LUNA SEA、X JAPANで活躍するSUGIZOの聖誕祭半世紀を祝う『SUGIZO 聖誕半世紀祭HALF CENTURY ANNIVERSARY FES.』が、SUGIZOの誕生日である7月8日と、誕生日の前日である7月7日の2日間、中野サンプラザホールで開催された。その初日、7月7日の模様をレポートする。
定刻より30分ほど押しての開演。SUGIZOのユニットS.T.K.のメンバーである谷崎テトラが、DJとして会場時に実験的アンビエントを奏でる。シンセサイザーとPCで幻想的な音を鳴らし出す中、SUGIZOが登場しS.T.K.としての演奏が始まった。
S.T.K.(Sensual Technology Kooks)のことを簡単に記しておくと、谷崎テトラは環境、平和、社会貢献、フェアトレードなどのジャンルで活躍する作家、放送作家、メディア&音楽プロデューサー、トラックメーカー。その谷崎とSUGIZOのヴァイオリンが組み合わさった電子音響ユニット。2005年より活動を始め、これまでアースデイやピース・オン・アースなどメッセージを発信する重要なイベントに数多く出演してきた。
ステージ上で二人の醸し出す音はまるで、海の中にいるかのような神秘的で深淵だ。しかも、ステージには海の映像が映し出された。続いて映像が森へと変わり、二人の演奏も森の中にいるような壮大なものになる。
海から森へ……それはまるで生命の進化を辿っているかのようだった。そこへ、女性ヴォーカルのYaeが登場し、祈りのような美しい歌声を重ねて行く。この地球の歴史を考えた時、人類の誕生は、大いなる変化をもたらしたと同時に、地球を破滅的な方向へとシフトさせてしまったのはご存知の通りだ。果たして、この美しい歌声は、地球を破壊から逃がすための祈りなのか。それとも、破壊とも知らず、文明を謳歌する人類の無邪気な声なのか…。
この日、S.T.K.が約20分の持ち時間で演奏した曲は「Breath」という呼吸音をベースにしたアンビエント・サウンドスケープと青森・六ヶ所村の核燃料再処理工場の問題を謳った「ROKKASHO」という2曲のみ。この壮大な曲は、オーディエンスに色々なことを語りかけた。
SUGIZOはギタリスト、ヴァイオリニスト、コンポーザーとしてだけではなく、環境問題、エネルギー問題、難民問題にも深くコミットしているアクティビストの一面があるが、自らの聖誕祭の開幕に、今SUGIZOが最も関心を抱いていることをオーディエンスに問いかけるという、実にSUGIZOらしいものだった。
S.T.K.はオープニングアクト的な立ち位置だったので、聖誕半世紀祭の事実上のトップバッターを務めたのがlynch.だ。
SEの「AVANT GARDE」が流れると、満員の中野サンプラザは総立ちになり手拍子鳴らす。そこにメンバーが登場し1曲目「LAST NITE」を演奏。lynch.は1カ月前の6月6日に自身の中野サンプラザ公演を大成功に収めたばかり。この日も貫禄すら感じるパフォーマンスで、1曲目からオーディエンスを熱狂へと引き込む。
2曲目の「GALLOWS」が始まる前にヴォーカルの葉月が“中野! ようこそ処刑台へ”と煽り、葉月自らもデスヴォイスで会場のヴォルテージを更に上げた。
lynch.を体感すると、2つのことがくっきりとわかる。
1つが音の太さ。この日の演奏でいうと、3曲目に演奏した「CREATURE」でそれが顕著だったと思う。特に明徳のベースの鳴りは是非ともライヴで体感して欲しいし、ここ最近の骨太さが足が地に着いたlynch.の演奏を聴いていると、一音で観客をぶっ倒すベテランのパンクバンドあたりとの対バンが見たくなる。“実は僕は最近のヴィジュアル系のバンドが嫌い。個性がないし、演奏のクオリティも低いから”と公言するSUGIZOが自らの聖誕半世紀祭にlynch.を呼んだのがよくわかった。
