7月2日、桂歌丸師匠が旅立たれました。本音を言えば哀悼の意を込めてApple MusicやSpotifyで聴ける師匠の落語をご紹介したいところですが、それは他媒体さんで書くことにして、ここでは噺家さんの出囃子の話をします。
出囃子というのはとどのつまり入場曲のことで、野球やプロレスでは既存の音源をそのままかけるわけですが、寄席ではお囃子のお姐さん方の三味線と前座さんの太鼓で演奏され、時折これに鐘や笛が合わさったりもします。本来ですと唱歌や童謡、民謡、端唄などから選出するのがセオリーですが、現在落語家さんは全国に約900人いるそうで、そうなるとちょっとした変化球を投げてくる方も出てくるのです。
今回はそんな楽曲を紹介します。余談ですが、歌丸師匠の出囃子は「大漁節」でした。イントロの三味線の和音に観客の万雷の拍手が重なると跳ねる魚体や波しぶきを思わせるほどの賑やかさになり、もう寄席であの華々しさが味わえないのかと思うとなお一層寂しさが募ります。
■「Take Me Out to the Ballgame」 (’06)/土岐麻子
100年以上前に作られたアメリカのポピュラーソング「Take Me Out to the Ballgame」で登場するのは、歌丸師匠の兄弟弟子にして、“人の家の晩ご飯食べちゃう人”こと桂米助師匠。野球好きが高じるあまり、古典落語『寝床』を改作した『野球寝床』を十八番としていることでも知られています。世代を超えたスタンダードナンバーなだけに数多のアーティストが歌唱・演奏しているのですが、今回は土岐麻子の2006年のアルバム『WEEKEND SHUFFLE』に収録されているジャジーなカバーをピックアップ。軽やかで明朗な歌声の輪郭を際立たせるようなピアノとドラムが、間奏部分に入った途端に遊び心たっぷりのジャムセッション的なプレイを展開するめまぐるしさと伸びやかさが痛快です。
■「デビー・クロケットのうた」(’00)/ルイ・アームストロング
歌丸師匠が会長を務めた落語芸術協会の理事にして、デキシーバンド“にゅうおいらんず”ではトロンボーンを担当する春風亭昇太師匠の出囃子は「デビー・クロケットのうた」。ナカグロがあったりなかったり、“デビー”と表記していたり、末尾に“うた(歌、唄)”とついていたりいなかったりと、編集業泣かせのカントリーソングです。ルイ・アームストロングがカバーしたバージョンは、ホーンとピアノとハスキーでスモーキーな声で潤色されたジャズナンバー。原曲の軽妙は軽妙な歌唱が小気味良いのですが、こちらはルイの対話や呼びかけのようなヴォーカリゼーションで五線譜から逸脱し、骨太な躍動感と立体感が打ち出されていく快感と優雅さに身を委ねたくなります。
■「You are my sun shine」(’16) /ジャスミン・トンプソン
林家木久扇師匠のお弟子さんである林家ひろ木師匠の出囃子は「You are my sun shine」。こちらも“誰のものでもあって、誰のものでもない”ポピュラーソングが原曲なので多数のミュージシャンがカバーしているのですが、今回は2000年生まれのシンガーソングライター、ジャスミン・トンプソンが2016年にリリースしたバージョンをチョイスしました。硬質で無駄のない運指のアルペジオで編み込まれるエレアコの音色が幽玄的な異世界を敷衍し、晴れ前の覗く薄雲を思わせるウィスパーヴォイスが雑音を消し去り、この3分足らずの楽曲、ベッドの上で演じられる歌にどれほどの魔法があるのだろうと考え込む時間の贅沢こそ音楽の醍醐味なのかもしれません。
■「ケロッと!マーチ」(’04) /角田信朗&いはたじゅり
アラサー世代のオタクたちの過半数が基礎知識として吸収していたであろう『ケロロ軍曹』の初代主題歌をチョイスしたのは、落語協会の二つ目・柳家かゑるさん。あまりにもストレートな選曲に清々しさすら覚えますし、三味線は弦が3本なので鳴り物の姐さん方がどうアレンジしているのかも気にかかります。格闘家・角田信朗になぜか搭載された豪奢な歌唱力、いはたじゅり名義で参加した井端珠里のキュートな歌声、マーチングバンドの荘厳な演奏、そして昔はひたすらナンセンスなだけに思えたのに、加齢によってペシミズムすら感じられるようになった歌詞と、陰陽の配分がしっちゃかめっちゃかな破壊力で許されるところに “アニメソング”の懐の深さが回見えますし、もう次の元号は“ケロロ”でいいです。
■「イエロー・サブマリン音頭」(’99) /金沢明子
川柳つくし師匠の出囃子は「イエローサブマリン」でして、おそらくザ・ビートルズの「Yellow Submarine」を意味すると思われますが、盆踊りの季節なので金沢明子の「イエロー・サブマリン音頭」を紹介します。ブリティッシュロックの始祖・ビートルズと日本の音頭の親和性の高さを一体誰が予想できたでしょう。できた人がいたからこそこんなカバーが誕生したのですが。空疎な笑いと牧歌的なふりをしてシニカルな暗喩をはらんだあの曲が、「脳天の突き抜ける民謡の歌唱と訳が放棄された和洋折衷の歌詞と和楽器とホーン隊と原曲のアレンジを踏まえてみた上で料理してみたら意外と美味かった」というようなジャンク感で病みつきになります。支離滅裂で大胆不敵なように見えて、原曲へのリスペクトもきっちり伝わってくる小憎らしさがたまらないのです。
TEXT:町田ノイズ
町田ノイズ プロフィール:VV magazine、ねとらぼ、M-ON!MUSIC、T-SITE等に寄稿し、東高円寺U.F.O.CLUB、新宿LOFT、下北沢THREE等に通い、末廣亭の桟敷席でおにぎりを頬張り、ホラー漫画と「パタリロ!」を読む。サイケデリックロック、ノーウェーブが好き。
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