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ジム・モリソンの遺作となったドアーズの『L.A. ウーマン』は、自らのルーツを見直した秀作

ジム・モリソンは数多くのカリスマを生み出してきたロック界でも別格の存在だと言えるだろう。数々の奇行と早逝によって彼の存在は伝説化されていくのだが、神格化はフランシス・フォード・コッポラ監督の映画『地獄の黙示録』(‘79)で使われたドアーズ初期の楽曲「ジ・エンド」(’67)に漂う暗鬱なデカダンのイメージで決定的なものとなった。それまで難解だととらえられていた「ジ・エンド」は、この映画によって明確に“絶望感”を表現した曲と解釈され、苦悩するロックスターというモリソンのイメージが世界的に定着する。今回取り上げるのは、モリソンの遺作となったドアーズの7thアルバム『L.A. ウーマン』で、本作ではロックスター的な雰囲気は消え、飾りっ気のない人間的なモリソンが味わえる秀作となっている。初期ドアーズの大層なイメージに振り回されずに、ぜひ聴いてみてほしい。

■ドアーズの結成

ドアーズは大学の映画科で知り合ったジム・モリソンと、主にジャズのコンボに参加していたキーボード奏者のレイ・マンザレクを中心に、フラメンコギターの得意なロビー・クリーガー、ジャズドラマーのジョン・デンズモアというメンバーで、1965年に結成されている。ベーシストはおらず、マンザレクがキーボードのフットベースで代用していた。モリソン以外のメンバーはバンド活動や大学の授業で知り合うなど、音楽・文学・映画・心理学などに興味を持っており、モリソンの文学的知識と詩作の鋭さに惹かれていた。グループは当初からスタイルにはこだわらず、モリソンの前衛的な詩を生かすようなサウンドを目指していたのである。フラメンコをやってはいたが、ジャズ、ロック、ポップスをよく知っていたのはクリーガーで、ドアーズ結成当初は彼がグループの音作りをまとめていた。

■違和感あるロックグループ

ロスのいくつかのクラブに出演している時、大手のコロンビアレコードから声が掛かり契約の一歩手前まで行ったのだが、うまくはいかなかった。ベースレスであることや、手本とするロックグループがいないことなどもあって芽が出ずにいた。おそらく、大手レコード会社にそのまま在籍していれば、原型がなくなるほどの大幅なテコ入れがなされただろう。

クラブでの演奏を続けていた時、彼らに目を付けたのはエレクトラレコード主宰のジャック・ホルツマンだった。ホルツマンは音楽を聴くプロフェッショナルで、売れるとか売れないとかに関係なく、良い音楽であればどんなグループでも契約していた。バンド編成や音作りの面で他のロックグループと比べるとドアーズは違和感のあるサウンドであったが、エレクトラに在籍することで伸び伸びと自分たちの音楽を作り上げることが可能となった。

時代はボブ・ディランがアコースティックからエレキにギターを持ち替えた1965年から1年ほどしか経っていなかったが、ロックンロールはいつしか単にロックと呼ばれるようになっていた。当時、最もヒップだったグレイトフル・デッドやジェファーソン・エアプレインらに代表されるサンフランシスコのアシッドロックのブームは、ドアーズの拠点であるロスにも広がっていた。メランコリックで長尺の演奏を繰り広げるサイケデリック(アシッド)ロックの波は全米レベルとなり、ドアーズの違和感は逆にロサンジェルスでは時代の先端を走ることになった。

■ドアーズのデビュー

そして、67年初めにデビューアルバム『ザ・ドアーズ』がリリースされる。幸運にもプロデュースにはポール・ロスチャイルド、エンジニアにはブルース・ボトニックというロック界の職人ふたりが携わる。「ブレイク・オン・スルー」「ライト・マイ・ファイア」「ジ・エンド」といった彼らの代表曲が収められ、「ライト・マイ・ファイア」はデビューシングルにして全米1位を獲得、アルバムも2位になり大ヒットを記録する(この時の1位はビートルズの『サージェント・ペパーズ~』なので仕方ない)。

■ベーシストがメンバーにいないグループ

デビューに際して彼らは結局ベーシストを入れず、アルバム録音時にセッションマンを呼ぶというスタイルとした。ただ、彼らがベースを軽んじていたわけではない。それが証拠にレコーディング時はアルバムに複数のベーシストを使い、曲によって向いているプレーヤーを選んでいる。初期のドアーズに愛されていたのはラリー・ネクテル(本業はピアノ。のちブレッドに加入)やダグ・ルバーンで、ルバーンはのちにジャズロックグループの『ザ・ドリームス』やウエストコーストロックグループの『ピアース・アロウ』で活躍するが、残念なことに今年11月(先月)に亡くなっている。

