今年もこの季節がやってきました! 開花予想では例年より少しだけ早い3月21日には東京でも花開く模様で、一年のうちでこの短い時期だけの光景だからこそ、“さくら”を見ると思い出す…そんな記憶もたくさんあるんじゃないでしょうか。“出逢い”と“別れ”なんてよく聞く言葉だけど、ひとりひとりのドラマはなかなか深く切なく、そしてもっと希望とときめでキラキラしてるもの。黙っていても耳に入ってくる“さくらソング”はたくさんあるけれど、あえて自分で手にして聴くさくらの花は、有名な名所のさくらよりもココロに鮮やかな色を残してくれるものです。そんなわけで、超個人的さくら5選をご紹介します!
■「ラストレター」(’99)/Pierrot
この窓の格子越しの濃いピンクが、まずいいよね。今回のテーマを決めた時、このジャケットがすでに頭に浮かんでたくらい印象的な一枚。メジャーデビュー後、立て続けにリリースしたシングル4部作の4枚目で、Pierrot(この曲を最後にPIERROTに表記を変更)史上最大のセールスだったという「ラストレター」。ライヴのMCでは“キ●ガイ”なんて言葉が放たれるのはフツーのことで、独特の世界感を発していた彼らからの儚く美しいバラードは、意表をつかれた以外の何者でもなかったのだけれど、私がヤラレたのは初回特典として封入されていたキリト(Vo)書き下ろしの短編小説「チェリー・トゥリーズ」。靖国神社を訪れた際に、特攻隊の制服や家族への手紙などを見て作られたというこの曲の、いわゆる小説版というもので、当時読みながらボロ泣きして、その流れで聴いたラストレターはヤバかった。キリトの文才にもびっくりしたのを覚えているけど、20年振りに読んでみたらやっぱり泣けちゃったな。後日談としてなぜか2012年に、なんと靖国神社からこの曲についての熱い手紙をいただき、そこから6年にわたって毎年7月に行なわれる『みたままつり』にキリトの書が懸雪洞として奉納されたんだとか。“絶望の闇に在ろうとも 光を発していたいのです 声を発していたいのです”。うん、それがきっとまた逢えるための唯一の方法な気がする。
■「予感」(’93)/L’Arc~en~Ciel
歌詞の中には出てこないものの、唯一私がさくらを見ながら聴いた春の曲です。収録されている音源は、1993年に音楽雑誌SHOXXに付属していたオムニバスCD『The Monster Of Shock Age』と、のちにデビュー10周年を記念して再発されたインディーズ時代のアルバム『DUNE』のボーナストラックのみというこの曲。当時、大好きなバンドが解散してしまって途方に暮れていた私を友達が連れて行ってくれたのが、L’Arc~en~Ciel の1996年4月初旬に日比谷野外音楽堂で行なわれたライヴでした。そう、このステージがある日比谷公園、この時期はお花見の名所なのです。初めてで曲もあまりよく知らなかっただけに、どうせならロングの頃に見たかった(hyde(Vo)がこのツアーから長かった髪をバッサリ切っていた)とか、しょうもないことばっかの記憶の中に一曲残っているのは、“今日は桜がとっても綺麗で、お花見してる人たちもたくさんいるみたいなんだけど、ウチにも桜(sakura)がいるので”というMCにバスドラでsakuraが応えた後演奏された「予感」でした。《春の日あなたは~》という春の日差しのようにやわらかなhydeの歌声と、ドラムを叩きながらのsakuraのコーラスがやけに印象的で、私の中では“予感=桜(sakura)”という図式が今でも確立されています。叶うかどうかは問題じゃなくて、あの最後のコーラスはもう一度聴いてみたいな。
■「春咲センチメンタル」(’04) /Plastic Tree
