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『Saravah!』から見て取れる高橋幸宏のキャパシティの広さとその革新的姿勢

2019年8月21日、高橋幸宏のアルバム『YUKIHIRO TAKAHASHI LIVE2018 SARAVAH SARAVAH!』がリリースされた。本作は2018年11月、アルバム『Saravah Saravah!』の発売を受けて、東京国際フォーラム・ホールCで行なわれたライブ『Saravah! 40th Anniversary Live』の模様をCD、DVDで収録した作品である。そして、『Saravah Saravah!』とは、1978年に発表された高橋幸宏のソロデビューアルバム『Saravah!』のメインボーカルを新たに録り直した作品である。というわけで、今週はそのすべてのスタートであるアルバム『Saravah!』にスポットを当ててみることにした。

■レコーディングメンバーが超豪華

参加メンバーの顔触れを見るだけでそれがはっきり名盤であることが分かる作品も珍しいと思う。高橋幸宏(当時の表記は“高橋ユキヒロ”)のソロデビュー作『Saravah!』に参加した面々は以下の通り。加藤和彦、細野晴臣、高中正義、山下達郎、吉田美奈子、坂本龍一。一部抜粋しただけでも強烈な面子である。サディスティック・ミカ・バンド、はっぴいえんど、ティン・パン・アレー、シュガー・ベイブと、日本のロック、ポップスの黎明期を彩った伝説のバンドのメンバーたちが集い、その後、Yellow Magic Orchestra(以下YMO)へと繋がっていく。

元々それほど有名ではなかったバンドや劇団のメンバーたちが、のちに名を馳せていくケースは結構ある。それこそ、上記のバンドがまさしくそうであろうし、人気俳優を輩出している小劇場もわりとあると聞く(筆者は演劇に詳しくない完全な半可通であるのだが、最近では大人計画とか劇団☆新感線とかがそうなのかな?)。あと、あれはちょっと特殊なケースだろうけど、藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫らが同居していたトキワ荘もそうかもしれない。

すでに有名、著名なメンバーが集まってひとつの作品を手掛けることもわりとある。所謂ドリームチーム。最近では“アベンジャーズ的”とか言ったほうが分かりやすいかもしれない。音楽業界では「We Are The World」(1985年)が最も有名だろうか。日本でもチャリティー目的の大同団結は結構あった。今や各地で当たり前のように開催されているフェスには元々そういう夢の顔合わせ的な傾向もあった気がするが、ここまでフェスが普通になると、もはやそこを云々する人もいないだろう。

その時点ではあまり有名でなかった人たち(しかも、その人たちが同一集団に属していない)がひとつの作品に集結し、その後、そこに参加していた人たちがそれぞれピンでも十二分過ぎるほどに活躍していく…というのは映画やドラマには時々見受けられると思う。映画であれば、古くは『仁義なき戦い』(1973年)がそう。梅宮辰夫はこの時点ですでに東映東京の看板スターであったが、菅原文太、松方弘樹が役者として本格化したのはこの作品からだろうし、田中邦衛の役の幅が広がったのも『仁義なき戦い』きっかけだろう。

テレビドラマでは『あすなろ白書』(1993年)にその構図を見る。出演は石田ひかり、筒井道隆、木村拓哉、鈴木杏樹、西島秀俊ら。“キムタク”がブレイクしたきっかけの作品であることは有名だし、今や国内のドラマ、映画においてなくてはならない俳優のひとりと言える西島秀俊の初期出演作のひとつである。また、このドラマの脚本は本作をきっかけのひとつとしてのちに“恋愛の神様”と言われることになる北川悦吏子。主題歌は藤井フミヤがソロ第一弾として発表した「TRUE LOVE」である。藤井フミヤは、アイドルバンドとして一世を風靡したチェッカーズのフロントマンであったので、前述の“その時点ではあまり有名でなかった人たち”には当てはまらないけれど、ドラマ『あすなろ白書』作品全体においてフレッシュなアンサンブルがあって、それが作品そのものの人気、さらには作品に関わった人たちのその後の活躍にもつながったとも思える。

