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パンクロックにも影響を与えたドクター・フィールグッドの白熱のライヴ盤『殺人病棟』

ドクター・フィールグッドは1971年にウィルコ・ジョンソンがリー・ブリロー率いるザ・ビッグボーイ・チャーリー・バンドにギタリストとして加入し、そのキャリアがスタートする。彼らはブリンズレー・シュウォーツ、キルバーン&ザ・ハイ・ローズ、ビーズ・メイク・ハニー、マッギネス・フリントらと並んで、パブロック初期から活動する代表的なグループのひとつとして知られている。

イギリスで生まれたパブロックは、文字通り居酒屋(パブ)でライヴを行なう(ロック)アーティストたちの総称で、70年代初頭から中頃にかけてその全盛期を迎える。パブロックグループの共通項は、パブで演奏するということだけである。キャパの小さいパブでの演奏は、最低限のメンバー編成とそこそこの音量しか出せないだけに、自ずとブルース、R&B、フォーク、カントリーなどを背景にしたルーツ系ロックが中心となるため、パブロックのグループは音楽的に似た部分が多い。

今回紹介するドクター・フィールグッドは、キレの良いリズムと泥臭いR&B的な演奏が身上であり、パンクロックにも通ずるシンプルなサウンドが大いに受けた。本作『殺人病棟(原題:Stupidity)』は彼らの3作目となるライヴ盤で、パブの生演奏で鍛えられた彼らの真骨頂が味わえる(全英アルバムチャート1位)。

■スタジアム化するロックが失ったもの

50年代にアメリカで生まれたロックンロールは、60年代の半ば頃にはロックとなり、周辺音響機器の進化もあって大音量での演奏が可能となる。大音量によるコンサートが実現すると、一度にたくさんの聴衆を集められるだけでなく、その音楽自体も大音量に見合ったスタイルへと変化していく。60年代後半〜70年代初頭のイギリスではブルースロックから進化したハードロックや、クラシックをベースにしたプログレッシブロックが生まれ、それらは小さなバーやライヴハウスでは楽しめない程大きなスケールへと成長する。

しかし、どんな分野でも同じだが、物事は一元的には語れないものだ。60年代末に登場したレッド・ツェッペリンやキング・クリムゾンといったグループは、大きなホールで楽しむのには向いているかもしれないが、少人数しか入れないホールではアンプラグドでもない限りその魅力は伝わらないだろう。大きなスタジアムで観戦するプロ野球と、市民グラウンドなどで楽しむアマチュア草野球がどちらも野球であるように、スタジアムで聴くロックと小さなライヴハウスで聴くロックは、どちらも同じ「ロック」である。しかし、その内容はまったく違う性質であることも少なくない。

■パブロックの文化

60年代の終わりから70年代初頭にかけてイギリスで流行したのが、パブロックと呼ばれる文化である。パブロックとは文字通り“居酒屋+音楽”で、要するに大きなホールで座って大人しくロックを聴くのではなく、酒を呑みながら大声で喋りつつ音楽も聴きたい人に向けたサービスである。

もちろん、お気に入りのバンドを見に行くためにパブへ向かう人もいるだろうが、酒を呑んだり仲間としゃべったりするのが目的で出かけ、たまたま出演していたバンドの演奏を聴いてファンになるということも多い。パブに来るのはライヴを観たい人ばかりではないので、多くの店がチャージを取らず、金はないが音楽が好きな労働者たちにとって、ストレス発散にはもってこいの場所であった。

60年代の中頃、ビートルズをはじめ、ローリング・ストーンズやキンクス、デイブ・クラーク・ファイブなど、いわゆる第一次ブリティッシュ・インヴェイジョンと呼ばれるムーブメントが起こったが、パブで活動するアーティストは、そういったいわゆるスターグループとは異なり、演奏場所さえ確保できないようなグループがそのルーツにある。

ただ、パブロックのグループは「シンプルな曲構成」「歌心のある演奏」「労働者階級を意識した作詞」などを持ち味とし、大ヒットを飛ばして富裕層になったスターとは違う価値観を大切にしていたのも事実である。パブロックのアーティストが、70年代中期に登場したパンクロッカーの音楽性と似ているのは、ある意味で“反体制”を貫いていたからに他ならない。

■ザ・バンドに大きな影響を受けた パブロックのグループたち

パブでの演奏は、ほどほどの音量・最低限の機材使用・その店に集まる客層によって演奏曲が決まる等の決めごとがあるので、出演バンドの多くがブルース、ロックンロール、カントリー、フォークロック、誰もが知っているヒット曲などをレパートリーにしていた。68年に登場したザ・バンドはルックスをはじめ、当時流行していたロックとは一線を画したグループである。

彼らは今で言うルーツロックやアメリカーナ的なスタンスを持っており「30歳以上は信じるな」という言葉が語られていた時代に、デビューアルバム『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』の見開きジャケット内側では両親や親戚を並べた写真を確信犯的に載せ、自分たちのロックが時流に乗っていないことを意思表明していた。

流行とは無縁で、かつ大音量でない、使用機材はシンプル、ブルースやカントリーをベースにしているというザ・バンドの音楽を、パブロックシーンで活動していた多くのグループが模範としたのである。