二つ目がエロさだ。6曲目の「pulse」のMCで葉月が「全員でSEXしようぜ!」と言っていたのが象徴的だが、骨太でありながら、このバンドには色気というかエロさがある。それがまたこのバンドの魅力だし、ライヴではそれが毎回遺憾なく発揮されている。また、この日のステージでは、4曲目にSUGIZOが登場し、LUN ASEAの「IN FUTURE」をSUGIZO+lynch.で演奏。この曲はライヴの際、ギターソロが終わった直後のリフをSUGIZOが一回ずつ止めるのか慣例だが、その部分をSUGIZO→玲央→悠介の順で回す演出をして会場を大いに沸かせた。
40分のステージだったが、lynch.はFESのトップバッターの役割を見事に果たした。
lynch.の余韻が冷めないままの会場が暗転。静寂の中、sukekiyoが登場。sukekiyoとはDIR EN GREYのフロントマン・京のアザープロジェクト。SUGIZOが京のことを天才と称しているのを聞いたことがあるが、実際、DIR EN GREYのライヴを観る度に京ほどの唯一無二のヴォーカリストはいないと実感する。そして、そんな京が率いるバンド・sukeiyoも唯一無二の世界観を持っている。
1曲目は「偶像モラトリアム」。曲の世界観もさることながら、この曲を京は観客に背中を向けたまま歌い切った。実は、sukekiyoのライヴは、ライヴの常識をことごとく打ち破る、表現への挑戦がひとつのアイデンティティになっている。ワンマンライヴでは、ライヴの終盤までステージに網のような幕がかかっていたままだったり、オーディエンスは着席したままライヴを鑑賞することになっているし、京は歌う意外に言葉を一切発しない……など、エンタメ化・パターン化した昨今のライヴとは真逆の立ち位置にいる。エンタメ化したライヴをハリウッド映画とするならば、sukekiyoは単館系アート映画と言ってよい。実際、京はヤン・シュヴァンクマイエルの大ファンだと書けば、映画好きならsukekiyoの媚びないシュールな世界観は伝わると思う。
この日のライヴはsukekiyoのワンマンではないので、初めてsukekiyoのライヴを観る人もいて、1曲目の「偶像モラトリアム」の演奏開始時はスタンディングのオーディエンスも居たが、曲が進むにつれ、sukekiyoの世界観に引き込まれて、見渡せば全員が着席してsukekiyoの演奏、京の表現を食い入るように見て聞いている。所謂FESTで会場全員がこれだけ集中して演奏を観ている光景は珍しい。それくらい、sukekiyoのライヴは緊張感というか吸引力がある。
それでも、曲順が進むにつれ、オーディエンスは立ち上がり、身体を音楽に預けるようにライヴを楽しみだした。ワンマンでは観られない光景だが、それもあってか、バンドの演奏もどんどんエモーショナルになって行く。
そして、3曲目にLUNACYの「SHADE」が演奏された。「SHADE」はLUNA SEA結成の年1989年に出来た曲。そうした意味のある、しかもマニアックなカヴァーをするあたりも流石は京だ。そして、この曲で着席モードだったオーディエンスはみな立ち上がり聖誕半世紀祭モードへ。聖誕半世紀祭という非日常×sukekiyoという掛け算でオーディエンスは、常識や慣習といったものから完全に解き放たれた。
極めつけは7曲の「ただ、まだ、私。」。耽美的なピアノから始まるこの曲は、決して激しい曲ではないが、その抒情的な世界に完全に引き込まれてしまった。
そして、最後に「漂白フレーバー」を演奏。変拍子の不思議な曲で、GREATFUL DEADの丁度半世紀前1969年の名盤『Live/Dead』の世界に迷い込んだ感覚にとらわれた。曰く、JAZZYでACID、懐かしくて斬新な音の世界だ。こんな曲を作り、表現し仕切れる京というヴォーカリストはどこまで深化するのか、その才能に改めて脱帽すると同時に、SUGIZOの“京は天才”の言葉が腑に落ちた。
