ザ・ローリング・ストーンズのアメリカン・ルーツ系ロック作品としては、68年の『ベガーズ・バンケット』から73年の『山羊の頭のスープ』までがそれに当たる。初期のR&Bやブルースをバックボーンにしたサウンドと比べると、この時期はカントリーテイストが増し、スワンプロックグループといっても過言ではないが、この時期のサウンドを精神面で支えていたのがグラム・パーソンズである。グラムはバーズの『ロデオの恋人』(‘68)に参加し、カントリーロックを創り上げた人物として紹介されることが多いが、彼の狙いはカントリーとソウルをミックスしたオルタナティブな音楽を生み出そうとしたところにある。今回紹介する『グリーヴァス・エンジェル』は、彼のソロ2作目かつ遺作となった名盤中の名盤で、エミルー・ハリスが脚光を浴びるきっかけになったアルバムでもある。
■ジョン・デンバーの来日
僕がまだ大学生だった1981年、友達に「ジョン・デンバーの来日コンサートのチケットあるけど、行かない?」と誘われたのだが、ロック好きの僕はフォークにはあまり興味がなかったから、その時は用事があるからと断った。それから何日か経って、その来日公演に同行するバックミュージシャンが書かれたフライヤーを目にして動けなくなった。そこには、ギター=ジェームス・バートン、ピアノ=グレン・D・ハーディン、ドラム=ハル・ブレイン、バックヴォーカル=ハーブ・ペダースン、レニー・アーマンドなどが載っていた…。
ロックを愛好している人間(特にアメリカのロック)にとって、ミュージシャンズ・ミュージシャンというか、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジョン・ボーナム(レッド・ツェッペリン)といったスターにとっても憧れの存在であるスーパーアーティストたちが来るのだ。これは断っている場合じゃないぞと、すぐに友達に「行く!」と伝えた。大阪公演は大阪府立体育館(現エディオンアリーナ大阪)で2日間にわたる日程であった。その友達は府立体育館の関係者だったので、1日目のリハから潜り込むことに成功(誰にも文句は言われなかったので、当時は主催者が寛大だったのだと思う)、サインしてもらうために自分の使っていたギターを持参した。
リハが始まると、映像で観たことのある顔が次々にステージに現れ淡々と進行していく。僕は思い切って、憧れのジェームス・バートンに「自分のギターを持ってきました。サインしてください」と声をかけた。すると、神バートンは僕のギターを使って数曲リハをしてくれた上、美しいサインを書いてくれたのである。リハが終わると、彼らが宿泊しているホテルを教えてくれ「今晩、ライヴが終わってから来てもいいよ」とまで言ってくれたのだ。人生、最高の日である。
そして、ライヴが終わってから宿泊先に行くと、ほぼ全員がホテルのロビーに集まっていたので、まずはバックヴォーカルのレニー・アーマンドに「あなたのソロアルバム『レイン・ブック』を愛聴しています」と声をかけると、「え、あのアルバム買ってくれたのは私の母親とあなただけよ」と大笑い。もうひとりのヴォーカリストのハーブ・ペダースンにはウエストコーストロックについての質問を投げかけると丁寧に答えてくれ、積年の謎がいくつか解けたので嬉しかった。こんなふうに書くと英会話が普通にできるみたいだけど、実は通訳の人がなぜかついてくれていたのだった。
ジェームス・バートンにもサインをもらおうと、彼が参加した50枚ほどのLPも持参していたのだが、彼は1枚1枚ジャケットを見ながらサインを書いてくれた。中には覚えていないものもあるようで、ジャケットを何度も見直して首をかしげていたのには笑ってしまった。
■グラム・パーソンズのこと
そして、今回取り上げるグラム・パーソンズの本作『グリーヴァス・エンジェル』を取り出すと、バートンは「このアルバムは素晴らしい! 僕の参加した数々のセッションの中でも記憶に残る名盤だね」と言って、とりわけ丁寧にサインしてくれたのだ。エルヴィス・プレスリーやリッキー・ネルソンといった大物シンガーのバックを長いこと勤めたバートンにとって、ヒットもしていないグラム・パーソンズの作品が心に残っているとは、僕にしてみれば思いもしなかったことなので驚いたのだけれど、同時に本作が如何にエポックメイキングな作品であったかを再認識したのである。
グラム・パーソンズはバーズの『ロデオの恋人』に参加し、カントリーロックの礎を築いた人物として知られているが、ストーンズのミック・ジャガーやキース・リチャードにアメリカン・ルーツ音楽の素晴らしさを伝授した(それはカントリーばかりでなく、サザンソウルもまた然りである)ことでも大きな役割を果たしたと言えるし、デラニー&ボニーやレオン・ラッセルといった本物のスワンプロッカーにも大きな影響を与えているのは、グラムのルーツ音楽に対する視点が独特であったことの証であろう。
