夜な夜な、パソコンのキーボードをタイプし、SNSでアップカミングなアーティストをリサーチする生活を送っていると、この時期は散弾銃のように鳴り響く雨音や、足元にへばりつくアマガエルだとかナメクジから逃げ惑うように曇天模様の下を全力疾走していたことを忘れてしまいそうになります。寄席や映画館でスマートフォンの電源を切った時、ようやく自分以外の人間の存在に気付き、そう言えば隣の見ず知らずのお客さんは日頃どんな作品に触れているのだろうと思い馳せ。思考の渦を電子の海に放流する前に、体の中に押し留めたままで、どれほどの色彩や奥行きに気付くことができるかと、最近はそんなことばかり考えています。なので、今回はそういった諸々を再び手の中に戻してくれる音楽を紹介します。
■「Subterranean Homesick Blues」 (‘65)/ボブ・ディラン
アルバム『Bringing It All Back Home』の冒頭を飾るトーキングブルース。歌詞中で使用されている単語が書かれた紙をめくっては落とすMVはさまざまなミュージシャンの映像作品などでオマージュされており、ラース・フォン・トリアー監督の新作映画『ハウス・ジャック・ビルト』にもパロディーシーンが登場します。カラカラに乾いたギターとブルースハープの上で脈打つボブ・ディランの淡々とした歌唱は語りのようにも詩の暗唱の歌詞の語感の心地良さと切れ味の鋭さを鮮やかなまま放出しており、《The pump don’t work. ‘Cause the vandals took the handles.》と口ずさみながら跳ね起きる気力を与えてくれます。
■「いらいら」(‘70)/はっぴいえんど
はっぴいえんどのアルバム『はっぴいえんど』から、松本隆ではなく大瀧詠一が作詞を手掛けた「いらいら」を。毛羽立った神経が時計の針の進む音さえ心臓と脳をささくれ立たせるノイズに変える、血液が煙状の不安を携えて身体中を巡り巡っているとしか思えない、怒りというよりは虚無や恐怖心に近い苛立ちが短いセンテンスと《いらいら いらいら いらいら》のリフレインで綴られています。重苦しいドラミングとシンセサイザーの和音で幕を開け、焦燥感を物語るようなメロディーとビリビリに破れたギターの音が絡み、ため息や嘆きのごときコーラスワークが汗ばむような息苦しさを演出し、このままサイケデリックなアウトロが延々続くのかと思いきや突然ぶつ切りになって終わる。“いらいら”という感情を作品で得たカタルシスで昇華させくれない「いらいら」です。
■「得てして」(‘15)/シャイガンティ
本当は昨年リリースされた『あー僕たちは、』を取り上げるのが筋なのかもしれませんが、5月に観たライヴで演奏していたこの曲があまりに無垢だったので。「得てして」は2015年に発売された同名アルバムのタイトル曲。雑念の羽虫が飛び交う中でぼんやり屹立する諦観を水滴のように落とした歌詞をざらついた声で歌い上げ、間奏部分ではギターとベースとドラムが打って変わって頭の中の唸りを吐き出すかのように叙情的に立ち上っていく。さながら高架下のラーメン屋で振動に揺られながらレンゲのスープを飲み干すような、なん衒いもなく日常が落とし込まれたシティーロックです。そして、アルバム『得てして』そのものシャンパンゴールドを基調とした玉虫色の名盤で、こういう音楽があるから明日に怯えることはないのだと実感できます。
■「Woo Hoo」(‘96)/The 5.6.7.8’s
昨年30周年を迎えたゴロッパチことThe 5,6,7,8。クエンティン・タランティーノ監督の『キル・ビル』の劇中曲に使用された 「Woo Hoo」は、ロカビリーバンドThe Rock-A-Teens のカバー曲です。ロックバンドをやる上での最小単位3ピースならではの軽快さと跳ね上げるようなリズム、伸縮するユーモラスなドラムソロ、スキャットとハンドクラップであらゆる溝を飛び越えるポジティブさが最高。日本特有の“ガールズバンド”というイメージの窮屈さに辟易して頭を抱える前に、こんなに爽快でクールでキュートでセクシーなバンドがいたじゃないか!と、先日寄席でマジシャンが舞台でこの曲を使ってくれたおかげで思い出しました。
■「風、青空」(‘18)/ほたるたち
砂利の混じった真っ赤な傷口を綺麗な水で洗い流すようなパンクネスを静かに燃やし続けているシンガーソングライターの穂高亜希子が、松尾翔平と吉川賢治という最高にカッコ良い仲間を手に入れるとこんなに素敵なバンドが出来上がったという嬉しさに再生するたび号泣してしまうアルバム『光』から。か細くて強い歌声、ミニマルな言葉の歩幅が扇の要のように放射線状に広がっていく詩情、叩き付けるようなベースラインという彼女の途方もない逞しさはそのままに、彩色豊かなトレモロと水の王冠のようなシンバルが滑らかな影と描線を象り、果てしなく澄みわたる素朴で優しいロックにパワーを与える素晴らしさ。ひとりぼっちの自問自答が音楽というかたちで人々を巻き込み、伝播し、共鳴していくことの喜びを思い出させてくれました。
TEXT:町田ノイズ
町田ノイズ プロフィール:VV magazine、ねとらぼ、M-ON!MUSIC、T-SITE等に寄稿し、東高円寺U.F.O.CLUB、新宿LOFT、下北沢THREE等に通い、末廣亭の桟敷席でおにぎりを頬張り、ホラー漫画と「パタリロ!」を読む。サイケデリックロック、ノーウェーブが好き。
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