そして、トリはSUGIZO COSMIC DANCE QUINTET。
COSMIC DANCE QUINTET(C.D.Q.)はSUGIZOのソロプロジェクトの核となるバンドだが、知らない方のために書いておくと、ヴィジュアル系音楽とは全く違うアプローチで、テクノ、サイケデリックトランス、ダブ等を基調としたエレクトロニクスサウンドで、バンドもドラム、パーカッション、マニュピレーター&シンセサイザーの3人+SUGIZO(ギター、ヴァイオリン)に加え、映像作家&VJ、という5人編成でのインストがメインだ。
19:50会場が暗転。ステージのスクリーンにはSUGIZOがタトゥーにも入れている“フラワー・オブ・ライフ”の模様が映し出され、SEの「THE LAST IRA」が流れる中メンバーがステージに登場。続いてSUGIZOも登場し“改めてSUGIZOです。一緒に昇天しましょう”と短いMCを挟んで、1曲目の「IRA」がスタートした。ソリッドなリズム、レーザービーム、そしてSUGIZOのエモーショナルなギターで、早速サイケデリック&アヴァンギャルド・ワールドを満開にさせ超満員の中野サンプラザを昇天させる。
2曲目もサイケデリックトランスな「MESSIAH」。曲の途中でSUGIZOがクルクルと回るのを見て、SUGIZOは重厚でありながら華麗な稀有なギタリストなんだなぁと実感した。また最初の2曲で中野サンプラザが海外のレイブパーティーのように揺れていたのが印象的だった。
3曲目は「Lux Aeterna」。一転して耽美的で深淵な音の世界が繰り広げられた。しかも、VJが繰り出す映像は、戦争や難民の子供たちを映し出す。「MESSIAH」で躍らせ、「Lux Aeterna」でメッセージをぶち込んでくるのは音楽人生30年のキャリアを持つSUGIZOならではの構成だ。というのも、大切なことは、机で勉強しているだけでは、頭で理解しても、心が付いていかず、生きた知識にはならない。ダンスで身体を揺らし、汗をかきながら、メッセージを体感する方が、より人の奥の方へ届く。そんなことをSUGIZOは30年というキャリアの中で自然と得したような曲順だった。
余談だが、50年以上のキャリアを誇るアメリカのソウル・グループ、オージェイズが最後のアルバムをリリースした。ダンスフロアからメッセージをというのがテーマにあるアルバムで、最高のダンスチューンのみが収録曲だが、社会問題を扱っている名盤。このアルバムの構成も素晴らしく、フィジカルに躍らせて、問題を身体に沁み込ませてくる。
4曲目は「Proxima Centauri」。SUGIZOがヴァイオリンを奏でる宇宙的な壮大な曲だ。こうした壮大の曲を聴くと、人間の小ささと同時、人間の傲慢さみたいのものに気付かされてしまう。SUGIZOの曲はインストだが、ヴァイオリンもギターもどこまでも雄弁だ。
5曲目は京をゲストに迎え「絶彩feat.京」を演奏。2017年のアルバム『ONENESS M』に収録されているが、アルバムの音源同様にライヴで京をフィーチャーしたのは今回が初。しかもSUGIZO自身が“ライヴで京くんを迎えてこの曲を演奏するのはこれが最初で最後だと思う”と公言していてスーパーレアなライヴ演奏だけに、オーディエンスはその演奏をかみしめるように聴いていた。
6曲目は「ENOLA GAY RELOADED」。この曲は、ヴィジュアル面でもしっかりとメッセージを伝えた。原爆爆発のシーンなど、核に関する映像が流れる中、SUGIZO自身も曲の間に「NO NUKES」と記された旗を振った。そして曲が終わった瞬間に“NO MORE NUKES PRAY THE GUITAR”のメッセージがスクリーンに映し出された。
そしてトランシーなラウドロック「TELL ME WHY?」で本編が終了。
