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福山雅治と似てる?平井堅のヒットを探る「臼井孝のヒット曲探検隊 ~アーティスト別 ベストヒット20」

CD、音楽配信、カラオケの3部門からヒットを読み解く『臼井孝のヒット曲探検隊』。この連載の概要については、第1回目の冒頭部分をご参照いただきたい。ただし、第5回の安室奈美恵からは2017年末までのデータを反映している。

■“無難”と“意外”の 二面性でヒットを量産

平井堅は1972年大阪府生まれ、三重県で育ち。横浜私立大学在学中の1992年にソニーミュージックのオーディションで入賞し、1995年5月13日にシングル「Precious Junk」でデビューしている。同作は人気ドラマ『王様のレストラン』の主題歌に起用され、“ドラマがヒットすれば、主題歌は大ヒットする”というのが常識だった時代に、オリコン最高50位、累計5万枚弱という結果に…。その後、90年代は様々な作品にトライするもTOP100にも入らない不運な時代が続いた。

しかし、事実上ラスト・チャンスとなった2000年の8作目のシングル「楽園」が男性R&Bブームに乗ってヒット。以降、フェロモン全開の優しくソウルフルな作品を何作か続けてヒットし、一気に男性ソロのトップ・アーティストに上り詰める。

■「楽園」のヒットの裏に 見事なヒット・ストーリーあり!

この「楽園」は、ヒットまでのストーリーが見事だ。鳴かず飛ばずの続いた平井ゆえ宣伝予算をかけることができず→(当時)同じ事務所の江角マキコがCM出演を快諾→辛うじてラジオレギュラーのあった北海道を中心に投下した地域限定CMが話題に→そのヒットの予兆をスポーツ紙が大きく掲載→『めざましテレビ』など朝の情報番組が大きく取り上げ全国区へ、といった流れがある。勿論、スポーツ紙への仕込みや、さらにその掲載紙のテレビでの報道など、所属レコード会社や事務所の用意周到な根回しがあっただろう。

しかし、重要なのは、このようにゴールに向けて、様々なスタッフが懸命にプッシュすることで、実際にヒット曲が生まれたという事実だ。2018年現在では1曲のためにCDシングル購入にたどり着く人は滅多にいない事から、レコード会社側もCDを売るためにと1人に何枚も買わせる方に躍起になり、ヒット曲作りがおろそかになっている所も少なからず感じられる。

さらに、2002年に「大きな古時計」のカバー、2004年に「瞳をとじて」で年間シングル1位を獲得し、男女問わず幅広い年代にまで名前が浸透し、2018年まで44作ものシングルをリリースしている。

■福山雅治と平井堅の楽曲は似ている? それとも、まったく異なる?

少し話がそれるかもしれないが、筆者はこれまでCDやライヴのお客様アンケートも分析してきたが、その際「平井堅」と「福山雅治」の掛け持ちファンを目にすることが多かった。そのことを平井堅のファンに話すと「分かる!」と肯定する人が多い一方、「えっ、全然違うのに!」と全否定する人も少なくない。

福山雅治はバラードからロックまで幅広い視点の楽曲を歌いつつも、安定してカッコいい男性像は崩さない王道のポップスだ。これに対し、平井堅はヒットを狙い定めたような泣きのラブ・バラードを歌ったかと思いきや、次の作品でカラオケでまったく歌えそうにないファンキーな楽曲(「Strawberry Sex」や「style」)や卑猥な楽曲(「Strawberry Sex」や「CANDY」)を発表することが多い。

上記の会話に戻ると、平井堅の王道の部分が好きな人は福山との掛け持ちが「分かる!」のであって、ちょっとコアな楽曲が好きな人が「全然違うのに!」となるのかなと、推察している。

