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KENZI & THE TRIPSの傑作『Kangaroo』に見る奇跡的タイミングで生まれた絶妙なバランス感覚

2018年12月、デビュー35周年記念アルバム『時代がフザケテル』をリリースした八田ケンヂ。現在、ワンマンツアー『時代がフザケテル 2019』を決行中だ。八田ケンヂと聞いてピンと来ない人でも、KENZI & THE TRIPSのヴォーカリストと言えば分かってもらえるのではなかろうか。1980年代半ば人気を博した伝説的パンクバンドである。今週は、2019年で発売からちょうど30年目にも当たる彼らの傑作アルバム『Kangaroo』を取り上げる。

■レジェンドにも影響を与えた パンクバンド

パンク黎明期の伝説的存在であるアナーキー、THE STAR CLUB、THE STALIN。さらには、1980年代半ばにインディーズブームをけん引したLAUGHIN’ NOSE、THE WILLARD。日本のパンクシーン初期を振り返る時、欠かすことのできないバンドがいくつかある。いずれも邦楽ロックの歴史にその名を残す、まさにレジェンドと言っていいが、間違いなくKENZI & THE TRIPSもそのひとつだ。1984年、KENZI名義でシングル「LEOSTAR8/BAILEY」をリリース。粗削りだが、それ故にむしろパンクを感じさせるそのサウンドが、当時ようやくその呼称が定着しつつあった“インディーズ”シーンにおいて話題となり、その翌年1985年には1stアルバム『BRAVO JOHNNYは今夜もHAPPY END』を発表。その頃のライブハウスシーンの中心に躍り出た。

こんな話を聞いた。結成間もないTHE BLUE HEARTSがKENZIと対バンをした時、甲本ヒロト(Vo)はKENZI(Vo)の履いている破れたジーンズを見て、“何でそんな破れたジーンズを履いて…”と言ったとか。しかし、その後、ヒロトはKENZIを真似て破れたジーンズを着用するようになったという。本人たちに直接聞いたわけでもないので真偽のほどは定かではないし、仮にそうだとしてもこれが即ちKENZIがヒロトに多大な影響を与えたミュージシャンだ…ということにはならないだろうが、当時のKENZIの人気を知る人には“さもありなん”と思わせるだけの話ではあろう。

また、筋肉少女帯の大槻ケンヂ(Vo)の名前は、KENZIのカタカナ表記である“ケンヂ”を真似たものだという。オーケンは1966年生まれ、KENZIは1964年生まれとほぼ同世代で、オーケンのほうがインディーズでのデビューが若干早いにもかかわらず…である。これも噂話のひとつなのかもしれないが、KENZIが1980年代半ばのロックシーンにおけるインフルエンサーであったことを示すエピソードだと思う。

1987年にはKENZI & THE TRIPSを結成して(ていうか、それ以前からバンドスタイルではあったので、名称変更と言ったほうがいいか)、Paul Ankaのカバー曲であるシングル「DIANA」、アルバム『FROM RABBIT HOUSE』、でメジャーデビュー。その人気と知名度を拡大させていく中、『SWEET DREAMS,BABY!』(1988年)を経て辿り着いた作品が『Kangaroo』(1989年)である。

■30年経っても古びた印象がない音像

本稿作成のため、凡そ30年ぶりに『Kangaroo』を聴いて、素直に驚いた。まず、音がいい。古びた感じがないのだ。正確に言えば、さすがに80年代らしさは隠せなかったりするのだが、全体に籠った感じがないというか、いなたくないというか、各楽器の音像がクリアなのである。たぶん、まったく知らない人に聴かせたら、2010年代のパンクバンドの音源と思う人がいてもおかしくないのではなかろうかと思う。

4人の音のバランスもすこぶるいい。バンドであっても、歌とギターが前面に出て、ベースはそれほど目立たないといったような作りの作品もなくはない中、この均衡はなかなか小気味いい。アルバムのジャケ写通りのバランスと言える。誰かが突出しているわけじゃなく4人が均一なのだ。アレンジの巧さも手伝って存在感を際立出せていることに成功しているベースラインもさることながら、ヴォーカルの塩梅もいい。甲高い上に独特の揺らぎがあるKENZIの歌声はそれだけでも特徴的なのだが、パンクのマナーに則しているのか、Sex PistolsのJohnny Rotten(Vo)に似た、喉から音を絞り出すような歌唱。バンドサウンドとの融合が難しい局面もあるのでは…と素人考えながら個人的には思ってしまう代物なのだが、歌だけが浮くわけでも埋もれるわけでもなく、楽曲の中での音量が絶妙なのである。ディレイもいい具合だ。彼の天性の歌声を糊塗するわけでも、歌を平板にするでもない、本当にちょうどいいと思う。