オーディエンスは当然アンコールの拍手を送っていたが、奇蹟のようなことが起きた。
数人のオーディエンスが携帯のライトを照らしながら“ハッピーバースデー・トゥー・ユー♪”を歌い出した。最初は数える程度の人数だったが、歌が2巡目に入ることには会場全体が携帯ライトを翳し、♪ハッピーバースデー・トゥー・ユー♪を歌っている。
そんな奇蹟的な景色の中、SUGIZOがステージに登場。本当に嬉しそうだ。そして、意外なことをしゃべり出した。実はSUGIZOが誕生日にライヴをやるのがこれが初。しかも、誕生日にライヴをやるのは本当に嫌だったという。でも、50歳なので、最初で最後、誕生日にライヴをやろうと意を決したんだそうだ。“でも、長生きをしてみるもんだね”と、穏やかに語るSUGIZO。普段は自分は何のために生きているのか、自分は本当にこの世界に必要なのか苦悩しているそうだが、“ライヴでステージに立つと、メンバーやオーディエンス…自分には仲間がいると感じる。幸せです”と語った。が、その次の瞬間、“でも、世界に目を向けると戦禍に苦しんだり、難民になってさまよっている人達がいる。僕らは日本にいて幸せだけど、是非世界にも目と心を向けて欲しい”とSUGIZOらしいメッセージを放った。
そして、ここで、突然lynch.の葉月が“フラワー・オブ・ライフ”模様のバースデーケーキを持ってステージに登場。葉月の呼び込みでsukekiyoもlynch.のメンバーもステージに登場し、会場の全員で改めて“ハッピーバースデー・トゥー・ユー♪”を歌い、SUGIZOがケーキのローソクを吹き消し、会場からこの日一番の祝福の拍手が起きた。
更に、原田環境大臣がステージに登場し、SUGIZOに感謝状を寄与した。これはSUGIZOが水素エネルギー及び再生可能エネルギーの発展に貢献していて、この日のライヴもSUGIZO関連の演奏に関しては楽器用電源を水素エネルギーで賄っていた。とは言え、権力に対してアンチなSUGIZOが大臣賞を受けたのは正直意外な感じもした。ただ、受賞の直後ステージで“感謝状を受け取るかどうか正直迷いましたが、感謝状を受けることが広まることによって、再生可能エネルギーの必要性や、水素社会の実現に向けて、世の中のブースターになれればと思い、受け取りました”とその素直な気持ちを語り、会場からは温かい大きな拍手が起きた。
更にアンコールで着用しているロングのカラフルなジャケットについてもSUGIZOが語りだした。SUGIZOが着ているジャケット“エデン″にはイラクの小児癌の子供たちが描いた絵がプリントされているという。この子供たちは、湾岸戦争、イラク戦争の時の劣化ウラン弾のために癌になった子供たちだ。しかも既に亡くなっている子供もいるという。SUGIZOは改めて、争いをなくすこと、そしてエネルギーシフトを行うことを念頭に邁進すると誓い、アンコールでは最高のサイケデリックトランス×ファンクチューン「DO-FUNK DANCE」と、MAIKOのピアノをフィーチャーした静かで神秘的な「Synchronicity」を全身全霊で演奏し、聖誕半世紀祭の初日は終演した。
実はこの日、リハーサルからSUGIZOに密着した。SUGIZOのリハーサルはスパルタリハと自他共に認めるストイックなリハで、納得できない箇所に関しては声を荒げてでも厳しく指導する。SUGIZOは自分にも他人にも厳しく、よりいいものを徹底的に要求するミュージシャンだ。
ただそれは、自分のためだけではなく、会場に足を運んでくれるオーディエンスのためでもあり、そして、この地球の未来を少しでもよくするためのものでもあるようにこの日のライヴを観て感じた。
全身全霊とはSUGIZOのためにある言葉のように感じた日だった。
Text by ジョー横溝
