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圧倒的な名演を収録した『クリームの素晴らしき世界』は、70’sロックへの道標となった

ロックにおけるドラムの在り方を作り上げたのは、間違いなくジンジャー・ベイカーである。残念なことに10月6日に亡くなってしまったが、60~70年代前半にデビューしたイギリスのロックドラマーは、ほぼ彼の影響を受けていると言ってもいいだろう。そこで今回は追悼の意味も込めてロック史上に残る名演を収録した『クリームの素晴らしき世界(原題:Wheels of Fire)』を取り上げる。本作は2枚組で1枚はスタジオ録音、もう1枚はアメリカでの公演を収めたライヴ盤である。たった2年半の活動で空中分解してしまった彼らだが、クラプトンのギターをはじめ、ジャック・ブルースとジンジャー・ベイカーの壮絶なインタープレイがロック界に与えた影響は絶大なものがある。

■アレクシス・コーナーの ロックを進化させたブルース塾

ジャズは高度なテクニックが必要とされる音楽なので、各楽器が長いソロを取るのは当たり前のことだが、ロックの場合(特に60年代中期まで)は主にヴォーカルや楽曲が中心で、ギター以外の楽器で長いソロを取ることは稀だった。その傾向が変わってきたのは、イギリスのブルース塾ともいえるワークショップを主宰していたアレクシス・コーナーやジョン・メイオールなど、重鎮たちの下で切磋琢磨していたアーティストたちが次々にデビューしてからである。特にアレクシス・コーナーはジャズ出身で、彼のもとで修行していたプレーヤーはジャズの基本的な部分を叩き込まれていただけに、門下生以外の8ビートしか経験したことのないミュージシャンとはまったく違っていた。

中でも、コーナーの一番弟子であるグレアム・ボンドはコーナーのブルース・インコーポレイテッドに参加、63年に自身のバンドとなるグレアム・ボンド・オーガニゼーションを結成する。ボンドを支えるメンバーはジンジャー・ベイカー、ジャック・ブルース(後のクリーム)、ジョン・マクラフリン(マハヴィシュヌ・オーケストラのリーダー)、ディック・ヘクトール・スミス、ジョン・ハイズマン(コロシアム)ら強力なアーティストたちで、みんなコーナーの塾に出入りしていたメンバーだ。この少し後、彼らはブリティッシュ・ジャズロックの原型を作り上げることになる。

■スーパーグループの誕生

1966年、元ヤードバーズ〜ジョン・メイオール&ブルースブレイカーズの花形ギタリストとして知られたエリック・クラプトンが、ベーシストのジャック・ブルースと、ドラムのジンジャー・ベイカーとの3人で新しいグループを結成する。それがクリーム(“最上のもの”の意)で、ジンジャー・ベイカーがクラプトンに新グループ結成の話を持ちかけることから始まる。クラプトンにとっては願ってもない誘いであったが、ベイカーにベースをジャック・ブルースにするならOKという条件をつけた。

前述したように、ブルースとベイカーはグレアム・ボンド・オーガニゼーションでの同僚であったが、犬猿の仲で知られていた。しかし、ベイカーはクラプトンと新グループをやりたいがゆえ、その申し出を受けている。クラプトンがジャック・ブルースを知ったのは、エレクトラからリリースされたホワイトブルースを紹介するコンピ『ホワッツ・シェイキン』(‘66)用のセッション(パワーハウス名義)で一緒になった時、ブルースのベーステクニックと歌唱力に惚れ込み、彼とグループを組みたいと思っていたのだ。

この3人に共通しているのは、ジャズ的で白熱したインプロビゼーションができるテクニックを持っていたことだ。仲の悪いブルースとベイカーにとって、すでに“神”と呼ばれていたクラプトンとの新グループ結成は、お互いのマイナス部分に目をつぶるぐらいのメリットがあると考えたのだろう。実際、本人たちも自覚していただろうが、このトリオはロックの可能性を大きく広げる結果となった。文字通りのスーパーグループの誕生である。66年当時、クリームに匹敵するほどの実力を持っていたのは、名前が知られているアーティストではジミ・ヘンドリクスぐらいであっただろう。

■クリームのアルバム

66年末にリリースされたデビューアルバムの『フレッシュ・クリーム』(全英6位、全米39位)には全12曲(各国で収録曲数は違う。これはLP時代の日本盤バージョン)収録されている。ジャック・ブルースが5曲、ベイカーが2曲を提供している。残りはブルースのカバーで、クラプトンは彼にしては珍しいスキッフル風の「フォー・アンティル・レイト」でのみ歌っている。この作品で驚くべきは「トード」でのドラムソロだ。おそらく、ロックのアルバムでドラムソロが登場した最初期の例だろう。

