、これが彼にとってはプラスに働くことになるのだから人生は分からないものだ。

■ワーナーでの活動がスタート

68年の晩春、コーヒーハウスやバーでライヴ活動をしている時、ワーナーブラザーズに認められ契約を交わすことになった。この年はアメリカのロック界で大きな動きがあった。ザ・バンドのデビューアルバム『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク(以下、ビッグ・ピンク)』のリリースである。

68年と言えば、若者たちは「30歳以上は信じるな!」と言い、一般的にはサイケデリックロックやブルースロックが全盛の時である。ところが、そういった世間の風潮にザ・バンドのメンバーは流されず、アルバムの内ジャケットに家族や親戚の記念写真を載せ、ブルース、カントリー、フォーク、R&B、ブルーグラスなどをもとにプログレッシブとも言えるルーツロックを構築していたのである。このアルバムに大きな影響を受けたエリック・クラプトンやジョージ・ハリソンと同じように、おそらくモリソンも『ビッグ・ピンク』で人生が変わったのではないか。ザ・バンドとは方向性こそ違うものの、ザ・バンドのメンバーがほぼカナダ出身であり、モリソンもよそ者のアイルランド出身であるだけに、黒人音楽ということにとらわれず、自分なりの“ソウル”ミュージックを追求しようとしたのだろう。そして68年9月、モリソンはワーナーに移籍して初のソロアルバム『アストラル・ウィークス』のレコーディングを開始する。

『アストラル・ウィークス』は、アイリッシュ、ジャズ、フォーク、R&B、ブルース、カントリー、サザンソウル、クラシックなど、モリソンを形成している音楽を基盤にしながら、『ビッグ・ピンク』に負けず劣らず革新的なサウンドを紡ぎ出している。このアルバムのバックを務めるのは、ジャズサイドからベースとバンドマスターにリチャード・デイビス、ドラムがMJQのコニー・ケイ、パーカッションとヴィブラフォンのウォーレン・スミス・ジュニアが参加、普段モリソンのバックを務める管楽器のジョン・ペインとギターのジェイ・バーリナーらで、このアルバムをモリソン最高の作品と言う人も少なくないが、それも頷けるほど完成度の高い出来栄えである。

■本作『ムーンダンス』について

音楽が高尚すぎたのか、『アストラル・ウィークス』が商業的に苦戦を強いられたこともあって、モリソンは次作の企画段階で少しアプローチを変える。静かな前作とは打って変わって、グルーブ感(ノリ)を何より大切にしようとバックのメンバーも一新、よりソウル的な熱さを盛り込むことになる。メンバーはジョン・プラタニア(Gu)、ジェフ・レイブス(Key)、ジャック・シュローワー(管楽器)ら、ウッドストック(ザ・バンドのメンバー在住)で活動していた若手を中心に、ドラムには優れたスタジオミュージシャンとして知られるゲイリー・マラバー、バックボーカルにソウルシンガーのジュディ・クレイなどが参加している。

収録曲は全部で10曲、ザ・バンドの解散コンサートの模様を描いた映画『ラストワルツ』でも披露された「キャラバン」のほか、「クレイジー・ラブ」「イントゥ・ザ・ミスティック」「ジーズ・ドリームス・オブ・ユー」など、モリソンの代表曲とも言える名曲がずらりと並んでいる。タイトル曲の「ムーンダンス」は前作のテイストを持つジャズっぽい曲であるが、本作ではフォーク、カントリー、ソウルなどの幅広いスタイルを盛り込みながら、全てがモリソン独自のソウルミュージックになっているところがミソである。本作で彼のスタイル(ヴォーカルだけでなくソングライティングでも)は完成の域に達している。本作をリリースした時、モリソンはまだ25歳…。

モリソンはこの後、ウッドストックに移り住み、リスペクトするザ・バンドと親交を深める。ザ・バンドの『カフーツ』(‘71)に収録された「4%パントマイム」ではゲストヴォーカリストとして参加、リチャード・マニュエルとベルファスト・カウボーイは鳥肌ものの掛け合いを聴かせている。

もし、本作が気に入ったら、『ストリート・クワイア(原題:His Band and the Street Choir)』(‘70)、『テュペロ・ハニー』(’71)、『セント・ドミニクの予言』(‘72)や、熱気にあふれたライヴ盤『魂の道のり(原題:It’s Too Late to Stop Now)』(’74)は、どれも『ムーンダンス』に負けないぐらいの名盤揃いなので、ぜひ聴いてみてください。

TEXT:河崎直人

アルバム『Moondance』

1970年発表作品

<収録曲>

1. ストーンド・ミー/And It Stoned Me

2. ムーンダンス/Moondance

3. クレイジー・ラヴ/Crazy Love

4. キャラヴァン/aravan

5. イントゥ・ザ・ミスティック/Into the Mystic

6. カム・ランニング/Come Running

7. ジーズ・ドリームス・オブ・ユー/These Dreams of You

8. ブラン・ニュー・デイ/Brand New Day

9. エヴリワン/Everyone

10. 嬉しい便り/ Glad Tidings

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