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『BITTER AND SWEET』は不世出の歌姫、中森明菜の潜在能力の高さが顕示された名品

平成生まれの読者にはピンと来ないかもしれないけれど、それ以上の世代にとって中森明菜の説明は不要だろう。彼女もまた昭和の音楽シーンを代表する歌手のひとりである。本文でも述べるのであえてここでは細かく書かないけれども、1980年代半ばに残した足跡が偉大かつ多すぎて、ひと口には語れないアーティストでもある。その意味ではこのコラムに向かないタイプではあるのだが(苦笑)、何とか頑張ってチョイスしてみよう。

■1980年代の音楽シーンに君臨

先週の当コラムで松田聖子『風立ちぬ』を取り上げたので、その勢いのまま、今週は中森明菜の作品を取り上げようと意気込んだのだが、のっけから“さて、どのアルバムにしたものか?”と結構悩む。それは中森明菜の作品をアルバム単位で聴き込んだことがないという個人的な理由もあるにはあるのだがそれは置き、彼女のディスコグラフィーをザっと見渡してみても、そのピークがなかなか掴みづらいのである。中森明菜は1984~1987年の間、年間シングルチャートが4年連続1位となり、1985年に「ミ・アモーレ〔Meu amor é・・・〕」、1986年に「DESIRE -情熱-」で2年連続日本レコード大賞を獲得。1986年と1987年にはアーティスト別年間トータルセールスでも1位となっている(この項目は1985年以前が不明だが、1984年、1985年ともに上位にランクインしていたことは間違いなかろう)。つまり、彼女が活躍した時期が比較的長期に渡っていたため、単純にチャートリアクションや記録などを測るだけでは、そのピークが分からないのである。1980年代半ば、中森明菜はずっと高値安定だったのだ。

そうであれば、デビュー作であったり、最大の売上を記録したアルバムであったりを持ってくるのが定石であろうが、1stアルバム『プロローグ〈序幕〉』はその収録曲10曲の中から先行シングル「スローモーション」が選ばれたというストーリーは興味深くあるものの、ややパンチに欠ける印象だ。最大セールスとなると2nd『バリエーション〈変奏曲〉』で、こちらはブレイクのきっかけとなった「少女A」も収録された言わば出世作でもあるが、それゆえに、のちの明菜──1980年代半ばのスーパーディーヴァ期と比較すると、若干、話題先行な作品だった感も否めない。

となると、松田聖子の『風立ちぬ』がそうであったように、やはりシンガーとしての転機となった作品がいいだろう…と、再びディスコグラフィーを見る。ザっと見てみると、4th『NEW AKINA エトランゼ』辺りが一作品としての最初の転機だったようにも思える。それというもの、このアルバムには、阿木燿子、財津和夫、谷村新司、細野晴臣、横浜銀蝿の翔やTAKUといった、それまで組んだことがなかった作家たちが大胆に配されているのである。アルバムの帯には、“ヨーロッパ・レコーディング、撮影、そして新しい作家との出逢い。明菜2年目の歴史がここから始まる。”というコピーがあったという。なるほど…とは思ったものの、そこで気付く。そうだ。そもそもシングル作品において、中森明菜を支えた作家陣はその顔触れが実にバラエティー豊かなのであった。

松田聖子であれば、最初期の[作詞:三浦徳子/作曲:小田裕一郎]から[作曲:財津和夫][作詞:松本隆]を経て、[作曲:呉田軽穂(松任谷由実)]期に移り変わっていくようなところがあった。中森明菜、松田聖子以前にしても、山口百恵に[作詞:千家和也/作曲:都倉俊一]期と[作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童]期があり、桜田淳子には[作詞:阿久悠/作曲:森田公一]期があって[作詞/作曲:中島みゆき]があった。いずれも彼女たちが発表したシングルを大掴みにとらえたもので、その期間において作家が変わったこともあって、必ずしもパキッと[○○]期、[××]期と分かれているわけではないことをご了承いただきたいが、それでもリアルタイムで彼女たちの楽曲に触れた人であれば、そうした期間で示されることもご理解いただけるのではないかと思う。理解できないという人には、安室奈美恵に[小室哲哉]期と[小室以外]期があると言えば分かってもらえるだろうか。

■多彩な作家たちが手掛けた楽曲群

目で見てもらうのが早いだろう。中森明菜のシングル作品をデビュー年から1987年まで、以下に列挙してみる。

1st「スローモーション」[作詞:来生えつこ/作曲:来生たかお]

2nd「少女A」[作詞:売野雅勇/作曲:芹澤廣明]