この辺はエンジニアの確かな手腕があってのことであるのは間違いないが、歌に関しては優れたメロディーセンスが備わっていたからに他ならないであろう。いいメロディーがあればこそ、ことさらそれを前に出し過ぎずとも聴く人の耳に歌が入ってくるし、エフェクトにも耐えられる。具体的に見てみよう。M1「カンガルー」、M3「SKY TRIP」、M5「WORK AWAY」、M7「GOOD MORNING」。この辺りではキャッチーなメロディーのリフレインを聴くことができる。パンクというよりもR&Rの基本と言える。いつの時代も万人がカッコいいと感じるロックがそこにある。速いビートに乗せているのはライブバンドの面目躍如でもあろう。インディーズ時代から続くKENZI のスタイルを体現しているとも言える。

一方で、勢いだけじゃなく、叙情的な歌メロも取り込んでいるのが『Kangaroo』の特徴でもある。Sex Pistols「Anarchy In the U.K.」のイントロをそのまま引用しつつも、Bメロ、サビでは日本的と言える旋律を聴かせるM2「これしかBABY」。全体的な聴き応えは意外なほどにポップであるのだが、音符への言葉の乗せ方がフォークソングにも似た印象のM6「ANOTHER BIRTHDAY」。ピアノとブラスが入り、R&B的な匂いも漂うミディアムナンバーM9「マイ・ペース」。この辺のメロディーに叙情性を見出せるが、何と言っても最注目はM8「滑るように眠る」であろう。スリリングな演奏が素晴らしいレゲエナンバーで、レゲエと言ってもジャマイカンのそれではなく、日本的と言っていいウェット感を見事に融合。アルバムの奥行きを増しているだけでなく、KENZI & THE TRIPSが単なるパンクバンドではないことを示すに十分な楽曲ではある。

話は前後するが、こうした多彩なメロディーは、もちろん多彩なサウンドがあってこそ成立する。M8「滑るように眠る」、M9「マイ・ペース」は前述の通りだが、上記でR&R、パンク系と述べたナンバーですら一様ではない。M3「SKY TRIP」は所謂A~B~サビという構成もあってか、ビートロック、ビートパンクと呼んだほうがしっくり来るし、M3「SKY TRIP」の逆にAとBで構成されたM5「WORK AWAY」はドンタコのリズムでブラス入り。かと思えば、M7「GOOD MORNING」では、ヴォーカルにしてもギターにしてもいかにもニューウェーブ感のある音作りが成されていたりと、基本はバンドサウンドではあるものの、そのバリエーションは豊富だ。M6「ANOTHER BIRTHDAY」の間奏ではおそらくキーボードであろうが、サイケデリックな音色を取り込んだりもしている。一言で言えば、バラエティー豊かなロックアルバムと言える。

■活動休止の要因が隠された歌詞

KENZI & THE TRIPSとなって2年目、3作目にして彼らは実に充実した作品を完成させたわけだが、本作リリース後、バンドは活動休止。KENZIはソロ活動を再開し、メンバーであった上田ケンジ(Ba)と佐藤シンイチロウ(Dr)はthe pillowsを結成することとなる。つまり、KENZI & THE TRIPS(第一期)はここで解散となった。

筆者は1990年、ソロアルバム『ゴチャマゼのスープ』が発表されたタイミングでKENZIにインタビューをさせてもらったことがある。その時の彼はとてもテンションが低くて口数も少なく、インタビューを進行させるのにかなり四苦八苦した。ほとんど盛り上がらないまま取材が終了したのち、同行したスタッフのひとりが“『Kangaroo』が充実しまくった作品だっただけに、バンドをやり尽くした感があったんですかね?”といった主旨の話をKENZIに振った。彼は力なく、“そうかも…”みたいな答えをくれた記憶がある。その時の印象から、あのメンバーでのKENZI & THE TRIPSは『Kangaroo』でひとつ結実したのだと勝手に決めつけていたのだが、今回この原稿を作成するためにあれこれ調べていたら、どうもそういうことだけでもないらしいことが分かった。

