4月7日、ジョン・プラインが新型コロナウイルス感染症で死んだ。なぜか、すごく悲しかった。彼が亡くなって、こんなに悲しくなるなんて想像もしていなかったので不思議だったのだが、自分にとって彼の存在が“いて当たり前”だったのだということに気づいた。そういう意味では、ジョン・プラインは志村けんの存在とよく似ている。志村の死は未だに多くの人の心に穴をあけてしまっているが、その死がこんなにショックに感じると想像できただろうか。それだけ、志村の真摯な芸が日本人の心の中に入り込んでいたのである。まさしく、その卓越した芸を通して、志村という人間を無意識のうちにリスペクトしていたのだろう。ジョン・プラインは日本ではほとんど知られていないが、僕の大好きなシンガーソングライターだ。今回取り上げるのは、彼のデビューアルバムとなる『ジョン・プライン』で、本作と出会ってから45年ほど経つが未だに愛聴し続けている。
■フォークリバイバルとボブ・ディラン
フォークリバイバルのムーブメントでは、60年代に多くのフォークシンガーがアメリカ東部を中心に登場した。ボブ・ディラン、ジョーン・バエズ、フィル・オクス、フレッド・ニール、トム・パクストン、リチャード・ファリーニャ、ボブ・ギブソン、パトリック・スカイなど枚挙にいとまがないが、中でもボブ・ディランの影響力はずば抜けていて、世界中で彼のフォロワーが存在した。
当時、ロックンロールやブルース好きはやんちゃな人間が多く、フォークソング好きは概ね裕福な家庭育ちであった。だから、当時の大人たち(日本でも同じだった)はロックンロール(=エレキギター)を不良の音楽だと決めつけ、認めたがらなかった。60年代中頃、ディランはビートルズをはじめとするブリティッシュのビートグループに影響され、フォークからロックへと転向する。ディランの転向は、当初高学歴の富裕層からは反発を受けるが、彼の文学的な歌詞やフォークロック(ロックンロールのようにうるさくない)サウンドはほどなく受け入れられていくことになる。
ディランのロックへの転向は、グリニッチビレッジやボストン界隈で活動する多くのフォークリバイバリストにも大きな影響を与え、フォークシンガーたちはブルースロックに進む者、ブルーグラス、カントリーロック、ポップロックへと転身する者などが現れて、呼び名もシンガーソングライターへと変わっていく。
■政治的なスタンス
フォークリバイバル初期の重要なアーティストであるピート・シーガーやボブ・ディランは、当初プロテストソングと呼ばれる政治的な内容を歌っていたことでも知られるが、60年代のアメリカでは赤狩り、ドラッグ、ベトナム戦争、公民権運動、ウーマンリブなどに代表される社会的な問題が山積しており、歌を通してそれらの問題に鋭く切り込むことが多かった。
そもそもフォークソングのルーツは、貧困や差別、組合活動などについての歌を、全米を放浪しながら歌い続けたウディ・ガスリーにある。その反骨精神をシーガーやディランは生前のガスリーから受け継いでおり、政治的であるのは当然なのである。ただ、前述したように東部で活躍したフォークシンガーの一部は裕福な家庭の育ちであり、そういった歌手にとっては歌の内容が政治的なものからラブソングなどの個人的性質を持つ歌へと変わっていく。やがて、これらの多種多様な歌がアメリカンロックに進化していくのだ。アメリカンロックとは、突きつめればロックンロール(カントリー+ブルース、R&Bのミクスチャー)とフォークソング(進化系としてフォークロック、カントリーロックを含む)のフュージョンなのである。
■シカゴのフォークリバイバル
フォークリバイバルの中心は東部のグリニッチビレッジとボストンにあり、中西部のシカゴ(イリノイ州)ではアーバンブルースが盛んであった。しかし、シカゴのフォークシーンは東部ほどのボリュームではないが、テキサスやコロラドのフォークシーンと並んでよく知られていた。中でも、1957年に設立された『オールドタウン・スクール・オブ・フォークミュージック(以下、オールドタウン・スクール)』は文字通りフォークソングを教える学校で、著名なアーティストの講義をはじめ楽器も教えてくれる場所であった。オールドタウンとは古い建造物が立ち並ぶシカゴ旧市街地のことである。この街には『アール・オブ・オールドタウン』や『フィフス・ペグ』といったライヴハウスがあり、それらの店では学校で学んだ技術を披露する場所として使われていた。この学校でプラインは、彼と同時期にデビューすることになるスティーブ・グッドマン(ギターの巧いグッドマンはプラインにギターを教えている)やボニー・コロックと出会っている。
■ジョン・プライン
プラインはシカゴの労働者が多く住むメイウッドで生まれ、兄のデイブ・プラインの影響でフォークミュージックが好きになる。高校卒業後は軍に入隊、西ドイツ(当時のドイツは西と東に分かれていた)で従軍し、帰還後は郵便局に勤務しながらギターを習うため『オールドタウン・スクール』に通い、ソングライティングや楽器を学んでいる。
