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70’sロックの熱気を蘇らせるテデスキ・トラックス・バンドのデビュー作『預言者(Revelator)』

スライドギタリストの頂点に立つデレク・トラックスと、彼の妻でブルージーかつパワフルなヴォーカルを聴かせるスーザン・テデスキのふたりがリーダーを務めるテデスキ・トラックス・バンドは、70年代アメリカのスワンプロックやブルースロック、サザンロックに影響を受けたグループ。ちょうど今、彼らは来日公演の真っ只中で、多くのロックファン(特に中年以上)を魅了しているに違いない。というわけで、今回は2011年にリリースされたテデスキ・トラックス・バンドのデビュー作『預言者(Revelator)』を取り上げる。確かなテクニックに裏打ちされた彼らのアーシーなグルーブ感は、70’s前半のスワンプロックと90’sジャムバンドをミックスしたような特徴がある。70’s前半のルーツロックを知らない若い人にはぜひ聴いてもらいたい秀作だ。

■90’sに登場してきた若手の白人女性 ブルースマン

90年代、白人の若手女性ブルースマンがたくさん現れた。基本的にはボニー・レイットに憧れてミュージシャンを目指した者が多いことは間違いないが、残念ながら歌もギターもレイットに叶う人はいなかった。歌だけとかギターだけとかなら上手いプレーヤーはいないこともなかったが、歌とギターのどちらも抜きん出たレイットを超えるプレーヤーは今でも登場していない。彼女はスライドギターの名手であるが、それはローウェル・ジョージ(リトル・フィート)の指導の賜物であった。もちろん、レイット自身の努力は大きいが、多くの若手の女性ブルースギタリストはそのこともあってか、なるべくスライドは避け指弾きのプレイを磨いた。

まず頭角を表したのは89年に『Believe It !』でデビューしたジョアンナ・コナーだろう。ギター(彼女はスライドも弾く!)も歌も上手いアーティストだが、日本ではあまり認知されなかった。注目されたのは93年に『Picture This』でデビューしたデビー・デイヴィーズで、このアルバムは日本盤もリリースされたぐらいである。デビーのブルースギターは上手いと思う。92年に『Young Girl Blues』でデビューしたスー・フォーリーは大いに騒がれたが、ブルースマンとしては線が細すぎた。ただ、フォーリーは自分の資質を認識し、アメリカーナ的なサウンドに転向することで自分の存在価値を見出している。90年代にデビューした若手の白人女性ブルースマンは、他にもキャロリン・ワンダーランドやアナ・ポポヴィッチといった凄腕のアーティストがいる。

■スーザン・テデスキの音楽

スーザン・テデスキは95年に自主制作盤『Better Days』でスーザン・テデスキ・バンド名義のデビューを果たすのだが、バックの演奏が素人っぽく、アルバム自体はたいして特徴のないものだった。しかし、2ndアルバムの『Just Won’t Burn』(‘98)が50万枚を超えるヒット作となり、プロデュースを担当したトム・ハンブリッジ(彼はブルース、カントリー、ロックを股にかけるアメリカーナ的ドラマーで、特にソングライターとしてはジャンルを問わず売れているヒットメーカー)に影響を受けたのか、それからはブルースだけでなくフォークやソウルなども取り上げツアーに臨んでいる。また、サラ・マクラクランが主宰していたジャンルを問わない女性アーティストたちが参加したツアー『リリス・フェア』(’97〜)に参加することで、音楽的な幅を広げることになった。

その頃、ライヴで知り合ったデレク・トラックスのギターを見て感動し、彼はテデスキの9歳年下であったが2001年に結婚する。3rdアルバム『Wait For Me』(’02)ではディランの曲を取り上げるなど、アメリカーナ的なスタンスで勝負した。そして、リスナーが驚いたのは、そのアルバムに参加したデレク・トラックスのデュアン・オールマンそのもののギターであった。このアルバムはテデスキのソロ名義での最高傑作ではないかと思う。このアルバムは最初の子供を授かったあとでリリースされ、そのうち2曲はトラックスがプロデュース(ギターも弾いている)も手掛けている。この3rdアルバムこそテデスキ・トラックス・バンドのプロトタイプであり、このアルバムから紆余曲折を経て、10年後に夫婦の双頭バンドが結成されるのである。