■エッグズ・オーバー・イージーの訪英

アメリカではさっぱり売れず、1971年にイギリスへと渡ったルーツロックグループのエッグズ・オーバー・イージーもまたザ・バンドに影響を受けており、彼らがパブで演奏し始めるとパブロッカーたちの注目を集めることになり、彼らの存在がパブロックサウンドのひとつの流れになった。というか、本場のアメリカから来たグループでザ・バンドの影響を受けているとなれば、パブロックのヒーロー的な存在になるのは仕方がないだろう。

その後、ブリンズレー・シュウォーツ、ダックス・デラックス、カーサール・フライヤーズ、ドクター・フィールグッド、キルバーン&ハイローズ、グレアム・パーカー、ニック・ロウ、イアン・デューリーらがそれぞれ独自の音楽を打ち出し、70年代中頃にはパブロックの全盛期を迎えるのである。

■流行に左右されないサウンド

1975年、ドクター・フィールグッドのデビューアルバム『ダウン・バイ・ザ・ジェティ』がメジャーレーベル(ユナイテッド・アーティスト)からリリースされた。そのサウンドはR&Bをベースにしたシンプルかつ力強いもので、初期のストーンズを骨太にしたようなスタイルは、パブロックの存在を知らしめると同時に多くのフォロワーを生んだ。ステレオ録音が全盛の時勢にあって、オールモノラルでミックスされたこの作品には異様な迫力があった。

リー・ブリローの渋いヴォーカルとウィルコ・ジョンソンのカミソリのような鋭いギターワークはカッコ良く、流行に左右されないアルバムに仕上がっている。2作目の『不正療法(原題:Malpractice)』(‘75)も1枚目と甲乙付け難い出来である。全英チャートで17位となり、世界中にドクター・フィールグッドの名を知らしめる作品となった。

■本作『殺人病棟』について

そして、76年にリリースされたのが3作目となる『殺人病棟』だ。収録曲は全部で13曲(初回リリース時は+シングル1枚がボーナスとして付いていたので全15曲)、LP時代はサイドAにあたる面が「シェフィールド・サイド」、B面にあたるのが「サウスエンド・サイド」となっていて、それぞれ録音されたライヴ会場の地名が記されている。

パブを渡り歩いてきた彼らにとって、その本質がライヴにあるのは当然だろう。本作には観客の熱狂も収められていて、臨場感は抜群だ。スタジオ盤と比べると荒削りではあるが、やはりライヴアクトとしての魅力が詰まっている。チャック・ベリー、ボ・ディドリーといったロックンロール・ナンバー、ソニー・ボーイ・ウィリアムソンのブルース曲、ソロモン・バークやルーファス・トーマスのソウルナンバーなど、第一次ブリティッシュ・インベイジョンのグループが取り上げそうなカバー曲はどれも熱気に満ち、パブを回るうちにアレンジが仕上がったのだろう。どの曲も贅肉が全くなく、これ以上削ぎ落とせないぐらいのシャープさである。

特筆すべきは、全編にわたって響くウィルコ・ジョンソンの骨太のギタープレイで、テレキャスターの乾いた音を効果的に使いながら、究極の“キレ”を聴かせる。彼の一見古臭く感じるスタイルこそが実は普遍的であり、パンク〜ポストパンク〜オルタナティブに至るまで、多くのギタリストに影響を与えている。ご存知の人も多いと思うが、彼は日本で最も愛されたギタリストであり、毎年のように来日している。

本作はパブロックを代表するアルバムというだけでなく、ブリティッシュロック界を代表するアルバムでもある。これからも、何年経とうが聴き続けていける名作だと思う。

TEXT:河崎直人

アルバム『Stupidity』

1976年発表作品

<収録曲>

1.アイム・トーキング・アバウト・ユー/Talking About You(Live – Sheffield City Hall, 23rd May 1975)

2.トゥエンティー・ヤーズ・ビハインド/Twenty Yards Behind(Live – Sheffield City Hall, 23rd May 1975)

3.ステュービディティー/Stupidity(Live – Sheffield City Hall, 23rd May 1975)

4.オール・スルー・ザ・シティー/All Through the City(Live – Sheffield City Hall, 23rd May 1975)

5.アイム・ア・マン/I’m a Man(Live – Sheffield City Hall, 23rd May 1975)

6.ウォーキング・ザ・ドッグ/Walking The Dog(Live – Sheffield City Hall, 23rd May 1975)

7.シー・ダズ・イット・ライト/She Does It Right(Live – Sheffield City Hall, 23rd May 1975)

8.ゴーイング・バック・ホーム/Going Back Home(Live – Southend Kursaal, 8th November 1975)

9.アイ・ドント・マインド/I Don’t Mind(Live – Southend Kursaal, 8th November 1975)

10.バック・イン・ザ・ナイト/Back In the Night(Live – Southend Kursaal, 8th November 1975)

11.アイム・ア・ホッグ・フォー・ユー・ベイビー/I’m A Hog For You Baby(Live – Southend Kursaal, 8th November 1975)

12.チェッキン・アップ・オン・マイ・ベイビー/Checking Up On My Baby(Live – Southend Kursaal, 8th November 1975)

13.ログゼット/Roxette(Live – Southend Kursaal, 8th November 1975)

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