更に、2017年は「生きること」をテーマとしたシリアスな歌詞を絶唱する「ノンフィクション」や、2018年にはスクール・カーストを裏テーマとしたという婉曲的な表現に満ちたバラードの「知らないんでしょ?」(パリコレばりの派手な衣装に身を包み、ド派手な帽子を目深に被って椅子に座り、つぶやくように歌唱というTVパフォーマンスも深遠さに拍車をかけていた)と、これまでの作風から更に深みを増した作品も発表しており、ますます唯一無二の存在感を放っている。

「知らないんでしょ?」と同時発売のシングル「トドカナイカラ」も、シンプルなラブ・バラードと思いきや、そのミュージックビデオを観ると、思わず深読みしたくなってしまう。

そうした縦横無尽な音楽活動を続ける平井堅の中で、何がヒットしてきたのかあらためて見てみたい。

■総合1位はCDが週間最高2位ながら 年間1位となった「瞳をとじて」

総合1位は、その小説、コミック、映画、ドラマと関連作品すべてが大ヒットとなった“セカチュー”こと、『世界の中心で、愛をさけぶ』の映画主題歌のシングル通算20作目となる「瞳をとじて」。シングル1位、配信2位、カラオケ1位という、圧倒的な強さだ。

優しく切ないバラードゆえに、映画同様に大切な人を亡くした人へのレクイエムにもなるし、また失恋ソングとして癒す効果もありそう。発売当時は映画公開後もTVで歌唱する度に何度も再浮上を繰り返し、2004年4月の発売ながら翌2005年の春頃までCDチャートでランクインする超ロングヒットに。しかも、週間では最高2位ながら、2004年の年間ランキングでは堂々の1位で、この「(週間)1位を取っていないのに、(年間)1位になった曲」としては1987年の瀬川瑛子「命くれない」以来17年ぶりで、いかに快挙だったかが分かるだろう。平井自身も、当時の年間ランキングを発表する各メディアにて、この年間での1位をとても喜んでいたのが印象的だった。

■総合2位はフジ月9に起用された 80年代アイドル風の「POP STAR」

次に、総合2位は、シングル9位、配信4位、カラオケ3位という安定した強さで2005年のシングル23作目「POP STAR」となった。当時は社会現象になることも多かったフジテレビ月曜9時(いわゆる“フジ月9”)枠のドラマ『危険なアネキ』の主題歌だったことも、ヒットの要因となっているだろう。本作は80年代アイドルも歌っていそうなほど彼の中では最大限に陽気な楽曲で、ミュージックビデオでは平井堅がアフロなディスコ・キングや7:3分けのオジさん、さらには着ぐるみなど、様々な役柄を1人で演じたもの話題となった。

この「瞳をとじて」と「POP STAR」はCD、配信、カラオケのどの部門でもヒットしているが、その他の作品はCD、配信、カラオケのうちいずれかの部門が突出しての上位入りとなっていて、なんと3位から14位まで接戦状態となっている。

これは平井堅が、ともすれば無難な作品でファンを安心させるのではなく、常にファンの予想を裏切るような作品を発表し続けることで、売上が安定しない、しかし、意外な所からヒットが生まれるという表れではないだろうか。

■総合3位はTVパフォーマンスでも 魅了した「ノンフィクション」

その中で総合3位となったのは、2017年の通算42作目となるシングル「ノンフィクション」。CDは1.8万枚と決して大ヒットではないが、配信では25万件超の3位、カラオケでも2位となり、総合3位となった。

本作は社会派ドラマの多いTBS系日曜劇場の2017年4月クールド『小さな巨人』の主題歌に起用されたシリアスなバラードで、主人公の長谷川博己が様々な逆境に追い詰められる際に楽曲が流れ始め、そのやるせない気持ちを代弁するような効果があった。また、TV出演時には片手で大きな花束を抱えながら絶唱し、まるでもう逢えなくなった相手への慕情を綴るようで、このドラマティックな演出からも記憶されるヒットとなったのではないだろうか。特に、同年のNHK紅白歌合戦では、義足のダンサー大前光市が同曲に合わせて一心不乱に踊る姿から、配信やカラオケチャートが再浮上する現象も起こり、本作は今後、上位2作にも劣らぬロングセラーになりそうな気配が漂っている。