SUGIZOの誕生日当日となる7月8日(月)は、モジュラーシンセサイザー奏者の第一人者であるHATAKENとSUGIZOのデュオがオープニングアクトを務めた。開場BGMを奏でていたHATAKENの温めたステージに、SUGIZOが合流してセッションはスタート。生命の神秘を思わせる映像と連動し、HATAKENのシンセが繰り出す宇宙的な音色と、SUGIZOの宇宙的ギター、リボンコントローラーで操作するモジュラーシンセの音色とが、まるで交信し合うように掛け合う。会場は瞬時にアンビエントな異空間へと塗り替えられ、観客は息を呑んで立ち尽くした。
BGMでなだらかに繋げられ、1バンド目のTK from 凛として時雨が登場。細かく鋭利なカッティングを筆頭に、超絶技巧ギタープレイをまるで息をするように自在に繰り出しながら、感情迸るハイトーンで歌唱する孤高の異才TK。ドラムのBOBOら抜群のリズム感を誇るサポートメンバーらと共に、イメージ喚起力に富んだ映像と照明を駆使しつつ、1曲目の「Fantastic Magic」から、緩急のついた小気味よい歌と演奏で、驚きを与え続けていく。TKは、“SUGIZOさん50歳の誕生日おめでとうございます。今日は少年の頃の僕には夢のようなイベントです”とMCで語り、兼ねてからリスペクトを公言してきたSUGIZOへの敬愛を示した。
「katharsis」は4つ打ちのダンスビートに始まり、予想不能のめくるめく展開を見せるドラマチックな楽曲。美しいメロディーをウルトラハイトーンで切々と歌う「Signal」では、ギターソロの伸び渡る音づくりに、SUGIZOの美学の影響を感じ取れた。ヴァイオリン、ピアノ、それぞれのプレイが生き物のようにうごめきながら怒涛の展開を見せていく「film A moment」で締め括ると、会場は熱を帯びた歓声と大拍手に包まれた。圧倒し、純粋な音楽的快感を味わわせてくれる刺激的なステージだった。
続いて、SUGIZOとは25年来の付き合いであるGLAYのTAKUROが、ソロ名義でJourney without a map BANDを従えて登場。GLAYとは全く異なるジャジーな音楽性に挑戦中で(それはSUGIZOがTAKUROにジャズをリコメンドした影響でもあるのだが)、音と音との対話をゆったりと味わうような、心地よい空間をこの日も冒頭から生み出していた。TAKUROはSUGIZOに捧げる曲を書いて来たと言い、“スギちゃん、生きてなさい”“SUGIZOのハワイ旅行”などと名付けた楽曲を披露。自分のことは後回しで世界平和や社会問題に心を傾ける先輩に、ユーモア満載の音楽で愛を贈った。
“なんだかんだ言って、僕が一番のSUGIZOさんファンですよ!”との言葉からSUGIZOを招き入れると、まずはハグ。“僕が一番大事にしている曲を一緒に”と「Journey without a map」をセッションした。哀切を帯びたブルージーなロックナンバーで、TAKUROが音楽人生について問い直した自叙的楽曲。SUGIZOの全身全霊のギターソロに、TAKUROはそっと寄り添うようなフレーズを重ね、TOSHI NAGAIのドラムが高まりを見せていくと、“もっとお祝いしたいって人がいるので”と呼び込んだのは、TERU、さらには事前告知されていなかったHISASHI、JIRO。会場は沸き立ち、TERUは“50歳おめでとうございます!”と朗らかに祝い、GLAYの「誘惑」を大所帯で賑やかにセッション。HISASHIギターソロの直前に“カモーン、SUGIZO!”とTERUにコールされ、ギュインと唸るSUGIZO印のサウンドを響かせた。
“ハッピーバースデー、SUGIZO!”とTERUが再度叫びステージから送り出すと、GLAYメンバーはそのまま残って「彼女の“Modern…“」を披露し、4人は前列へ。「誘惑」の際には後方で守りを担っていたJIROも、飛び跳ねながら全身でこの場を楽しんでいる様子。GLAYというバンドの温かい人柄が隅々から伝わってくるような、一連のパフォーマンスだった。