サイケなジャケットで知られる67年の2ndアルバム『カラフル・クリーム』(全英5位、全米4位)は、ブルースをベースにしながらも時代に即したポップなテイストの「ストレンジ・ブルー」、クリームの人気を決定づけた代表曲「サンシャイン・ラブ」などを収録している。このアルバムではソングライティングとヴォーカルを始めハーモニカやピアノなども使うなど、ジャック・ブルースの存在感は増し、彼の仕切りがベイカーの癇に障ることが増えていく。このアルバムではブルースロックから新たな段階への飛躍が見られるし、ハードロックの影も見え隠れしている。また、ワウやファズといったエフェクターの音が格段に良くなっているのも特筆すべきところだ。

■本作『素晴らしき世界』について

この頃、アメリカでのツアーが成功し、ライヴでは長尺の演奏になっているのだが、スタジオ録音ではそういうわけにもいかず、メンバーはライヴ盤のリリースを望んでいた。ようやく(といってもデビューから2年しか経ってないが…)、ウィンターランドやフィルモアウェストでのライヴの模様が収録されることになる。

そして、68年にリリースされたのが、3rdアルバムとなる2枚組の大作『クリームの素晴らしき世界』である。1枚がスタジオ録音、もう1枚がライヴ録音という変則仕様であったが、クリームとしては初の全米1位を獲得、全英チャートでも3位まで上昇するという最高の結果となった。

スタジオ盤のほうには「ホワイト・ルーム」「政治家」「荒れ果てた街」など、「サンシャイン・ラブ」と並ぶクリームの代表曲が収められている。また、プロデューサー兼ミュージシャンとしてフェリックス・パパラルディが参加し、さまざまな楽器を駆使することでこれまでにない奥行きあるサウンドを生み出している。エンジニアはトム・ダウドが担当しているせいか、ライヴ感のある明瞭なミキシングがなされている。特に、ベイカーのドラムの音がクリアーで、臨場感にあふれたサウンドが特徴的だ。

ライヴ盤については言うまでもなく怒涛の名演が聴ける。数多いロックのライヴの中でも、最も有名な演奏のひとつが本作の「クロスロード」ではないだろうか。3人が3人とも好き勝手に演奏しているのだが、ロックでしか味わえない鬼気迫る緊迫したドライブ感がここにある。僕の場合は50年近く繰り返し聴いているが、何度聴いてもゾクゾクするのだから、やはり名演である。17分近い「スプーンフル」も丁々発止の白熱した名演奏で、後のハードロックやサザンロックに大きな影響を与えたことが分かる。ジャック・ブルースのハーモニカがメインの「トレインタイム」に続いて始まるのがデビュー作に収められていた「トード」。スタジオ盤と比べると3倍以上の長さになっている。ベイカーはダブルバスドラムを駆使して、ジャズ的なフレーズというよりはポリリズムっぽいリズムを叩き出しており、クリーム解散後に彼はアフリカっぽいグループ(ジンジャー・ベイカーズ・エアフォース)を結成するのだが、ここでの演奏は正にその前哨戦だ。

本作は、ジンジャー・ベイカーのドラムソロで幕を閉じるわけだが、これを聴くと、ジョン・ボーナム(ツェッペリン)、イアン・ペイス(ディープ・パープル)、スチュワート・コープランド(ポリス)、キース・ムーン(ザ・フー)、ビル・ブルフォード(イエス)などなど、イギリスのドラマーはみんなジンジャー・ベイカーの影響を受けていることがよく分かる。対照的に、アメリカでは手数の少ないロジャー・ホーキンス(マスルショールズのスタジオミュージシャン)やケニー・バットレー(エリアコード615)に注目が集まるのだから、お国柄ってすごいなと改めて思う。

というわけで、今回は10月6日に逝去したジンジャー・ベイカーの追悼の意を込めて『クリームの素晴らしき世界』を取り上げた。

TEXT:河崎直人

アルバム『Wheels of Fire』

1968年発表作品

■Disc 1

1. ホワイト・ルーム/White Room

2. トップ・オブ・ザ・ワールド/Sitting on Top of the World

3. 時は過ぎて/Passing the Time

4. おまえの言うように/As You Said

5. ねずみといのしし/Pressed Rat and Warthog

6. 政治家/Politician

7. ゾーズ・ワー・ザ・デイズ/Those Were the Days

8. 悪い星の下に/Born Under a Bad Sign

9. 荒れ果てた街/Deserted Cities of the Heart

■Disc 2

1. クロスロード/Crossroads

2. スプーンフル/Spoonful)

3. 列車時刻/Traintime

4. いやな奴/Toad

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