ザ・バンドの『ロック・オブ・エイジズ』は1971年12月28〜31日まで、ニューヨークのアカデミー・オブ・ミュージックで行なわれた年越しコンサートの模様を収録したライヴアルバム。本作は、オールマン・ブラザーズの『アット・フィルモア・イースト』(’71)、ジョニー・ウインター・アンドの『ライヴ』(’71)、クリームの『ライヴ・クリーム・Vol.2』(’72)、リトル・フィートの『ウェイティング・フォー・コロンブス』(’78)などと並ぶロック史上に燦然と輝くライヴアルバムの名盤であり、難解だと思われているザ・バンドのアルバムの中でも分かりやすいと思うので、これからザ・バンドを聴いてみようという人にはちょうど良いアルバムだろう。
■ザ・バンドというジャンル
ザ・バンドはデビューした68年からこれまで、ルーツロック、アメリカンロック、スワンプロック、カントリーロックなど、彼らの音楽を説明するのにさまざまなジャンルに押し込められてきた経緯がある。しかし、少なくとも彼らの音楽はジャンルという狭い枠には当てはまらない。
メンバー5人(うち4人がカナダ人)が幼い頃から聴いていた音楽は、カントリー、ブルース、ロックンロール、ロカビリー、R&B、ソウル、ゴスペル、ブルーグラス、フォーク、ジャグバンド、オールドタイムなど、確かにアメリカのポピュラー音楽の根っこにあるルーツ系音楽だ。ただ、彼らの作り上げた音楽は、それらの輪郭が分からないぐらい混ぜ込んで、まったくのオリジナルなサウンドを作り上げているのだ。僕は彼らの音楽に魅せられてから、すでに45年以上が経過するのだが、その独特のソングライティングや演奏のカラクリがどうしても理解できないのである。他の誰にも似ていない、まったく新しい形態の音楽を生み出したのがザ・バンドというグループなのだ。だから、僕は“ザ・バンド”というグループそのものがひとつのジャンルだと考えている。
■ザ・バンドの不思議なデビュー
長いロックの歴史の中で最も大きな収穫が彼らのデビューだと僕は思う。大袈裟だという人がいるかもしれない。しかし、彼らのリリースしてきたアルバム群(解散前に出した『アイランド』(’77)は凡作)は、どれもロックという狭い世界では語れないほどの高い完成度である。もはや、人間国宝の域に達しているといってもいいだろう。僕はロックもソウルもブルースもカントリーもジャズも音楽なら何でも好きだが、なぜいろんなジャンルの音楽を聴くのかというと、それは単に“ザ・バンドを超える音楽を探すため”のような気がしている。それだけ彼らの存在は大きい。
エリック・クラプトン、ジョージ・ハリスン、はっぴいえんど、はちみつぱい、ムーンライダース、ジョン・スコフィールド、ビル・フリゼル、イギリスの多くのパブロック・グループ、メデスキ、マーティン&ウッドなど、ザ・バンドを敬愛し音楽的にも影響されているミュージシャンは少なくないが、残念ながら誰もザ・バンドの域には到達していない。
68年にリリースされた彼らのデビュー作『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』は商業的成功などまったく考えていない、いわば芸術的スタンスで制作された作品だ。これが世に出たこと自体、不思議なことである。プロデューサーを含め、レコード会社(キャピトル)も売れるとは考えていなかっただろう。しかし、彼らの音楽は売れようが売れまいがリリースしなくてはいけないという、芸術家にとってのパトロン的な意識が働いたとしか思えない。当時のレコード会社には、良いものを分かっている人がちゃんといたんだという証だと思う。
■時代をまったく無視した音作り
彼らがデビューした60年代末はロックの多様化が進み、『ウッドストック』などの大きなロックフェスも登場してきた時代。ベトナム戦争の激化や人種差別などの社会問題も関係して、若者と大人は断絶していた。「30歳以上は信じるな」という言葉が流行り、若者の閉塞感や怒り(もちろん若者の甘えは多々あったが)をロックが代弁していた時代でもあったのだ。
こういう時代にザ・バンドはデビューした。『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』のジャケットでは、見開きの左側には西部劇に出てくるような田舎くさい髭面のメンバーが写っており、右側には同じくメンバーの祖父母や両親など家族の集合写真がある。僕がこのアルバムを手にしたのは中学3年(72年)で、当時の印象は白黒の西部劇を観ている感じであった。これは流行や時代にはまったく関心がないという意思表示であろうし、良い音楽を追求するというスタンスの表明であったのかもしれないが、楽曲や演奏にポップな部分がないので、子供である僕にとって、最初は彼らの音楽がまったく理解できなかった。おそらく彼らにとってリスナーがどうこうと言うよりは、自分たちの目指す音楽をストイックに創り上げることだけが命題であったのだろう。そういう意味で、彼らの音楽は大人向けのものであった。それが理解できたのは、何度も何度も聴いてアルバム全曲が歌えるようになった時。それ以来45年以上、まったく飽きることなく彼らのアルバムを聴き続けているのである。