青いスクリーンに白い翼が浮かび上がり、レーザーと紫のスモークが立ち上る中、SUGIZO COSMIC DANCE QUINTETのアクトがいよいよスタート。右手を挙げてバルカンポーズを取ると、オーディエンスはそれに応える。“改めましてSUGIZOです。皆今日はありがとう”と挨拶、出演者への謝辞に続き、“飛ばして行ける? 誕生日だろうが関係ない。アゲアゲで、皆さんついて来られますか?”と挑発し、咆哮するようにギターを一弾き。右手を挙げて振り下ろすと、真っ白な光に切り替わり、「禊」がスタート。“SUGIZO 聖誕半世祭”とのタイトルが大きくスクリーンに出現すると、会場からはどよめきが起こった。まるでキレ味の鋭い刀を振り下ろすような、気迫と殺気に満ちたギターサウンド。よしうらけんじ(Per)が前へ転がり出るようにやってきて、ジャンベをプレイ。SUGIZOはギターを掻きむしり、向き合って髪を振り乱す。「TELL ME WHY NOT PSYCHEDELIA」の乱れ弾くギターソロ、「NEO COSMOSCAPE」でよしうらと入れ替わり強打したパワフルなパーカッション、SUGIZOはいついかなる瞬間も全霊を掛けて音を鳴らしていた。言葉通りアゲアゲを実現するため、MaZDA(mani)、komaki(Dr)もハンドクラップを先導するなど、果敢に煽っていたのも印象的。
「FATIMA」では、SUGIZOはゆったりと身を揺らしながら艶やかなヴァイオリンの音色を響かせ、海中で身をくねらせる人魚のようなダンサーの映像も相まって、幻想的な世界へ。VJ ZAKROCKが手掛ける映像、ステージと客席の境を超えて大胆に放たれるレーザー、照明の絡み合う視覚効果はすさまじく、3Dアートの一部に自分がなったような空間没入感があった。
通常SUGIZOのソロライヴはノンストップでMCもほぼないのだが、“こんな宇宙的な雰囲気の中から、突然フレンドリーに変えようと思います”(SUGIZO)と言葉を挟むと、TERUとTAKUROを呼び込み。披露したのは、SUGIZOのアルバム『ONENESS M』に収められ、TERUがヴォーカルを務めた「巡り逢えるなら」で、ライヴでは初披露となる。
制作時にTERUは、“この曲をTERUの歌で救ってあげてほしい”とSUGIZOに言われたことが印象深かったと語り、“CDとか音源では聞こえない歌を、この場でしか聴けない歌を歌いたい”と意気込んだ。元々はSUGIZOが絶望の淵にあった時期、光を求めて生み出したという由来のある曲。TAKUROとSUGIZOの補い合うようなギターに支えられながら、その名のごとく太陽のような照射力を持つTERUが真っ直ぐに歌うことで、その説得力が増していた。SUGIZOの、一陣の風のようなコーラスも軽やかさを与え、またとない3者共演に大拍手が送られた。感動の余韻がこの後笑いで打ち消されたのも、兄弟のような彼らの親しい関係性ならでは。
TAKUROは、忙しくて初詣も行けないであろうSUGIZOのためにおみくじを勝手に引いてきたそうで、“吉”“恋愛:ちょっと待ちなさい”などと読み上げてファンを沸かせていた。GLAYは今年25周年を迎えており、TERUは“いつもGLAYが大変な時に助けてくれるんですよ。そして必ず光をくれて…。それを追ってここまで来ました”とSUGIZOに感謝を述べた。
