7月25日が石田長生の生誕の日ということで、7月3日に取り上げた『SOOO BAAD REVUE』に引き続いて、今週も石田長生関連のアーティストを紹介する。石田がCharと組んだギター・ユニット、BAHOだ。ギター馬鹿と阿呆ほどにギターを弾く人──その“馬”と“呆”で“馬呆=BAHO”。東西の凄腕ギタリストがそのテクニックを見せつけるだけでなく、音を楽しんで音楽という基本中の基本を示してくれた伝説の2人組である。
■BAHOの魅力とはやはりライブ
漫画家でありイラストレーターの江口寿史氏が自身の著作『THIS IS ROCK!!』の中の「BAHO LIVE 見聞録」において、文字通り、BAHOのライブ(1992年11月5日@川崎クラブチッタ)を漫画で紹介しながら、併せて文章も寄せていたので、以下、引用させていただく。
BAHOというバンドから好きな何曲かを選ぶ、というのは無意味なことだ。
BAHOの魅力とはやはりライブであり、二人の掛け合い、ギターの音色、リラックスしたあの場の雰囲気そのものであるからだ。
まぁ、仮にも音楽好き、ロック好きを自認する人であれば、彼らのライブを観て心弾まぬ人はいないだろう。
いっさいの飾りも気負いも必要とせず、一本のギターがあれば楽しませることができる。
プロフェッショナルとは、こういう人達のことを言うのだと思う。
(江口寿史著『THIS IS ROCK!!』より)
漫画の方は初出が1992年の『週刊ヤングジャンプ』らしいのだが、文章は書籍化の際に加筆したものだろう。江口寿史という人はもちろん絵も天才的に素敵なのだが、文章力もなかなかのものだ。短文だが、BAHOの性格を的確の表した名文だと思う。
江口氏が言うように、BAHOと言えばやはりライブだろう。ライブでしかないと言っていいのかもしれない。当コーナーは卑しくも“これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!”であるので、さすがに音源は聴かなくてもいいとは言えないが、ライブ>音源と断言しても誰にも怒られまい。
筆者は一度だけBAHOのライブを観たことがある。何時だったかはっきりと思い出せないほど昔のこと(さっき調べてみたら1991年であったことが分かった)。自分はCharのファンでも石田長生のファンでもなかったし、はっきり言えば、CharとPINK CLOUDはともかくとして、当時は石田長生もSOOO BAAD REVUEもほとんど知らなかったので、よく見に行ったものだと思うし、今もって見ておいてよかったと思う。何で見に行ったのかと言えば、これははっきりと覚えていて、とある先輩が “Charと石田長生だぞ! これを見なくてどうする!?”と熱く語って誘ってくれたからである。その先輩は自分より3~4つ齢上でギターも弾く人だったので、Charと石田長生とは彼にとってのギターヒーローでもあって、“地元で見れるなら見逃せない!!”という思いだったのだろう。筆者はまだこの仕事を初めて数年目といった感じだったので、“せっかく誘ってくれるなら勉強にもなるだろうし…”くらいで付いて行ったと思う。小さなライブハウスは観客がぎゅうぎゅう詰めで、その店の冷蔵庫の上昇って見たような覚えもある(その辺は他のライブと記憶が混同しているのかもしれないが、とにかく場内がパンパンに膨れていたのは間違いない)。
その28年前のBAHOのライブ。結論から言えば、超絶おもしろかったことをはっきりと覚えている。“興味深い”や“好ましい”という意味での“おもしろかった”ではなく(それもあったが)、完全に笑ってしまった。笑顔になったとかではなく、声を出して笑っていたのだった。何を喋っていたかまではさすがに覚えていないけれども、掛け合い漫才のような2人のMCに大いに笑ったし、先に紹介した「BAHO LIVE 見聞録」で江口氏も述べているように、当日、集まった観客と2人とがフランクに話すようなやりとりも楽しませてもらったような気もする。