グラムはインタビューで「僕は南部で育ったんだけど、黒人のゴスペルと白人のカントリーをジャンル分けするのは違うんじゃないかと思う。僕にとってはどちらも音楽なんだ。良いか悪いか、好きか嫌いか、それだけだよ」と答えていた。これはデラニーやレオン・ラッセルのスタンスと同じものだ。違うのは、グラムの音楽がよりやさしく南部っぽいところかもしれない。ダン・ペン、マーク・ジェームス、ジム・ウェザリー、ビリー・スワン、ジョー・サウスらのような、一見白人ポップスのようでいて、奥には黒人や白人を超えた共通のソウル感覚があるのだ。このアメリカーナ的なオルタナティブ感覚が、90年代以降のミュージシャンにも支持された所以であり、グラムの精神はエミルー・ハリスをはじめとして、ダニエル・ラノア、ジョー・ヘンリー、T・ボーン・バーネットといった敏腕プロデューサーにも受け継がれている。また、グラムに強い影響を受けたドン・ウォズがブルーノート・レコードの社長に就任してからは、ジャズ専門レーベルのはずがアメリカーナ的スタンスのアルバムのリリースが続いているのだ。
■本作『グリーヴァス・エンジェル』 について
グラムがドラッグのオーヴァードーズで亡くなったのは73年9月で、本作がリリースされたのは1974年1月だから、残念ながらグラムはジャケットすら見ずに逝ってしまったわけだが、本作に収録された9曲はどれも渾身の傑作である。スタイルとしてはウエストコーストロック寄りのカントリーである。しかし、ここにはグラムの言葉通り、ジャンル分けなどする必要のない“良い音楽”がぎっしり詰まっている。チャートの結果はビルボード195位止まりだが、本作を一度でも聴けば最高の内容だということが分かってもらえると思う。
バックを務めるのはジョン・デンバーの来日公演に同行したジェームス・バートン、グレン・D・ハーディン、ハーブ・ペダースンをはじめ、アル・パーキンス、エモリー・ゴーディ・ジュニア、ロン・タット、バーニー・レドン(イーグルス)、リンダ・ロンスタットら、錚々たるメンバーたち。そして、本作最大の収穫がエミルー・ハリスの瑞々しい歌声である。のちにハリスはグラミー賞14回受賞など華やかな成功を収めるが、そのスタートは本作からであり、グラムの最大の理解者として、彼の哲学を体現し深化することで、今ではグラムを超える存在となった。グラムとエミルーが一緒にリードをハモる姿はコーラスの新しいかたちであり、普通の男女デュオとはニュアンスの違うところが聴き物になっている。
なお、ストーンズの「ワイルド・ホーセズ」とイーグルスの「マイ・マン」は、どちらもグラム・パーソンズのことを歌ったものである。彼のトリビュート盤も数枚リリースされているが、中でもエミルー・ハリスがプロデュースした『Return Of The Grievous Angel』(‘99)は、エルヴィス・コステロ、シェリル・クロウ、クリッシー・ハインズ、ベック、エヴァン・ダンドウ、ウィルコら、グラムに影響されたアーティストたちが参加しており、内容も素晴らしい。
で、最後にジョン・デンバーの来日に話を戻すと、ジェームス・バートンは自分の使っているピックとギターの弦を僕にたくさんくれ、帰ろうとした時、それまで話もしなかったジョン・デンバー本人が小走りでやってきて、「明日のチケットを進呈するので、また観に来てください」という夢のような展開になった。そんなわけで、もちろん次の日も大好きな(!)ジョン・デンバーのコンサートを観に行ったのである。
まだグラム・パーソンズを聴いたことがないなら、ソロ1枚目の『GP』(‘73)でも本作『Grievous Angel』でもいいので、ぜひ聴いてみてほしい。きっと新しい発見ができると思う♪
TEXT:河崎直人
アルバム『Grievous Angel』
1974年発表作品
<収録曲>
1. リターン・オブ・ザ・グリーヴァス・エンジェル/Return of the Grievous Angel
2. ハーツ・オン・ファイア/Hearts on Fire
3. アイ・キャント・ダンス/I Can’t Dance
4. ブラス・ボタンズ/Brass Buttons
5. $1000ウェディング/$1000 Wedding
6. メドレー・ライヴ・フロム・ノーザン・ケベック/Medley Live from Northern Quebec
(a) キャッシュ・オン・ザ・バレルヘッド/Cash on the Barrelhead
(b) ヒッコリー・ウィンド/Hickory Wind
7. ラヴ・ハーツ/Love Hurts
8. ウー・ラスヴェガス/Ooh Las Vegas
9. イン・マイ・アワー・オブ・ダークネス/In My Hour of Darkness
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