■オールマン・ブラザーズ・バンドに 加入したトラックス

デレク・トラックスは1997年、アルバム『デレク・トラックス・バンド』をリリース、当初は完全なフュージョン系ジャムバンドの音楽であった。デュアン・オールマンを手本にしつつも、彼の指弾きによる圧倒的なギターテクニック(特にスライド)は世界のギターファンを驚愕させたといっても大げさではない。もともとトラックスのバックボーンはサザンロックだけでなく民族音楽やジャズにもあって、デビューアルバムは多くの要素を詰め込みすぎて、僕は器用貧乏な面も感じた。

そして、トラックスは敬愛するデュアン・オールマンの在籍していたオールマン・ブラザーズ・バンドに加入、世界で広く彼の名が知れ渡ることになった。オールマンズ脱退後も、テデスキとトラックスはしばらく各々のグループで活動を続けるのだが、彼らはソウル・スチュー・リバイバル(キング・カーティスの名曲、メンフィス・ソウル・スチューから名付けられた)というユニットで自分たちのスタイルを模索していた。テデスキは、トラックスの最良の演奏はスワンプロックやサザンロックのようなスタイルでこそ発揮できると思ったのだろう。2010年、満を持してテデスキ・トラックス・バンドを結成する。

■本作『預言者(Revelator)』について

本作は冒頭にも書いたが、60’s後半から70’s初頭のスワンプロックやサザンロックをモチーフにした作品だけに、売れ筋の音楽とは言いがたいのだが、その完成度の高さから翌年のグラミーではベスト・ブルース・アルバム賞を受賞する。彼らの音楽は決してブルースではないが、細分化されたグラミーの賞の中ですら彼らの受賞に相応しいジャンルはなく、便宜上“ブルース”の中に含めることになったのである。21世紀の現在、彼らのようなルーツ系ロックは、日常のライヴハウスなどではアメリカならどこにでも存在する音楽であり、流行の先端を担う音楽業界の中では化石のような存在であるという微妙な立ち位置にある。しかし、一度でも聴いてみれば、彼らの音楽が化石どころか、かつてのロックが持っていた“血湧き肉躍る”ような熱い作品であることが分かってもらえるだろう。

収録曲は全部で13曲。メンバーを含む複数のソングライターの手になる楽曲群は、どの曲もよく練られているものばかり。40歳を過ぎたテデスキのヴォーカルは枯れ具合がボニー・レイットにますます似てきているのは置いておいて、このグループのリーダーが間違いなく彼女であることがわかる仕上がりになっている。通常、トラックスのギタープレイは難解なものも少なくないが、ここではサザンロックやスワンプロックの文法を逸脱しないように弾いている。それはトラックスのプレイがテデスキのコントロール下にあるからだ。自分のコントロール下にあってもトラックスは最高のプレイができることをちゃんと分かっているところなど、さすがにテデスキ9歳年上の貫禄である。

曲によって、ブルース、ゴスペル、スワンプロック、フォークロック、サザンロックなど、多彩な味付けがなされている。3管編成のホーンと複数のゴスペル的なコーラスが加わることで、彼らの音楽は重厚なものになった。トラックスのスライドが肉声のようにテデスキのヴォーカルに被るところは何度聴いてもゾクッとする。テデスキ・トラックス・バンドの音楽は、ライヴでこそ本領を発揮する性質であるが、本作はライヴの臨場感を感じさせるプロデュースワークがなされており、素晴らしい作品となった。

TEXT:帆苅智之

アルバム『Revelator』

2011年発表作品

<収録曲>

1. Come See About Me

2. Don’t Let Me Slide

3. Midnight in Harlem

4. Bound for Glory

5. Simple Things

6. Until You Remember

7. Ball and Chain

8. These Walls

9. Learn How to Love

10. Shrimp and Grits (Interlude)

11. Love Has Something Else to Say

12. Shelter

13. Easy Way Out

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