最も覚えているのは、のちにBAHOのライブの定番であることを知ったThe Ventures「DIAMOND HEAD」のカバーだ。♪テケテケテケテケ♪のギターで有名な、日本人の老若男女が知るであろう、あの曲である。ファンならばよくご存じのことと思うが、BAHOはこの「DIAMOND HEAD」のサビで童謡「ちいさい秋みつけた」のメロディを入れている。「DIAMOND HEAD」のサビが「ちいさい秋みつけた」になっていって、また「DIAMOND HEAD」に戻っていくと言ったらいいだろうか。BAHOを知らないは何を言っているのか分からないかもしれないが、確かにそうなのだ。その日、筆者にとって初BAHOで予備知識もほとんどなかったから、2人がそんなことをやるとは思わなかったし、事前に“おもしろいことやりまーす!”みたいなMCはなかったはずなので、「DIAMOND HEAD」の途中で2人が♪ちいさい あき ちいさい あき♪と演った時には、完全に虚を突かれて大爆笑した。
Charと石田の2人は当時からすでに日本屈指のギタリストとして名を馳せていたのは間違いないし、この日もその超絶テクニックを目の当たりにした。特に、この日、エレキギターを手にしたかどうか覚えていないのだけれども、ほぼノンエフェクトのアコースティックギターで細かい音符をクリアな音色で奏でる様子には度肝を抜かれたと思う。語弊があるかもしれないが、どこか曲芸を見ているような感じだった。それだけでも十二分に見る価値があったと思うのだけれども、BAHOの2人はそこに笑える要素、親しみやすさを入れて来た。達人であるからこそ演出できる緊張と緩和。ライブコンサートの醍醐味、その妙味を見せつけられた一夜だった。
■アルバムでのスタジオ録音は10曲足らず
さて、そんなBAHOの名盤。この話の流れなら江口寿史氏がジャケットを手掛けたライブアルバム『HAPPENINGS』(1992年)か、秘蔵ライブ音源の文字通りお蔵出しである『OKURADASHI』(2004年)を紹介するのが筋だろうが、今回は『TREMENDOUS』とした。
ライブが魅力のBAHOであるからなのか、彼らの音源はほとんどがライブテイクで占められている。『OKURADASHI』はすべてライブ、『HAPPENINGS』は1曲を除いてすべてライブ。『TREMENDOUS』にしても3曲がライブテイクなので、スタジオ収録音源のほうが珍しいほどなのだ(アルバム3枚でスタジオテイクは8曲)。そう考えると、ライブ版BAHOとスタジオ版BAHOとが1枚を聴き比べ可能な『TREMENDOUS』が、BAHOの1枚として取り上げるのが適切であると考えた次第である。決して手元にそれしか音源がないとかそういう理由ではないことをお分かりいただければ幸いである。
スタジオテイクの分量が多い『TREMENDOUS』ではあるが、だからと言って決してBAHOの魅力が損なわれているわけではない。スタジオテイク7曲においてもその圧倒的な超絶テクニックを確認することができる。何と言ってもタイトルチューンであるM10「TREMENDOUS」がすごい。TREMENDOUSは“ものすごい”とか“とてつもない”という意味であるそうだが、まさしくそれらの言葉はこういうことを形容するためにあるのだろうと思わせるプレイだ。Charと石田との演奏が左右それぞれに分かれた、アコギ2本だけの演奏。Jポップのような展開がある曲ではなく、聴く人が聴けば同じフレーズが何度も繰り返されるインストと思われるようなナンバーかもしれない。
しかし、繰り返し披露されるユニゾンが、これはもう半端なくすごいとしか言いようがない。そもそも各々のプレイで指運びがどうなっているのか分からないような速弾きで、アコギでちゃんと音が出ている自体もすごいと思うのだが、2人のプレイがピタリと息が合っているのは本当にすごいことだと思う。クレジットを見ると“RECORDED & MIXED BY KEISUKE HASEGAWA”とあるから、これは一発録りでないかもしれないし、ダビングしているのかもしれないが、仮にそうだとしてもどちらかが録った音源にあとでどちらかが合わせているわけで、いずれにしてもすごいことであろう。また、ライブ録音であってもPro Toolsを使用すれば音程もリズムもあとで修正できるので、スタジオテイクであれば“何をか言わんや、では…?”との指摘があるかもしれないけれど、その初代であるPro Tools Iのリリースが1991年ということだから、『TREMENDOUS』で使用されたとはにわかに考えづらい。もしかすると発売元の江戸屋レコードでいち早く導入していたのかもしれないが、Pro Toolsの初期だし、Charと石田の2人なら“それなら弾いた方が早い”と言ってPro Toolsを相手にしないような気もするのだが──。