この人はどんな恋をしてきたんだろう…体験談なのか創造の世界なのか分からないけど、有村竜太朗(Vo)の書く詞は文学的というか、直接的な表現でないほど想いが感じられるというか…まぁ、個人的にとてもタイプな言葉の組み合わせをチョイスする人だなってことなんだけど、要はとにかく切な系書かせたらとびきりスペシャルってことですよ(笑)。そんな中で、2004年の春にリリースされた「春咲センチメンタル」は、Plastic Treeの相反する二面性の“狂気”ではないほうのイメージに、《あざやかな色で音をたてて櫻が咲く》という表現を体現しているかのようなピアノのメロディーラインと竜太朗の声が合わさって、切ないながらも春の訪れに眩く空を仰ぎたくなるような、そんな微かな、とっても微かな希望の光みたいなものを感じられる曲だなと。春になると聴きたくなるお気に入りです。一番のセンチメンタルポイントは、《祈る手に花びらです。君に触れたようです。》。これがグッとキタ人は、ぜひプラトゥリの他の曲も…って、何の宣伝だ(笑)。
■「チェリー」(’02)/Vivid
はじめに、2015年に解散したViViDではありません。あまりないことだけど、同じバンド名が別にもいて(苦笑)こちらが元祖ヴィヴィッドです!と、前置きしたところで…Vividの最後のシングルとなった「TV・スタアの悲劇」にカップリングとして収録され、リリースタイミングで行われた『実写版 TV・スタアの悲劇』と題したライヴでは、本編ラストのこの曲で見事な花吹雪が舞った光景が、とにかく印象的だった「チェリー」。だって、フツーに紙吹雪かと思ったら、ちゃんと花びらの形してるんだよ? 2F席で見てたんだけど、そりゃあもう綺麗で…秘かに花びら持ち帰ったのは言うまでもないです(笑)。MCや歌詞でKeita(Vo)の考え方から発せられる言葉は、私の核の部分にいとも簡単に刺さってきて、眩しかったり苦しくなったり考えさせられたり。この曲でも《終わりの始まり》と《始まりの終わり》なんて表現が出てくるけど、それまでそんなふうに考えたことなくって、Keitaのひたむきな繊細さに切なくなってみたり、次の《桜咲く季節までに》は…と、いろんな想いを馳せたものでした。それからひとつ、この曲の作曲者であるyu-jin(Gu)が2013年、東京でも珍しい大雪の降った日、その灰色の空に旅立ちました。お別れの時、唯一彼に持たせてあげたCDがこの「チェリー」だったそうです。同じ空気を吸って同じ時間を過ごした、メンバーは永久不滅の同期の桜、5つに並んだチェリーそのものだったなと、今でも眩しく思うのです。
■「Sakura」(’14)/INORAN
人間の感情とか言葉の持つ意味って、辞書でひいたように分かりやすいものばっかりじゃなくって、一周巡って辿り着ける感覚的なものだったり、そのものの意味というよりは、そこに“持たせた意味”なんてこともあるのだと思う。2014年にリリースされたミニアルバム『Somewhere』の最後に収録されているこの曲、“Sakura”というドストレートなワードを用いつつも、特段春っぽいメロディーでもなければ、《花の匂い》という表現以外には“Sakura”らしさは見当たらない。だけど、“いつか、桜咲くこの季節を歌う曲を作りたい”というINORANの想いは、MVを観ていたら逆に真っ直ぐに届いたような気がしたのです。夏があって秋があって冬があるから、桜咲く春がやってくる。そして、どんな季節もどんな場所に居ても、焦がれるものがある。繰り返す穏やかな時の中で、心の真ん中で確かに生き続ける想いとともに旅を続ける…それって何より心が強くなれる、そして未来に光を探したくなる源なんじゃないかな、と。この曲のメロディーがINORANの携帯に残された2011年3月11日から8年、希望のSakuraは時がどれだけ流れたって、きっと胸ん中で香しく咲き誇ってくれているはず。
TEXT:K子。
K子。プロフィール:神奈川・湘南育ち。DIE IN CRIESで“音楽=音を楽しむ”ことを知り、好きな音楽の仕事がしたい!とOLをやめてオリコン株式会社に9年所属。どっぷりの反動で旅行業界に転職後、副業で旅・エンタメ関連のWEBで執筆するも、音楽への愛が止められず出戻り人に。愛情込めまくりのレビューやライヴレポを得意とし、ライヴシチュエーション(ライヴハウス、ホール、アリーナクラス、野外、フェス、海外)による魅え方の違いにやけに興味を示す、体感型邦楽ロック好き。
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