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哀感が染み渡るエリック・アンダースンの傑作中の傑作『ブルー・リバー』

1972年に本作『ブルー・リバー』がリリースされてから半世紀近くが経過し、ポピュラー音楽を取り巻く環境は大きく変わった。その間、音源はアナログからデジタルへと移行し、インターネットが登場する。21世紀の現在、音楽はダウンロードが主流となり、アルバムやシングルという概念すらなくなってしまった。技術革新のおかげで新しい音楽がどんどん現れ、時代に取り残された音楽は消えていく…。そんな時代の必然は僕ももちろん認識しているのだが、古くても何故か消えずに聴き続けられているポピュラー(商業)音楽がある。本作『ブルー・リバー』は、まさに半世紀にわたって消えずに聴き続けられている不易流行的なアルバムであり、聴くたびに新たな発見のある稀有の傑作だと言える。それはきっと、時代がいくら変わろうが、人間の変わらない本質に真摯に向き合って生まれた音楽だからなのだろう。

■シンガーソングライターのこと

よく「これはシンガーソングライター系のアルバムだよ」などと言うが、シンガーソングライター(以下、SSW)とは単に自作自演歌手のことであって、“ハードロック”とか“プログレッシブロック”みたいに、その音楽の特徴を表したジャンルを指したものではない。ハードロックやプログレの中にもSSWはいるのだから、日本におけるSSWとは、とても曖昧な言葉であると思う。だから、その曖昧さを払拭しようとするのか、よく“系”という言葉を付加して“SSW系”と呼ぶことがあるのだが、余計に訳が分からない言葉になってしまっている。いわゆるSSWの音楽とは、フォーク、ロック、ポップス、カントリー、ラテン、ソウル、ジャズ、演歌…など、音楽のジャンルと同じだけ存在するのである。

と言いつつ、実はSSWマニアの間で語られるSSW系の音楽(日本に限ってであるが)が、そこそこジャンル化されているというのも事実である。筆者もSSWファン(マニアではないが)のひとりだから、そのあたり気になっているので、SSW系と呼ばれるジャンルの特徴を少し挙げてみる。「そんなに売れていないこと」「流行に左右されていないこと」「ブルースやカントリーなど、ルーツ系の音楽に影響されていること」など、このあたりがジャンルとしてのSSW系の定義になるだろうか。

そういう観点で、ニール・ヤングを例にすると、デビューから『ハーヴェスト』(’72)あたりまでは確実にSSW系の作品になるのだが、『アメリカン・スターズン・バーズ』(’77)以降になると、ドル箱スター的な扱いになっているので、もはやSSW系とは呼べないのではないか。ビリー・ジョエルやポール・サイモンは音楽性がポップス寄りなのでSSWではあってもSSW系ではない。同じような理由で、イギリスのエルトン・ジョンやキャット・スティーブンスもポップス感が強いので、どちらも除外。では、ジャクソン・ブラウンはどうだろう。彼の場合は初期の5枚はSSW系のど真ん中だが、初の全米1位となった『ホールド・アウト』(’80)からは音作りが売れ線になっているので対象を外れる。ボニー・レイットは初期のアルバムは完全にSSW系であるが、小原礼がサポートメンバーになる前の『ザ・グロウ』(’79)までがギリギリ許せる範囲か。

では、賛否はあるだろうが典型的なSSW系のアーティストを挙げてみよう。アメリカのアーティストでは、ロッド・テイラー、ロジャー・ティリスン、ボビー・チャールズ、ボブ・ニューワース、マーク・ベノ、ジム・パルト、エリック・カズ、ジェシ・デイビス、マイク・フィニガン(1枚目)、ドニー・フリッツ、デビッド・ブロンバーグなど。ここにガイ・クラークやジェリー・ジェフ・ウォーカー、タウンズ・ヴァン・ザント、テリー・アレンらのテキサス勢を加えてもOKだ。

カナダでは、ブルース・コバーン、マーレイ・マクロークラン、クリストファー・キーニー、イアン・タンブリン、トニー・コジネック、デビッド・ウィフェンらがSSW系アーティスト。イギリス勢では、ニック・ドレイク、ロジャー・モリス、マーク・エリントン、アーニー・グレアム、リチャード・トンプソン、チャス&デイブ、ブリン・ハワースなどが該当する。

マイク・フィニガンについては、1枚目の『マイク・フィニガン』(’76)はSSW系だが、2枚目の『ブラック&ホワイト』(’77)は完璧なAORである。このマイク・フィニガンや、そしてジャクソン・ブラウン、ニール・ヤングらの例でも分かるように、SSW系というジャンルは流動的(SSW系→AORに)になることが多いのも特徴と言えるかもしれない。例外はあるものの、70年代中期(パンクやAORの出現した頃)以降、SSW系はその多くがAORに吸収され激減する。その後、マリア・マッキー、ピーター・ケイス、シド・ストロー、ジョー・ヘンリーら、新世代のSSWたちが登場する80年代後半までSSW系は壊滅状態となるのである。

■エリック・アンダースンの音楽

1930年代に現れたSSWの草分け的存在であるウディ・ガスリーは、全米を放浪しながら労働者階級の過酷な生活を歌にしたり、腐敗した政治を糾弾したりするなど、反体制を貫いたアーティストである。ボブ・ディランをはじめ、フレッド・ニール、トム・パクストンら、フォークリバイバルのムーブメントから登場してきたアーティストに、ガスリーは大きな影響を与えることになる。