■素敵なカバーと遊び心あるライブテイク
M10「TREMENDOUS」以外も、その演奏はカッティング、単音弾き共にどれもこれ素晴らしいが、個人的に聴きどころだと思うのはSteely Danのカバー曲M6「DO IT AGAIN」だ。エレキギターもリズム隊もコーラス入った所謂バンドサウンド。エレキギターで奏でられるクリアなアルペジオがシャープな印象で、アコギ・デュオとは別の一面を見ることができる。間奏のギターソロは綺麗なトーンで、“フュージョンのギタリストが弾いてるのか!?”と思うほどに流麗かつメロディアスであって、それでいてしっかりとしたブルースフィーリングを感じさせるところに、ロックミュージシャンとしての充分過ぎるキャリアが表れていると思う。
オリジナルの「DO IT AGAIN」が収録された『Can’t Buy A Thrill』(1972年)とは20年間くらいに開きがあるので、サウンドメイクも含めて『TREMENDOUS』版の方が何かとアドバンテージもあったのだろうが、そうした技術面を差っ引いても、オリジナルに勝るとも劣らないカバーであろう。再び“個人的には…”と前置きするが、低音のCharの歌声が子供の頃にイメージしていたカッコいい大人を感じさせるところもあって、そこも好きなところである。
『TREMENDOUS』収録曲のライブテイクに話を移すと、前述したThe Ventures「DIAMOND HEAD」が童謡「ちいさい秋みつけた」となっていくような遊び心をM3「BAHO’S RAG」に見出せる。曲名にある“RAG”とは音楽ジャンルのRAGTIMEであろう。この手のジャンルに詳しくないので適当なことは言えないけれども、本来のRAGTIMEはリズムに抑揚があってポップなピアノ音楽といった感じであるところを、Charと石田の2人はもちろんギターで取り組んでいる。オフビートなリズムに乗せて2人の演奏が続いていくのであるが、「およげ!たいやきくん」「ゲゲゲの鬼太郎」といろんなフレーズが散りばめられていき、後半には♪BAHO BAHO♪と歌が入った上に「Bibbidi-Bobbidi-Boo」で締め括られるという作りだ。クレジットを見ると1991年1月16日の大阪市中央公会堂 でのテイクのようだが、『TREMENDOUS』の発売は同年4月だったそうなので、録って即出しだったようで、そういうことができたのもこの2人だからだったのだろうと考えるとかなり感慨深い作品である。
こうした遊び心も含めて、BAHOのどこか肩の力が抜けた感じは、石田が醸し出す雰囲気にCharが影響されたところがあったようである。本稿作成にあたってアレコレ調べていたらChar本人が書いた『ネタの合間にギターを弾くBAHOライブ』(https://blog.excite.co.jp/mottainai-lab/6947300/)と題されたブログを見つけた。結構な長文で引用するのも憚られるのでリンクだけさせてもらう。BAHOの成り立ちがよく分かり、Charの石田長生へのリスペクトがしっかり感じられるで、この駄文よりも是非こちらの方をお目通しいただきたい。
TEXT:帆苅智之
アルバム『TREMENDOUS』
1998年発表作品
<収録曲>
1.MIDNIGHT SHUFFLE
2.EVERYBODY 毎度! ON THE STREET
3.BAHO’S RAG
4.表参道
5.GEE BABY (Ain’t I good to you)
6.DO IT AGAIN
7.R&B (RHYTHM & BAHO)
8.STONED BAMBOO
9.アミーゴ
10.TREMENDOUS
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