■NHK『みんなのうた』に起用された 「大きな古時計」が総合4位に

総合4位は「大きな古時計」。2002年の発売で、当時まだシングルの音楽配信が始まっていなかったこともあり、配信は10万件未満だが、シングルが約77万枚の売上で2位、カラオケではカバーソングゆえに、彼の中では超絶に歌いやすく6位となっている。

本作は、NHK『みんなのうた』に起用されたことがヒットのキッカケだが、平井自身が幼少の頃から大好きだった曲(それゆえ、CDジャケットの時計の絵も、その頃に本人が描いたもの。更には、本作にまつわるドキュメンタリーも好評を博した)で、ライヴでも以前から披露していたこと、物悲しくもどこか温かさの残る楽曲で、平井の声に見事に合致しており、子供には童謡として、大人には上質のバラードとして楽しめることがより大きなヒットになった要因だろう。つまり、作り上げられたストーリーではなく、アーティスト本人のリアルな愛情の深さがヒットに結びついたと考えられる。

■昭和から活躍する大スターにも通じる 1曲ごとに異なったTV演出

総合5位には2016年の40作目となるシングル「魔法って言っていいかな?」がランクイン。同作のCD売上は1.5万枚だが、配信は25万件以上で5位、カラオケでは4位と、こちらも「ノンフィクション」と同様のバランスのヒットとなった。

本作は、綾瀬はるかが出演するPanasonic 4KカメラのCMソングとなっている穏やかなラブ・バラードゆえ、配信やカラオケ部門でじわじわと人気を伸ばした。余談だが、本作をTVで歌う際の平井の自称“梓みちよ風”という艶のある茶系統の衣装や、巨人となった平井が街に虹を描くという構図のジャケットにもこだわりを感じさせる。楽曲ごとに全く異なる衣装や髪型、ジャケットでその世界を徹底的に体現しようとする姿勢は、昭和から活躍する大スターの沢田研二や中森明菜に通じるものがある(そういえば、平井堅は『ザ・ベストテン』にて中森明菜がご機嫌なのか不機嫌なのかを毎週追っていたほど、歌番組が好きだったという事をよく語っている)。

また、本作がヒットしたのは、現代社会において自分を歪ませなければ生きられない自分との葛藤を激しいダンスビートのリズムに乗せて歌うという「グロテスク feat. 安室奈美恵」や、インド風ポップスに合わせて不倫関係を続けてしまう女性の心情をつづった「ソレデモシタイ」など、やや通好みの作品が続いたからこそ、ホッとできる作品が求められたのかもしれない(「ソレデモシタイ」はMUSIC VIDEOも最高!笑)。

■ポップとダークに振り切った シングルが2作ともヒット

2007年の初めに2ヶ月連続で発売された総合9位の「哀歌(エレジー)」と総合7位の「君の好きなとこ」も、彼のポップな部分とダークな部分をそれぞれ振り切っているのが見事だ。

「君の好きなとこ」はドラマ『演歌の女王』主題歌で、タイトル通り、相手の好きな部分を具体的に並び立てたミディアム・バラード。筆者の勝手な推測かもしれないが、これは「もしも自分が槇原敬之だったら」と想定して作ったのではと思えるほどハートウォーミングなタッチだ。

これに対し、「哀歌(エレジー)」は映画『愛の流刑地』主題歌で、女性主人公の死を覚悟するほどの激しい愛欲と対峙するかのように、《その手でその手で私を汚して 何度も何度も私を壊して》と平井自身も叫びにも似た絶唱を披露している。本人は「中島みゆき「うらみ・ます」風です」と自嘲気味に語っていたが、TVパフォーマンス時は暗黒と赤を対比したセットでまるで石川さゆり「天城越え」のごとく絶唱していたので、多分本気なんだと思った。

ちなみに、JOYSOUNDでの平井堅を歌う人の男女比はほぼ半々で、通常の男性歌手に比べて女性比率が非常に高い。これは高音が多いので女性の方がキーを合わせやすいということに加え、感情面を露わにした楽曲が女性にも支持されやすいということもあるような気がする。

■ブレイク前の渾身のシングル 「Love Love Love」にも注目!