■モリソンの奇行

モリソンは普段はおとなしいのだが、コンサートや人の多い場所では凶暴な性格が出ることがあり、学生時代すでに逮捕歴がある。デビュー後、コンサートでは自分のロックスターとしての役割を果たすべく、ジム・モリソンという人格を演じることに尽力する。それは彼の心労を増やすものであったし、3rdアルバム『太陽を待ちながら』が全米1位になると、重責によるストレスからか、アルコールや薬物依存が進んでいく。

その後もイギリスのキンクスから盗作で訴えられそうになったり、ツアー疲れからあらゆる薬物に手を出したりと、警察などから目を付けられていた。そして、69年のマイアミのコンサートでは性器を露出したとして逮捕され、有罪判決を受ける。この事件の詳細はよく分からないものの、モリソンはその破天荒な行動や言動で、世間の“良識”と言われるものからその存在を疎ましく思われていたことは間違いない。

ただ、裁判中も彼らはツアーをこなし、ストリングスやホーンを加えた4thアルバム『ソフト・パレード』(‘69)、原点に立ち返ったシンプルな5thアルバム『モリソン・ホテル』(傑作!)(’70)、初の2枚組ライヴ盤『アブソルートリー・ライヴ』(‘70)を次々にリリースしていく。70年8月にはワイト島ロックフェスティバルにも参加するが、モリソンの健康状態や精神状態は悪くなり、麻薬の過剰摂取もあって精悍な体つきは失われていく。その姿は次作『L.A. ウーマン』のジャケットを見ればよく分かる。

■本作『L.A. ウーマン』について

これまでの6枚のアルバムでプロデュースを務めたポール・ロスチャイルドはグループと意見が合わなくなり、プロデューサーを辞している。その理由についてはいろいろと言われているが、前年に担当していたジャニス・ジョプリンの急死(10月に逝去、『L.A. ウーマン』のレコーディングは12月から)で精神状態が不安定になっていたというのも理由のひとつであるらしい。ただ、ロスチャイルドはブルース・ボトニックに「グループと一緒にプロデュースをやってほしい」と依頼している。

収録曲は全部で10曲。1曲、ジョン・リー・フッカーのブルース曲のカバーの他、オリジナルでもブルース曲は4曲とこれまでになく多い。これはロスチャイルド不在のせいもあるが、彼ら自身『モリソン・ホテル』で推し進めた原点回帰をもっと掘り下げたかったからだろう。本作にはサポートメンバーとして、モリソンが尊敬するエルビス・プレスリーのバックも務めたジェリー・シェフがベースを、レオン・ラッセルとアサイラム・クワイアを組んでいたマーク・ベノがギターで参加していることもあり、これまで以上に泥臭くアーシーなサウンドにチャレンジすることが可能となった。

本作には冒頭のご機嫌なソウルロックナンバー「チェンジリング」を始め、「ラブ・ハー・マッドリー」「L.A. ウーマン」「ヒヤシンス・ハウス」「ライダーズ・オン・ザ・ストーム」など、多くの名曲が収録されている。「ラメリカ」はオルタナティブロックのような新しいテイストを持ったナンバー。また、彼らにとって新境地とも言えるソフトな「ヒヤシンス・ハウス」はレイドバックしたやさしいサウンドで、ヴォーカルにはロックスターではなく素のモリソンの存在が感じられる。

僕はドアーズの最高作として、迷いなく本作『L.A. ウーマン』を選ぶ。このアルバムのようにベーシストとリズムギターを加えたスタイルで、続けてもらいたかった。残念なことに、本作のリリースから3カ月後、モリソンはパリで帰らぬ人となった。

残されたクリーガー、デンズモア、マンザレクの3人は、ドアーズ名義で2枚のアルバムをリリースする。その後、クリーガー、デンズモアのふたりはイギリスに渡り、本格派のソウルシンガー、ジェス・ローデンを迎えてファンクグループのバッツバンドを結成する。バッツバンドでは2枚のアルバムをリリースしており、1枚目の『バッツバンド』(‘74)はクリーガーとデンズモアの全キャリアを通して最高のアルバムだと言えるが、セールス的には失敗したので残念ながら現在はLPもCDも入手困難である。マンザレクはソロやグループで活動し、80年代にはプロデューサーとしてエコー&ザ・バニーメンなどを手掛けたこともあるが、2013年に死去している。

TEXT:河崎直人

アルバム『L.A. Woman』

1971年発表作品

<収録曲>

1.チェンジリング/The Changeling 

2.ラブ・ハー・マッドリー/Love Her Madly

3.ビーン・ダウン・ソー・ロング/Been Down So Long

4.カーズ・ヒス・バイ・マイ・ウィンドウ/Cars Hiss by My Window

5.L.A.ウーマン/L.A. Woman

6.ラメリカ/L’America

7.ヒヤシンスの家/Hyacinth House

8.クローリング・キング・スネーク/Crawling King Snake

9.テキサス・ラジオ/The WASP (Texas Radio and the Big Beat)

10.ライダーズ・オン・ザ・ストーム/Riders on the Storm

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