あと、映画で言えば、朝井リョウの小説を原作とし、劇団・ナイロン100℃の喜安浩平が共同脚本に名を連ね、神木隆之介、橋本愛、東出昌大、山本美月、松岡茉優らが出演した『桐島、部活やめるってよ』(2012年)もそうだろうし、『カメラを止めるな!』(2017年)もあと何年かしたらそういう見立てができる映画になるかもしれない。

映画やドラマにはそんなケースがある一方、音楽には…と考えてみると、これが案外思い浮かばない。前述の通り、バンドが解散してそのメンバーがそれぞれソロで活躍するとか、すでに有名なミュージシャンが集うことはあるのだが、その作品に集ったその時点ではマイナーなミュージシャンたち、その大半がその後、名を馳せたようなケースはあまりなのではないか(サディスティック・ミカ・バンドもはっぴいえんども、ティン・パン・アレーもシュガー・ベイブも、一部好事家たちには知られていただろうが、世間一般からすればマイナーな存在であった)。

スタジオミュージシャンという職業が完全に確立しているとか、のちに名を馳せるような人なら裏方などやらず早々にソロなりバンドなりでデビューするだろうとか、今では物理的(?)に上記のケースがなくなっているのかもしれない。そう考えると、様々な意味で『Saravah!』は邦楽史において極めて特異な作品であるとは言えるのではないだろうか。

■卓越したプレイと楽曲の革新性

さて、大分前置きが長くなった。言うまでもなく、参加メンバーがメンバーなだけに『Saravah!』収録曲はどれもこれも演奏がいいし、その演奏が折り重なったアンサンブルが素晴らしい。全体に優雅な印象ながらも、ボトムを支える細野晴臣の骨太なベース、加藤和彦、松木恒秀、鈴木茂、大村憲司による4本のギターの確かなテクニックが確認できるM4「LA ROSA」。そして、M7「SUNSET」、M8「BACK STREET MIDNIGHT QUEEN」、M9「PRESENT」の後半3曲のギターはいずれも個性的なプレイを聴くことができて、単純に聴いていて楽しいのだが(ちなみにM7は和田アキラ、M8は鈴木茂と和田アキラ、M9鈴木茂と高中正義とが、それぞれ弾いている)、白眉はM6「ELASTIC DUMMY」ではなかろうか。個人的にはそう思う。M6は、本アルバムのリズムアレンジを除く編曲をすべて手掛けている坂本龍一作曲のインスト。基本はファンキーなナンバーで、山下達郎と吉田美奈子によるコーラスがポップさを加えているのだが、贅沢に音を重ね(奔放に音を重ね…と言い換えていいかも?)、それでいて破綻させることなく、ポップミュージックに昇華している様子は、やはり流石と言わざるを得ない。

いかにも70年代らしいストリングスとブラスが派手に入りつつ、主に折り重なっているのは、松木恒秀による小気味いいギターのカッティング、浜口茂外也の軽快なパーカッション、ファンキーさを醸し出す細野の教科書的なベースライン、そして、シャープにビートをキープしつつ時折聴こえてくる生真面目なフィルインが何とも幸宏らしいドラムミング。さらには中盤で、この時代としてはおそらくかなり先鋭的に聴こえたであろう坂本のシンセも配されている。当時の坂本の趣味性というか、取り組み方の革新性が垣間見えるし、その感性に自身初のソロアルバムを委ねた“アーティスト・高橋幸宏”のキャパシティの広さも感じられるところだ。

革新性というところで言えば、『Saravah!』においては、カバー曲を取り入れているところにそれが感じられる。カバーはM1「VOLARE (NEL BLU DIPINTO DI BLU)」、M3「C’EST SI BON」、M5「MOOD INDIGO」の3曲。いずれもオリジナルの骨子は大きく変更することなく、それでいて(オリジナルを知る人であれば特に)“明らかに変わった”と認識するであろう改変がなされている。まずM1。原曲はイタリア歌曲、所謂カンツォーネなのだが、リズムをボサノヴァタッチにすることで、オリジナルのポップさはそのままにラテン風の軽快さを加えている。数多くのアーティストがカバーしている「VOLARE」は、日本ではビールのCMソングにもなったGipsy Kingsによるラテン・バージョンが有名であるが、幸宏はそれより10年近く前にこの曲のラテンアレンジに挑んでいたことになる。情熱的なGipsy Kings版に比べると、『Saravah!』版はそこまで熱々ではないので、その方向性は異なるであろうが、幸宏の先見の明がうかがえるところではある。