以上のようにTOP10をざっと見ただけでも、その多様さに驚くばかり。なお、TOP20にもまったく入っていないが、最後に1998年の7thシングル「Love Love Love」にも触れておきたい。

本作は「楽園」でのブレイク前で、まさに暗黒期の真っただ中だったが、あえてヒット路線を度外視して自分のやりたかったゴスペル調に仕上げたバラードだ。発売当時は有線放送や北海道のラジオでそこそこリクエストがあったので、少ない露出ながら、その力強いボーカルや壮大な楽曲の世界観に惹かれた人も結構いた気がする。だからこそ、ブレイク直後、様々なTV番組で最新曲ともう1曲歌う機会がある場合、本作も一緒に披露していたので、本人もこの歌をもっと多くの人に知って欲しかったんだろうなと切に感じた。

■『歌バカ2』は記録のヒットよりも、 あえて記憶されることを選んだ?

2017年には約12年ぶりとなる2作目となるベスト盤『Ken Hirai Singles Best Collection 歌バカ2』を発表。同作(通常盤)は2003年から2017年のシングル表題作22曲に加え、なんと全10曲新曲となる『歌バカだけに』というSpecial Disc付きという変わった仕様だ。本作は石野卓球(電気グルーヴ)、KAN、草野マサムネ(スピッツ)、tofubeats、中田ヤスタカ、古内東子、BONNIE PINK、槇原敬之、横山剣(クレイジーケンバンド)、LOVE PSYCHEDELICOと彼が敬愛するアーティストを指名して書き下ろされた楽曲が入ったベスト盤ながら愛の詰まった作品となっている。

しかし、結果は3種類で発売したにもかかわらず、売上は累計10万枚に届かず。ちなみに、2005年の前ベストは約211万枚。いくら、CD市場が縮小したとはいえ、彼のヒット曲数から考えても30〜50万枚は売れてもおかしくないので、やはり、ヒット曲だけ聴きたいというベスト盤リスナーには、この渾身の力作は響かなかったようだ。

それでも、そんな売れないことを分かっていても、だからこそ平井堅の良質な音楽に対するこだわりが改めて浮き彫りになった気もする。40代後半となって、ますます年齢不詳、国籍不詳、ジャンル不詳、自作曲も提供曲も自由に往き来できるヴォーカリストとして、我々の期待を軽やかに裏切って、時にはベタなバラードを、時には不可思議なポップスを、今後も息の長い活動をしてもらいたい。

プロフィール

臼井 孝(うすい・たかし)

1968年京都府出身。地元大学理学部修了→化学会社勤務という理系人生を経て、97年に何を思ったか(笑)音楽系広告代理店に転職。以降、様々な音楽作品のマーケティングに携わり、05年にT2U音楽研究所を設立。現在は、本業で音楽市場の分析やau MUSIC Storeでの選曲、さらにCD企画(松崎しげる『愛のメモリー』メガ盛りシングルや、演歌歌手によるJ-POPカバーシリーズ『エンカのチカラ』)をする傍ら、共同通信、月刊タレントパワーランキングでも愛と情熱に満ちた連載を執筆。Twitterは @t2umusic、CDセールス、ダウンロード、ストリーミング、カラオケ、ビルボード、各番組で紹介された独自ランキングなどなど、様々なヒット情報を分析してお伝えしています。気軽にフォローしてください♪

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