詳細は、『八田ケンヂOFFICE SITE』のKENZIが自分の詞に込めた思いを伝えるコーナー“KENZI’S EYE”に残る“FREEニキメチマエ”の回に譲るが、1988年頃、KENZIは強いトラウマ体験によるフラッシュバックに襲われていたという。M6「ANOTHER BIRTHDAY」の歌詞はその時のものを綴ったものだと本人が記している。

《午前0時僕は一人疲れきった体を横たえる/誰も知らない胸の痛みを少しでも抑えようと必死だった》《バースディ足音が近づいてくるよ/お前を待ってるくせに素直になれない/バースディ今すぐにでも会いたいけど/止まらない震えは毒にもならない》《あふれだした涙のわけ 君はなにもかも僕の全てを知っていたさ》《当時僕は弱り始め期待はなく不安だけを感じていた/誰か想う余裕もなく手に届くものならばすがりついてた》(M6「ANOTHER BIRTHDAY」)。

パンクらしい反骨心全開のM1「カンガルー」や、ツアーバンドの所信表明とも言えるM2「これしかBABY」辺りと比較すると、明らかに内向的で、パッと聴いただけでは意味がよく分からない。

《LET’S PUNK いつでも目つきは反抗的/LET’S PUNK 怒りと勇気が満ちあふれてる》《関係ないのさ ほっといてくれ/ピョンピョン跳ねたり 袋に逃げ込むのはゴメンさ》(M1「カンガルー」)。

《ただお前の町に行って/ただ楽しくなりたいだけで/ただそれだけの事で俺たちいるのさ》《金の為じゃない これしかBABY/できないだけ/金の為じゃない これしかBABY/やれないだけ》(M2「これしかBABY」)。

上記2曲には彼らがライブステージで見せていたような明朗快活なイメージはあるけれども、M6「ANOTHER BIRTHDAY」にはそれがない。フラッシュバックを描いたものと聞けば納得ではあるし、ドラッギーな体験を歌詞に反映させた点は素直と言えば素直と言える。また、こうした作風が作品に深みを与えていることも間違いないであろう。しかし、そうした当時のKENZIの行動がバンドを止める要因になったことも、これまた間違いなく、本人もそれを認めている。少なくともKENZI以外のメンバーはあのままバンドを続けていくことは難しかったと思われる。

『Kangaroo』の収録曲はほぼKENZIと上田ケンジとで作られたもので、のちにthe pillowsを結成し(1992年に脱退)、著名なアーティストのプロデュースやツアーへも参加している上田ケンジが頭角を現したアルバムとも言える。そうしたことも考えると、多くの名盤がそうであるように、『Kangaroo』もまた奇跡的なタイミングで生まれた作品と言えるのだろう。

『ゴチャマゼのスープ』発売時にダウナーなKENZIに取材させてもらってから凡そ10年後(はっきりと覚えてないのだが、たぶん2000年は過ぎていたように思う)、再びKENZIに取材する機会を得た。今度は『ゴチャマゼのスープ』の時とは真逆で、KENZIは実に朗らかに受け答えしてくれたので、取材後に“以前、お会いした時とは別人のようですね?”と伝えると、さすがに詳しい話の内容は失念したが、“あの頃、一番精神状態が良くなかった”と苦笑いながら話をしてくれた。今になって思えば、あの時はトラウマを克服しつつあったのだろう。そこからさらに10数年。何度かの活動再開を経て、2014年には(ほぼ)初期ナンバーでのKENZI&THE TRIPSも披露した。紆余曲折あったが、現在のソロでの活躍ぶりを見ても、KENZIは完全復活したと言える。

TEXT:帆苅智之

アルバム『Kangaroo』

1989年発表作品

<収録曲>

1.カンガルー

2.これしかBABY

3.SKY TRIP

4.MAXIMUM DRIVE

5.WORK AWAY

6.ANOTHER BIRTHDAY

7.GOOD MORNING

8.滑るように眠る

9.マイ・ペース

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