再びライヴを元の流れへと戻し、「Decaying」では無彩色の世界へ。SUGIZOはギターを激しく掻きむしり、音の洪水に飲み込まれていく。よしうらがチェーンの塊を思い切り何度も振り下ろして叩きつけると、鋭い金属音が響く。スモークが立ち込める中SUGIZOはメンバーのほうを向き、両腕を大きく動かし、やがて止め、指揮者のように轟音をコントロール。恍惚の中、「DO-FUNK DANCE」へ。サイケデリックな極彩色のレーザー、照明に加え客席天井の高い位置からミラーボールが輝き、会場は魅惑の巨大ダンスホールに豹変。歯切れのよいカッティング、シンセ的なエフェクティヴな音色、エンジン音のような、あるいはモンスターの咆哮のような…と多用に形容可能なSUGIZOのギターを浴びるように体感。すべての音は全身全霊で鳴らされていた。エレクトロニックな音楽だが、仁王立ちした脚からエネルギーを吸い上げ、身体を通じてギターへ、指先へと伝って放たれていくような、自然の生命力をも感じた。
アンコールは、ファンの手拍子と“ハッピーバースデー”の歌声に招き入れられる形でスタート。スマートフォンのライトを見てSUGIZOは“皆本当に美しいよ。本当にありがとう”と客席をじっと見つめた。誕生日にライヴをするのは初めてで、これまでは恥ずかしいと感じていたこと、祝われる資格がないと思っていたことなどを吐露。“半世紀なので”と踏み切ったそうで、“ここまで続けてきて、本当に幸せを感じています”とも。“世界に想いを馳せつつ…”との話の途中で、「ハッピーバースデー」を歌いながらケーキを乗せたワゴンを清春が押し、その後ろにTERU、TAKURO、HISASHI、TKが続いてカットイン。観客の興奮と歓喜は最高潮へ。
フラワーオブライフのモチーフを描いた黒い円形巨大ケーキを前に、記念撮影。SUGIZOは、途中で遮られた大事な話に戻り、“今でも被災地で、仮設住宅で暮らしている人もいる。でも、誰もが幸せを享受してもいいんだよ、と最後に言いたかった”と言葉を補った。TAKUROの音頭でSUGIZOは蝋燭を吹き消した。
清春が残り、続いては「VOICE」をセッション。SUGIZOが“黒夢とGLAYは25年ぐらいですよね?”と尋ねると、清春は“一緒”と頷き、SUGIZOが“ロフトに黒夢を観に行って、GLAYは鹿鳴館で…”と振り返ると、“LUNA SEAはその頃何やってたの?”と清春。“『ROSIER』のレコーディングしてたぐらい”とSUGIZOは答え、“そんな中こうやって25年も長い付き合いができてとっても光栄に思っています。この曲をやらないわけにはいきません”とやはり『ONENESS M』で清春が歌い、MVにも出演した名曲だ。清春は気怠い色気をまといながら、やがて、激しくギターを掻き鳴らすSUGIZOと向き合って歌う場面では肩を抱いた。グラマラスな妖気漂う2人は、共に誰にも似ていないオリジナルであり続けている孤高の存在。通じ合うのも納得である。
最後には、「The Voyage Home」を、ピアニストのMAIKOを迎え、再びHATAKENも招き入れて届けた。SUGIZOは、地球プリントを表に、裏にはシリア難民の子どもたちの笑顔をモノクロでプリントした衣装“ガイア”をまとってヴァイオリン演奏を披露する。SUGIZOが“fanicon”を通じ、この曲ではスマートフォンのライトを灯してほしいと呼び掛けたのにファンが応じ、白い光が揺れめく暗闇に、この曲は祈りそのもののように美しく響いた。“すごく綺麗だった。世界平和の灯のように感じられて…”とSUGIZO、“これからもどうぞよろしくお願いします。ありがとうございます”と結んだ。
半世紀を迎えて初めて行われた誕生日イベントは、豪華出演者たちが集い、それぞれとの関係性には長い時の流れが背後にあり、心を打つものだった。また、単なるお祝いムードだけで終わることなく、SUGIZOの精神性が隅々まで浸透したSUGIZOらしいものでもあった。これからも更なる高みを目指し、音楽と真摯に向き合うのはもちろん、疎外され弱い立場に追いやられたすべての人々に想いを寄せていくに違いない。
Text by 大前多恵
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