ある日、フィフス・ペグで歌っている時、たまたま来ていた新聞記者の目に止まり、彼の記事が新聞に掲載される。ジャニス・ジョプリンが歌い大ヒットした「ミー・アンド・ボビー・マギー」の作者であるクリス・クリストファーソンがその記事を読み、プラインの歌を聴きにフィフス・ペグを訪れ、その素晴らしい歌声と曲に感銘を受ける。クリストファーソンはニューヨークの有名なライヴハウス『ビターエンド』でプラインが歌えるように計らっている。しばらく後、プラインが『ビターエンド』に出演すると、そこに来ていたアトランティックレコードのジェリー・ウェクスラー(アレサ・フランクリンやオールマン・ブラザーズ、レッド・ツェッペリンなどのプロデューサー)は彼を大いに気に入り、契約を交わすことになった。そこから、プラインの長い音楽生活が始まる。
■本作『ジョン・プライン』について
惜しくも5年前に亡くなった、詩人の長田 弘が書いた名著『アメリカの心の歌』(岩波新書、1996年。増補版がみすず書房から2012年に出ている)で、ジョン・プラインの代表曲のひとつ「ハロー・イン・ゼア」について言及している。プラインの歌について、長田は的確な分析をしているので少し引用する。
[1970年代以降に姿を見せたシンガーソングライターたちの中でも、ジョン・プラインの歌はぬきんでて独自だ。もしまったく目立たないスーパースターがいるとすれば、ジョン・プラインがそうだ。(中略)ディランの歌は、際立って寓意的だ。だが、ジョン・プラインの歌は、際立って日常的だ。(中略)ディランが剛なら、ジョン・プラインは柔だ。](同書、159-161ページ)。
本当にこの通りである。プラインは楽しいことや悲しいことを淡々と歌う。日常に起こる悲喜交々を人は全てを受け入れながら生きていくのだと言いたげである。プラインはそういうシンガーだ。声高に叫ぶこともなく、権力に対して戦う術を知らない弱い庶民の生きざまを歌い続けている。
収録曲は全部で13曲。名曲揃いで至福の45分である。ローリングストーン誌の史上最高の500枚では452位にランクイン。ベトナム帰還兵のやるせなさを歌った「サム・ストーン」はピンク・フロイドの『ファイナル・カット』で引用されているし、ボニー・レイットが歌い続ける「エンジェル・フロム・モンゴメリー」はジョン・デンバーをはじめ、ベン・ハーパー、デイブ・マシューズ・バンド、スーザン・テデスキらもカバーしているプラインの名曲のひとつだ。前述の「ハロー・イン・ゼア」は老人の悲しみを歌い、「パラダイス」は炭鉱の衰退について歌われている。
サウンドはカントリー的なテイストのあるフォークロックで、最初期のアメリカーナサウンドだ。チャート上では伸びなかったが、多くのミュージシャンがお気に入りの一枚として挙げている。バックを務めるのはレジー・ヤング、マイク・リーチ、ジーン・クリスマンといったサザンソウルやスワンプロックでお馴染みの面々だけに、派手さはないが燻し銀のような演奏が味わえる。
最後にひと言。プラインは生前25枚ほどのアルバムを作っており、駄作はない。彼を敬愛するブルース・スプリングスティーン、トム・ペティ、ボニー・レイットが参加した『ミッシング・イヤーズ』(‘91)で初めてのグラミー賞(最優秀フォークアルバム)を受賞している。このアルバムにはジョン・メレンキャンプやプリンスとの共作も収録されているので、骨太のロックが好きな人もぜひ聴いてみてほしい。
TEXT:河崎直人
アルバム『John Prine』
1972年発表作品
<収録曲>
1. イリーガル・スマイル/Illegal Smile
2. スパニッシュ・パイプ・ドリーム/Spanish Pipedream
3. ハロー・イン・ゼア/Hello In There
4. サム・ストーン/Sam Stone
5. パラダイス/Paradise
6. プリテイ・グッド/Pretty Good
7. ユア・フラッグ・ディカール・ウォント・ゲット。ユー・イントゥ・ヘヴン/Your Flag Decal Won’t Get You Into Heaven Anymore
8. ファー・フロム・ミー/Far From Me
9. エンジェル・フロム・モンゴメリー/Angel From Montgomery
10. クワイエット・マン/Quiet Man
11. ドナルド・アンド・リディア/Donald And Lydia
12. シックス・オクロック・ニュース/Six O’Clock News
13. フラッシュバック・ブルース/Flashback Blues
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