エリック・アンダースンもまたガスリーに影響を受けたひとりで、10代からギターを弾き、ガスリーに憧れてアメリカ中を放浪する。大学はドロップアウトすることになるが、そこで学んだ文学が後々彼のソングライティングに生きることになる。サンフランシスコで歌っているところをトム・パクストンに認められ、フォークリバイバルのメッカとも言えるグリニッチ・ビレッジに移り住む。1964年、多くのフォークリバイバリストたちを擁したヴァンガードレコードのオーディションを著名なガーズ・フォークシティで受けて認められ、65年に『トゥデイ・イズ・ザ・ハイウェイ』で念願のデビューを果たす。

その頃のフォークシーンはディランに代表されるように、少しのオリジナルのほか古いトラッドやプロテストソングを歌ったり、公民権運動や反戦運動などの政治活動に参加したりするのが一般的であった。ディランが音楽的に変わるのは、ビートルズやデイブ・クラーク・ファイヴをはじめとするブリティッシュ・インベイジョンを体験してからのことだ。フォークはアコースティックでないといけないという時代に、ディランは『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』(’65)でロックへと転向し新たな段階に向かうことになるのだが、そのきっかけを作ったのがブリティッシュ・インベイジョンと、もうひとつの理由としてエリック・アンダースンからの影響かもしれないと僕は考えている。エリックはデビューアルバムの一部の曲ですでに私小説的かつ文学的な歌詞世界を生み出しており、意味深なラブソング「Come to My Bedside」は、さまざまなアーティストにカバーされているだけにディランにも影響を与えたと思われる。この曲は日本の関西フォークのシンガーたちにも大いに支持され、中川五郎、高石ともや、岡林信康らがカバーしている。

この後も彼は「Thirsty Boots」「Violets of Dawn」など、多くのアーティストにカバーされる曲を書き続け、ヴァンガードレコードから6枚、ワーナーブラザーズから2枚のアルバムをリリース、エリックはフォーク界の寵児として活躍する。そして70年にカナダで行なわれた『フェスティバル・エクスプレス』にグレイトフル・デッド、ジャニス・ジョプリン、ザ・バンドなどのロックグループとともに参加し、この経験が一世一代のSSW系名盤を生むきっかけとなるのである。

■本作『ブルー・リバー』について

エリックはワーナーからコロンビアに移籍し、前作の『エリック・アンダースン』(’69)と同じく、ナッシュビルでのレコーディングに臨んだ。本作『ブルー・リバー』では、前作でベースプレーヤーとして参加していたエリアコード615のノーバート・パットナムがプロデュースを担当、グラディ・マーティンやジェリーキャリガンといった大物スタジオ・ミュージシャンをはじめ、エディ・ヒントン、ジョニ・ミッチェル、デビッド・ブロンバーグ、ケヴィン・ケリー(元ザ・バーズ)、そしてエリアコード615の面々がサポートを務めている。

収録曲は全部で9曲(CDはボーナストラックが2曲あり全11曲)。バックメンは豪華であるが、誰もがエリックの歌と楽曲を生かすために必要最小限の音しか出していないのが本作の最大の特徴となっている。アルバム全編に流れる哀感と静謐さは、エリックの手になる楽曲とぴったりマッチしていて、心地良い孤独感が味わえる。大自然、川のせせらぎ、雪がしんしんと降る静かな冬の朝など、本作を聴いている自分のその時々の感覚によって違うが、さまざまなシチュエーションが頭の中に沸き上がってくる感触は、このアルバムが持つ不思議な磁力だと思う。

収められた曲はどれも素晴らしいが、特にタイトルトラックの美しさは格別で、ジョニ・ミッチェルによるカウンターボーカル、ケヴィン・ケリーのアコーディオン、そしてピアノとバックボーカルは絶品と言うしかない。カバー曲は「モア・オーフン・ザン・ノット」のみで、デビッド・ウィフェン作。

本作でエリックは、フォークシンガーというレッテルを脱ぎ捨て、SSW系アーティスト(今でいうアメリカーナ)として新たな境地を作り上げている。チャートでは振るわなかったが、本作を永遠のパートナーとして愛聴する人は決して少なくないだろう。かく言う僕もSSW系では、ロッド・テイラーのデビュー作、ガイ・クラークの『オールド No.1』、ドニー・フリッツの『プローン・トゥ・リーン』、ボビー・チャールズのベアズヴィル盤と並んで、本作がオールタイムフェイバリットの一枚である。蛇足だが、デビッド・ブルーの傑作『ストーリーズ』(’72)は、本作とは一卵性双生児のような関係にある。

TEXT:河崎直人

アルバム『Blue River』

1972年発表作品

<収録曲>

1. リアリー・ラヴ・アット・オール/Is It Really Love at All

2. パールズ・グッドタイム・ブルース (ジャニス・ジョプリンに捧げるブルース)/Pearl’s Goodtime Blues

3. ウィンド・アンド・サンド/Wind and Sand

4. フェイスフル/Faithful

5. ブルー・リヴァー/Blue River

6. フロレンティン/Florentine

7. シーラ/Sheila

8. モア・オーフン・ザン・ノット/More Often Than Not

9. ラウンド・ザ・ベンド/Round the Bend

10. おいでよ僕のベッドに/Come to My Bedside, My Darlin’

11. ホワイ・ドント・ユー・ラヴ・ミー/Why Don’t You Love Me

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