3rd「セカンド・ラブ」[作詞:来生えつこ/作曲:来生たかお]

4th「1⁄2の神話」[作詞:売野雅勇/作曲:大沢誉志幸]

5th「トワイライト -夕暮れ便り-」[作詞:来生えつこ/作曲:来生たかお]

6th「禁区」[作詞:売野雅勇/作曲:細野晴臣]

7th「北ウイング」[作詞:康珍化/作曲:林哲司]

8th「サザン・ウインド」[作詞:来生えつこ/作曲:玉置浩二]

9th「十戒 [1984]」[作詞:売野雅勇/作曲:高中正義]

10th「飾りじゃないのよ涙は」[作詞/作曲:井上陽水]

11th「ミ・アモーレ〔Meu amor é・・・〕」[作詞:康珍化/作曲:松岡直也]

12th「赤い鳥逃げた」[作詞:康珍化/作曲:松岡直也]

13th「SAND BEIGE -砂漠へ-」[作詞:許瑛子/作曲:都志見隆]

14th「SOLITUDE」[作詞:湯川れい子/作曲:タケカワユキヒデ]

15th「DESIRE -情熱-」[作詞:阿木燿子/作曲:鈴木キサブロー]

16th「ジプシー・クイーン」[作詞:松本一起/作曲:国安わたる]

17th「Fin」[作詞:松本一起/作曲:佐藤健]

18th「ノンフィクション エクスタシー」[作詞/作曲:さかたかずこ]

19th「TANGO NOIR」[作詞:冬杜花代子/作曲:都志見隆]

20th「BLONDE」[作詞/作曲:Biddu-Winston Sela]

21st「難破船」[作詞/作曲:加藤登紀子]

9thシングルまでは[作詞:来生えつこ/作曲:来生たかお]が目立つが、それにしてもこの座組が連続することはなく、[作詞:売野雅勇]の作品と交互に発表されており、その[作詞:売野雅勇]にしても作曲家は作品毎に替わっている。10th以降は作品毎に作家の顔触れが異なる。松本一起が16thと17thで連続して作詞を手掛けているくらいで、毎作毎作、作曲家が違う(11th「ミ・アモーレ〔Meu amor é・・・〕」と12th「赤い鳥逃げた」とが[作詞:康珍化/作曲:松岡直也]のクレジットとなっているが、ファンならばご存知の通り、12th は12インチシングルとして発表された11thの異名同曲異歌詞曲である)。

こうなると、作品毎に作家陣が替わったこと、座組が変化し続けたことは、中森明菜の大きな特徴のひとつであることは間違いない。再びアルバムへ目を転じてみると、その多彩な作家を揃えるスタイルは実は4thアルバム以前からそうであった。1 st『プロローグ〈序幕〉』は全10曲で作詞家5名、作曲家7名。2nd『バリエーション〈変奏曲〉』は全12曲(そのうちインスト2曲)で作詞家5名、作曲家8名。3rd『ファンタジー〈幻想曲〉』に至っては全10曲で作詞家7名、作曲家10名と、楽曲毎に作曲家が異なっている。

ちなみに4thアルバムは全10曲で作詞家5名、作曲家5名と、2曲ずつ綺麗に等分されている([作詞/作曲:翔]と[作詞/作曲:TAKU]はまとめて“横浜銀蝿枠”とした)。4thはそれまで組んだことがなかった作家たちの名前が並んではいるものの、その制作環境において大きな変化があった作品ではないのである。ちなみに、9th『不思議』や10th『CRIMSON』(ともに1986年の作品)であったり、世紀を跨いでからは20th『Resonancia』(2002年)、23rd『DIVA』(2009年)であったりで、多作家傾向が若干落ち着いたような印象はあるものの、それ以外はやはりバラエティー豊かな顔ぶれの作詞家・作曲家が並んでいる作品がほとんどなので、今もこのスタイルが中森明菜のスタンダードと言ってよかろう。

■真にバラエティー豊かなアルバム

というわけで、当コラムでは中森明菜の名盤は4th『NEW AKINA エトランゼ』に決定! …と行きたいところだが、もうちょっとだけ突っ込んで、バラエティー豊かな作家たちが提供した楽曲の編曲を司るアレンジャーにも注目してみた。すると、前述の通り、一アルバム作品に多くの作詞家、作曲家が参加しているものの、それに比べると編曲家はそこまで多くはない。1stから6thまでを見てみると大体アレンジは2、3名で手掛けていて、5th『ANNIVERSARY』は4名と多めだが、1曲のみのアレンジャーが2名いて、残り8曲は4曲ずつ2名が手掛けているので、これすら多人数というわけでもない。“新しい作家との出逢い”と謳われた4th『NEW AKINA エトランゼ』にしても、1曲が細野晴臣で、残りの編曲クレジットは全て萩田光雄だ(“横浜銀蝿・萩田光雄”を含む)。つまり、バラエティー豊かな作風をアレンジャーが中森明菜カラーにまとめ上げていたとも言える。これもこれで彼女の作品の特徴とも言えるだろう。

