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凛として時雨『still a Sigure virgin?』に宿る中毒性を帯びたオリジナリティー

5月18日より凛として時雨のワンマンツアー『Tour 2019 Golden Fake Thinking』がスタートするということで、今回は凛として時雨の名盤を紹介。4thアルバムにして自身初のチャート1位に輝いた『still a Sigure virgin?』をピックアップする。彼らはメジャーデビューから未だ10年余りのキャリアなので名盤に取り上げるには時期尚早という声があるかもしれないが、他に類するバンドが見当たらず、すでに何組ものフォロワーが現れている時点で、十分に殿堂入りクラスのアーティストだ。何よりもその作品が素晴らしいことは言うまでもない。

■他に類するものがない存在

半年くらい前だったか、とあるレコードレーベルの方と話していて、こんな話になった。“最近の新人は既存のアーティストの影が見える子たちが多い。別に影が見えてもいいが、それを覆い隠すだけの独自性がないと結局、影ばかりが目立つ”。さすがに細かい言い回しは忘れたけど、そういう主旨だったと記憶している。こちらが“あぁ、確かに○○○○○○○○とか、△△△△△△△△みたいなバンドって相変わらず多いッスよね”と軽口を叩くと、氏は“ウチにもそういうバンドは少なくない”と自嘲しつつも、新人発掘担当のスタッフには“どこかで聴いたことがあるようなバンド、アーティストを見つけてくるな”と日頃から口を酸っぱくして言っていると強調していた。

ついでにもうひとつ別の話。これも少し前のことだが、たまたまインディーズバンドのステージを観る機会があった。どのレーベルとも未契約ではあったが、口コミで人気を集めて動員もそこそこ。ルックスも悪くなく、ソングライティングのセンスもテクニックも申し分ない…とまでは言わないまでも、個人的には十分に及第点は挙げられるかなという印象はあった。ライヴ後、彼らが出演していたライヴハウスのマネージャーに“なかなかいいバンドじゃなスか?”と、これまた軽口を叩くと“まだまだ”と一笑に付すマネージャー氏。氏曰く、“メロディーが××××××に似すぎ。おそらく自身が××××××のファンなのだろうけど、このままではこれ以上は無理”と、こちらはなかなか手厳しかった。

いや、冷静に考えてみれば、手厳しくも何でもない話だ。アマチュアのままならそれでもいいだろうが、もし彼らが自分たちの音源を一般消費者に買ってもらおうと考えるのであれば、所謂二番煎じが通用するわけはない。まぁ、“オリジナルよりも、そのコピーのほうがいい”という人が完全にゼロだとは言い切れないが、いたとしてもそれは極端にマとニアックな人だろう。やはり多くの人は“オンリー1である□□□□□□”を指向するし、よほど酔狂な人でもなければ、最初から明らかにその劣化版である“第2、第3の□□□□□□”へは向かわないはずだ。それが話題を集める可能性もなくはないし、注目されてスマッシュヒット…なんてケースが過去になかったわけでもないが、劣化コピーが末永く支持されてきた実例を少なくとも筆者は知らない。

アルバム『still a Sigure virgin?』と凛として時雨についての原稿作成に臨んでいたらそんなことが思い浮かんだので、徒然なるままに書いてみた。多くの人から支持を得ているアーティストは必ずそのアーティストならではの独自性を持っている。結成30周年、デビュー20周年なんて人たちは大なり小なりそういうオリジナリティーを備えていると言って間違いないし、ここ10年間で考えると、やはりそこで凛として時雨の名前は外せない。正直に告白すると、筆者自身は凛として時雨のアルバムをちゃんと聴くのは今回が初めてくらいだったりして、彼らに関しての知識は半可通どころの騒ぎでないのだけれども、それでも、このバンドが日本のロックシーンにおいて他に類するものがない存在であることはよく分かる。しかも、そのことは随分と速くから認識していた気がする。逆に言えば、ことさらその存在に注目せずともそのすごさが自然と耳に入って来ていたということになるわけだが、誰もが知る特大ヒットがあるわけでも、ドームツアーを行なうような動員があるわけでもない──言うならば、目に見える数字を持たないバンドの動向が、何となくにせよ、伝わってきたと考えると、彼らのすごさを改めて実感するところである。

■冒頭から迫る独創的なフレーズ

言うまでもないことだが、アルバム『still a Sigure virgin?』を聴いてみると、さらに凛として時雨のすごさを実感できる。それはもうオープニングM1「I was music」からしてだ。バンドアンサンブルのスリリングさは3ピースバンドならでは…といった感じだが、ラウドなサウンドはハードコアっぽくもオルタナっぽくもノイズっぽくもあって、何かひとつのジャンルに定められるものではない。構成もまた然り。日本のポピュラー音楽には概ねA→B→サビという展開があって、それはロックにおいてもほぼ踏襲されているが、M1「I was music」を聴いただけで、凛として時雨の楽曲がそうした不文律に則っていないこともよく分かる。そればかりか、《いいよ おかしくなって》のリフレインなどは、明らかにポップスのそれとは異なる容姿だ。それでいて、サビ(あれは一応“サビ”と言っていいんだろうな)はちゃんとキャッチーで、そのパートを彩るサウンドは疾走感にあふれ、ロックの基本といった印象である。