■本作『ロック・オブ・エイジズ』 について
本作、リリース当時はLPの2枚組で、ジャケットの質感をはじめ、三つ折り変形ジャケットの内側に載っている写真も素晴らしく、ジャケットの名作としても挙げたい仕上がりだ。ボブ・ディランの写真もあり、当時は観に来ていたのかなと思っていた。2000年にリリースされたボーナストラック収録版では、ゲスト参加したディランの歌がちゃんと収められている。
本作は彼らの5枚目となるアルバムで、それまでの4作から選ばれた13曲と未収録(ライヴではよく演奏していた)だったナンバー4曲を合わせ、全17曲を収録している。本作の特徴としては、ライヴ盤であるにもかかわらず録音状態が良く、ミキシングも抜群に巧いため、演奏の臨場感が素晴らしい。ゲスト参加のホーンセクションはジャズ(当時フリー系の一流どころを揃えている)のフィールドから5名が参加、最高の演奏を聴かせている。ホーンアレンジと指揮はニューオリンズの大御所、アラン・トゥーサンが担当、前作の『カフーツ』(’71)で既にザ・バンドとの付き合いがあったためか、実にザ・バンドらしいホーンアレンジとなっている。アメリカのルーツ系アーティストなら南部で活動しているメンフィスホーンズなどを使うのが普通であるが、このへんがザ・バンドのワン・アンド・オンリーたる所以でもある。ただ、僕は本作のホーンアレンジはアラン・トゥーサンではなく、メンバーのガース・ハドソンだと個人的には考えている。トゥーサンは最終チェック程度のような気がするのだが…。
ロビー・ロバートソンの乾いたテレキャスター、リック・ダンコの跳ねるフレットレス・ベース、レヴォン・ヘルムの重いけどタイトなドラム、リチャード・マニュエルの枯れたヴォーカル、そしてほぼ全員のコーラス、そのどれもが素晴らしいのだが、やはりガース・ハドソンのピアノとオルガン(サックスも)は絶品だと再認識させられる。彼のすごいプレイはそれだけに耳をすませて聴いてみると、ゴスペルやR&Bというよりはプログレに近い演奏なのだが、本作に収められた7分半の即興独演「ジェネティック・メソッド」では、アイリッシュトラッド的な香りや前衛音楽寄りのスタンスが感じられる名演が聴ける。
彼らのアルバムは、デビュー作の『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』(’68)、2ndの『ザ・バンド(俗称ブラウンアルバム)』(’69)、3rd『ステージ・フライト』(’70)、4th『カフーツ』(’71)、本作『ロック・オブ・エイジズ』(’72)、6th『ムーンドッグ・マチネー』(’73)、7th『南十字星(原題:Northern Lights – Southern Cross)』(’75)までは、どれも完璧な仕上がりで、僕はどれもがアメリカ音楽の至宝だと確信しているが、本作に収録された曲はどれもザ・バンドの代表曲と呼べるものばかりで名曲揃いなだけに、ザ・バンドの入門作品としてはこの『ロック・オブ・エイジズ』が最も適したアルバムだと思う。
TEXT:河崎直人
アルバム『Rock Of Ages』
1972年発表作品
<収録曲>
1. イントロダクション/INTRODUCTION
2. ドント・ドゥ・イット/DON’T DO IT
3. キング・ハーヴェスト/KING HARVEST (HAS SURELY COME)
4. カレドニア・ミッション/CALEDONIA MISSION
5. ゲット・アップ・ジェイク/GET UP, JAKE
6. W.S.ウォルコット・メディシン・ショー/THE W.S. WALCOTT MEDICINE SHOW
7. ステージ・フライト/STAGE FRIGHT
8. オールド・ディキシー・ダウン/THE NIGHT THEY DROVE OLD DIXIE DOWN
9. ロッキーを越えて/ACROSS THE GREAT DIVIDE
10. 火の車/THIS WHEEL’S ON FIRE
11. ラグ・ママ・ラグ/RAG MAMA RAG
12. ザ・ウェイト/THE WEIGHT
13. ザ・シェイプ・アイム・イン/THE SHAPE I’M IN
14. アンフェイスフル・サーヴァント/THE UNFAITHFUL SERVANT
15. カーニバル/LIFE IS A CARNIVAL
16. ザ・ジェネティック・メソッド/THE GENETIC METHOD
17. チェスト・フィーバー/CHEST FEVER
18. ハング・アップ・マイ・ロックン・ロール・シューズ/(I DON’T WANT TO) HANG UP MY ROCK AND ROLL SHOES
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