ただ、その様相は、7th『BITTER AND SWEET』(1985年)から変化する。7thでは作詞家、作曲家それぞれ9名に対して編曲家は7名と、およそ楽曲毎にアレンジャーも替わっている。8th『D404ME』(1985年)もその傾向は引き継がれているが、9th『不思議』、10th『CRIMSON』では前述した通り、作詞家、作曲家が減ると共に編曲家も少なくなっている。1985年の中森明菜は、アレンジャーを含めて真に多くの作家陣がその楽曲を手掛け、縦横無尽にそのスタイルを変えていったのである。それが即ち中森明菜のアーティストとしてのピークであるとは言わないけれども、シンガーとして、あるいはエンターテイナーとして、そのキャパシティーを如何なく見せつけた時期であったとは言えると思う。よって、その作品スタイルから見ても、7th『BITTER AND SWEET』、もしくは8th『D404ME』が中森明菜らしいアルバムであると当コラムでは勝手に認定させてもらう。1枚に絞るならば、CDジャーナル誌をして“日本の歌謡史に残るほどの歴史的な名曲”と言わしめた「飾りじゃないのよ涙は」が収録されている点で、やはり『BITTER AND SWEET』を推したい。セールスもチャートリアクションも次作『D404ME』のほうが上回っており、もしかするとそのクオリティーも8thに軍配が上がるとの見方もあるが、8thは7thのスタンスを継承したものだとすれば、当方は『BITTER AND SWEET』が明菜の代表作に相応しいと考える。

肝心の作品内容も、まさしくバラエティーに富んでいる。シングルとは異なるリミックスを施すことでよりダンサブルでソウルフルに仕上がったM1「飾りじゃないのよ涙は」からディスコティックなM2「ロマンティックな夜だわ」へ。そこから、飛鳥涼らしいメロディーのミディアムナンバー、M3「予感」を挟んで、ニューロマっぽいサウンドを聴かせるM4「月夜のヴィーナス」、若干ヒップホップ的要素を孕みつつ、ラテンな匂いも感じるM5「BABYLON」とつながっていく。ここまでがアナログ盤のA面。本作は[LPでは曲終りから次の曲の開始前の「間」が無く連続して次の曲が始まるような聴き応えの効果があった]そうだが([]はWikipediaからの引用)、それゆえにか、A面はどこかノンストップミックス作品を聴いているような印象があるのもいい感じだと思う。

B面は角松敏生が手掛けたM6「UNSTEADY LOVE」から始まる。昨今のコンテポラリーR&Bほどに抑揚が強いメロディーではないが、アッパーなサウンドと相俟ってか、不思議なポップさがあるナンバーだ。そこからボサノヴァタッチのミッドチューンM7「DREAMING」。本作の中でも最も歌謡曲寄りと感じられる中にもしっかりとAOR的要素も注入しているM8「恋人のいる時間」。その洗練された歌メロとサウンドメイクはのちに氏が手掛けることとなる中山美穂作品を彷彿させるM9「SO LONG」。筆者のような熱心なリスナーじゃなくとも吉田美奈子のナンバーであることがありありと分かるM10「APRIL STARS」と、B面も作家陣の個性が発揮された秀作が並ぶ。

歌詞はほぼ全編がラブソングと言っていいが、強い(強がっている?)女性像から、か弱さの露呈、諦めの境地、またはっきりと喜怒哀楽に属さないような微妙な機微まで、10篇それぞれの世界観が綴られている。歌メロもさることながら、それらを歌い分ける明菜のヴォーカリゼーションも聴きどころだろう。この辺は今聴いてもまったくと言っていいほど古びた感じがなく、中森明菜という不世出の女性シンガーの才能、潜在能力を見事にパッケージしている。

TEXT:帆苅智之

アルバム『BITTER AND SWEET』

1985年発表作品

<収録曲>

1.飾りじゃないのよ涙は <ニュー・リミックス・ヴァージョン>

2.ロマンティックな夜だわ

3.予感

4.月夜のヴィーナス

5. BABYLON

6. UNSTEADY LOVE

7. DREAMING

8.恋人のいる時間

9. SO LONG

10. APRIL STARS

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