かと言って、全体のバンドアンサンブルは決して基本に忠実と言えるものではなく、ドラムもベースも実にフリーキー。随所でグイングインとランニングするベースもさることながら、2番辺り(厳密に2番というわけではない)からの、ピエール中野(Dr)が叩くドラムの暴れっぷりは凄まじい。“普通”(あえてカッコ書き)ならそこにシンバルは入れないだろうというところにシンバルが入っていたり、“何故そこで!?”という箇所でのベードラの連打があったり、あまり──いや、ほとんど聴いたことがないほど独創的なフレーズが聴ける。《頭がバラバラ 宇宙に浮いて弾けた/dreaming 夢見てる I was music》の歌詞も、そもそも「I was music」というタイトルも巧く考えたものだと思う。

続くM2「シークレットG」。冒頭はギターのアルペジオが引っ張り、リズム隊も落ち着いた印象で、ファンキーではあるものの、これはわりと“普通”かもなと思って聴き進めていくと、Bメロ(あそこは所謂Bだろう)終わりからガツンとサウンドが密集していく。オルタナ系と言えばそうかもしれないし、プログレと言えば言えるかもしれないが、いい意味でそれらとは似て非なる爆音の洪水だ。以下、M3「シャンディ」もM4「this is is this?」もM5「a symmetry」も同様の聴き応え。同期を取り入れたM3「シャンディ」はパッと聴きM2「シークレットG」以上にアンサンブル、メロディーは“普通”な印象を受けるが、途中に入る変拍子気味なリズムがその浅はかな感想をかき消してくれる。

■もっとあのサウンドを 浴びたくなる中毒性

M4「this is is this?」は、ここまでアルバムを聴いていくとそのラウド感に慣れてくるのか、むしろ精細なアンサンブルにこのバンドの特異性を感じるようになる。特に345(Ba)のシルキーな声のコーラスが楽曲全体に得も言われぬ奥行きを描き出しているように思う。しかも、事はそう単純ではなく、アウトロでは、ギターは(おそらく)ライトハンド奏法、ドラムはベードラ連打、ベースも細かい音符を刻んでおり、凡庸な耳からするとまったくひと筋縄ではいかない構成だ。

Sex Pistolsの「Anarchy in the U.K.」を彷彿させる冒頭から、俗にいうミクスチャーロック的ファンキーさを見せ、とてもメロディアスなパートに収束していくというM5「a symmetry」も、こう説明しただけでも型にはまった印象が一切ない。これもまた巧いタイトルである。この辺まで来ると、バンドアンサンブルもさることながら、高音が強調されたTK(Vo&Gu)の歌メロもこのバンドのかなり重要なポイントであることも分かってくる。彼の声と、その声から奏でられる旋律もまた確実に比類なきものだ。この楽曲ではスクリーモ的なシャウトがキャッチーなサビと地続きになっているのがおもしろいが、3ピースのアンサンブルがそうであるように、声においても秩序だけでも混沌だけでもない表現を見せているところに、非凡さのみならず、アーティストとしての決意のようなものすら感じるところである。

ほぼアコギでの弾き語りのような印象を受けるM6「eF」。キャッチーで疾走感のあるR&Rと言えるM7「Can you kill a secret?」。この2曲は、多くの人がこのアルバム中では最も“普通”なナンバーであると指摘するのではないかと思うが、こういうタイプがあることで凛として時雨が前衛音楽を標榜しているバンドではなく、ポップアーティストであることが分かるし、好感が持てるところである。もちろん“普通”とは言っても、そこは彼らのこと。M6「eF」は楽器が少ない分、歌の生々しさが強調されているし、M7「Can you kill a secret?」ではやはり面白いリズムパターンが聴けるので、このアルバムの中で比較すると“普通”であることを強調しておく。というか、『still a Sigure virgin?』前半で凛として時雨の音楽性にすっかりやられてしまって、耳がもっと彼らの独自性を欲してしまうからなのかもしれない。

その点で言えば、後半のM8「replica」、M9「illusion is mine」もそうだ。M8「replica」はノイジーなギターロックとテンションノートを使用していると思しきアルペジオが同居した上に、サビはパンキッシュでありつつ、345の声も相まって若干アニソン的な匂いもある。M9「illusion is mine」は、これもまた345のヴォーカルが入っていて、彼女の声が幻想的な雰囲気を醸し出しており、逆回転が入ってサイケデリックでもあるのだが、4つ打ちダンスチューン向かっていくという興味深いナンバーだ。いずれも彼らならではと言える独自性が十二分に発揮されている。しかしながら、本作を通して聴いてくると、このくらいではもはや驚かないというか、不思議な高揚感を抱いていることに気付くのだ。中毒性があると言った方が分かりやすいだろうか。わずか9曲だが、もっと凛として時雨の楽曲を聴きたいと思わせる、毒にも薬もなる成分が確実にそこにあるのだ。

この『still a Sigure virgin?』が4thアルバにして自身初のチャート1位をしたのが、彼らの音楽に中毒性がある何よりの証拠。筆者は今回、実質的に初めて彼らの音源をちゃんと聴いたが、凛として時雨が世に出てからその音源を聴いて来た人であれば早くから凛として時雨への依存が始まっていたのではと想像する。調べてみたら、インディーズでのアルバム『#4』はチャート100位以下で、『Inspiration is DEAD』は39位。メジャー第一弾であった『just A moment』は4位。そして、『still a Sigure virgin?』が1位と、チャートリアクションが極端な右肩上がりであって、多くのリスナーが急激に凛として時雨の音楽に依存していったことがうかがえる。言うまでもなく、2000年代以降の邦楽シーンに有形無形、決定的な影響を与えたバンド、その筆頭格である。

TEXT:帆苅智之

アルバム『still a Sigure virgin?』

2010年発表作品

<収録曲>

1.I was music

2.シークレットG

3.シャンディ

4.this is is this?

5.a symmetry

6.eF

7.Can you kill a secret?

8.replica

9.illusion is mine

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