M3はシャンソンの原曲をレゲエにアレンジ。オリジナルのYves Montand版より若干テンポが速いからか、原曲のもったりした感じというか、どこかエロい雰囲気は一切なく、優雅でありながらもポップな印象がある。作詞クレジットが中原淳一であることから、もしかすると日本語カバーの元祖と言える高英男バージョンをアレンジしたのかもしれないが(残念ながら今回このバージョンを聴くことができなかった)、元々シャンソンであったものをレゲエにするという大きな改変に当時の幸宏や坂本の心意気が垣間見える。それはこのM3「C’EST SI BON」をシングルリリースしたことからもうかがえるのでなないだろうか。

M5はDuke Ellingtonの原曲自体、派手さが薄く、ムーディーさが前に出たナンバーであって、『Saravah!』版もテンポを大きく変えるようなドラスティックなカバーではなく、原曲の雰囲気を踏襲していると言える。しかしながら、歌に重なるシンセに、はっきりとのちのテクノポップの原型がある。どちらかと言えば、M1、M3がジャンルを改変することで新しさを標榜したとすれば、M5は新しい楽器(シンセサイザー)を駆使することで新たな音楽スタイルを創り出そうとしていたように思える。いずれにしても、そこにはアグレッシブな姿勢があったことは間違いない。

■『Saravah!』からYMOへ

のちに幸宏は、『Saravah!』を振り返って「カバーをいっぱいやりたいと思っていた」と述懐していた。また、M3「C’EST SI BON」について、「“シャンソンをレゲエでやるんだぞ! どうだ、このアレンジは!” という感じだった」とも語っている。自らの革新性を確信しながら『Saravah!』を制作していたことがよく分かる発言である。ちなみに、『Saravah!』の歌入れは1978年3月だったそうだが、細野、幸宏、坂本の3人がYMOの結成を決めたのは同年2月だったという。つまり、『Saravah!』制作時点ではすでに3人の中にYMOのコンセプトはあったことになるわけで、M5だけでなく、M6「ELASTIC DUMMY」やM9「PRESENT」辺りからもテクノポップの原型を感じることができるのは、当然と言えば当然のことなのであろう。

そんな風に、幸宏はもちろんのこと、そこに参加したメンバーも意欲的に取り組んだアルバム『Saravah!』。幸宏がメインボーカルを担当したのは本作が最初ということもあって歌い方が定まってなかったそうで、幸宏自身は次第に本作に収録された歌に納得できなくなっていったという。リリース1年後には坂本にボーカルを取り直したいと伝えていたようである(その頃はYMOで超多忙だったので、そうは思ってもなかなか実現できなかったのだろう)。そんな積年の思いを晴らすかのように、幸宏のボーカルパートをすべて録り直し、新たにミックスダウンとマスタリングしたアルバムが昨秋に発表された『Saravah Saravah!』。そして、そのアルバムリリース後に、ソロ活動40周年を記念して開催された『Saravah!』の完全再現ライブが『Saravah! 40th Anniversary Live』である。当たり前のように、この公演チケットは瞬間的にソールドアウト。コンサートが見れずに涙を飲んだファンは相当数に及んだとの噂も聞き。幸宏自身も気に病んでいたようで、「チケットが買えなかった人へのせめてもの償い」と制作されたのが『YUKIHIRO TAKAHASHI LIVE2018 SARAVAH SARAVAH!』である。

TEXT:帆苅智之

アルバム『Saravah!』

1978年発表作品

<収録曲>

1.VOLARE (NEL BLU DIPINTO DI BLU)

2.SARAVAH!

3.C’EST SI BON

4.LA ROSA

5.MOOD INDIGO

6.ELASTIC DUMMY

7.SUNSET

8.BACK STREET MIDNIGHT QUEEN

9.PRESENT

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