今回紹介するのは、カーペンターズの2ndアルバム『遥かなる影(原題:Close To You)』(’70)。彼らのことを敬遠するロックファンは少なくないようで、それは半端なくもったいないので、取り上げることにした次第。本作はバート・バカラック&ハル・デヴィッド、ポール・ウィリアムス&ロジャー・ニコルズ、ジョン・レノン&ポール・マッカートニーら最高のソングライターチームが作った粒揃いの楽曲、バックを受け持つレッキング・クルーによる歌を引き立てる素晴らしい演奏、そして何より、まだ20歳前のカレン・カーペンターの素直で透き通るような歌声が渾然一体となって創造された、アメリカンポップスの最高の成果のひとつである。
■思春期のロックファンは 健全なカーペンターズが大嫌い
なぜ、多くの思春期のロックファンはカーペンターズを無視するのか? それはおそらく、あまりにも優等生すぎるサウンドと兄妹二人の健全なルックス、それが思春期には癇に障るのだ。少なくとも僕の場合はそうだった。ビートルズ世代よりも若い僕たち(50年代生まれ)は、ロックが大きく変わろうとしていた時代に洋楽のファンになった。中1から中2の前半まではサイモン&ガーファンクルやカーペンターズ、そしてダンヒル・ヒット・サウンドなどをはじめとしたポップスのヒットシングルを集めていたのに、中2の途中から中3になる頃にはハードロック、プログレ、ブルースロックなどに夢中になっていった。そして、それらのグループやシンガーは、過激であればあるほど見た目も奇抜であった。そんなこともあってか、“奇抜(ロック)=カッコ良い、普通(ポップス)=カッコ悪い”みたいな図式が思春期の軽すぎる頭を駆け巡っていくのである。
今の時代は違うような気がするが、70年代に中高生時代を経験した世代にとって、怪しい雰囲気のアーティストに惹かれるのは常であり、母親や父親に逆らうのと同様、反抗期の一環というか、健全で健康的なものに嫌悪感を持つというのが、男女ともにこの時期にはしばしば見られた性質だったように思う。
■良質ポップスの生産システム
自分の中ではまだプレ思春期だった中2の始め頃の71年、カーペンターズと出会った。ラジオでオンエアされていた「スーパースター」が大好きになったからだ。シングル盤を買って、毎日毎日、何百回となく聴いた。71年はシェールの「悲しきジプシー」、ハミルトン・ジョー・フランク&レイノルズの「恋のかけひき」、グラスルーツの「恋は二人のハーモニー」、ジョン・レノンの「イマジン」など、名曲が目白押しの年であった。中でもカレン・カーペンターの独特の澄んだヴォーカルには惹かれた。
当時、アメリカのポップスはプロデューサー、ソングライター、バック・ミュージシャン、アレンジャー、シンガーという分業制でのヒット曲生産システムが確立され、たくさんのヒット曲が生み出されていた。日本の多くの歌謡曲システムもアメリカのこのシステムを採り入れていた。要するに、50年代からブリル・ビルディングで次々と生み出されるヒット生産システムがよくできていたからだと言える。このへん、多くのロッカーが狭い世代に向けた自作自演なのに比べると、ポップス歌手とは立ち位置がまったく違う。良質のポップスのすごいところは、子供から大人まで、どの世代にもアピールできる“商業作品”であるところ。完成度が高いので曲の寿命も長く、60年代のものでも70年代のものでも良い曲は今でも残っている。
■思春期は損をする
話を元に戻すと、それだけ好きだったカーペンターズであったが、レッド・ツェッペリン、クリーム、イエス、キング・クリムゾンなど、ロックにのめり込むようになるとまったく聴かなくなった。というか、カーペンターズをはじめ、サイモン&ガーファンクルやビートルズまで、大人が“良い”と言いそうな音楽は、なんでもかんでもカッコ悪いと思い込んでいた。歌謡曲、ポップス、フォークソングはロックとは正反対で、聴いてはいけない音楽なのだった。こういうとこ、思春期の思い込みで損をするわけなのだ、もったいない。思春期はロックが好きでポップスが嫌いだが、大人になるとロックもポップスも好きになるのだ。今、損をしていたはずの思春期の自分に“良いものは良い!”と言ってやりたい。
■ロック全盛時代 VS ポップス最終形態
カーペンターズがデビューしたのは1969年。69年と言えば、多くのロックグループが登場し、多様化が始まった時代である。まさしく、ロックはポピュラー音楽の頂点を目指し、さまざまなスタイルが錯綜しながら進化を続けていくのだが、ポップスはすでに最終形の完成に近づいていたのかもしれない。それだけポップスはそれまでに歴史を積み重ねていたのである。カーペンターズはアメリカンポップスの完成形としてデビューしたわけだが、69年にリリースされたデビュー作『オファリング』は大して注目されたわけではなかった。しかし、所属していたA&Mレコードは良いものだという自負があったのか、ジャケットを差し替え、タイトルも“涙の乗車券(原題:Ticket To Ride)”へと変更し、再発売する。
このアルバムはリチャード・カーペンターのオリジナル曲が多く、彼のヴォーカルも半数で聴けるし、カレンが全曲でドラムを叩いている(彼女のドラムは、めちゃくちゃ上手い)。要するにカーペンターズというグループのアルバムであった。当時22歳のリチャードはアレンジも担当し、このアルバムでの経験がカーペンターズのサウンドを急激に飛躍させることになる。
■本作『遥かなる影』について
そして、1stアルバムの問題点をクリアーしたのが本作『遥かなる影』である。誰もが知るカーペンターズサウンドは、早くもこのアルバムで完成している。本作で最初にシングルカットされたのが、みなさんもご存知の名曲「遥かなる影(原題:(They Long To Be)Close To You)」。もちろん全米チャートで1位になっている。この曲はバート・バカラックとハル・デヴィッドという売れっ子コンビの手になる少し古い曲で、カーペンターズ以前にも数多くのアーティストが録音しているのだが、僕は(全部を聴いたわけではないが)カーペンターズのバージョンが好きだ。それは、この曲の秀逸なアレンジを手がけたリチャードの手腕によるものが大きい。家族だからこそ、妹であるカレンのヴォーカルを最大に生かすことができたのだろうと思う。
そして、カレンの歌声を「遥かなる影」以上に生かしているのが、2曲目にシングルカットされた「愛のプレリュード(原題:We’ve Only Just Begun)」ではないだろうか。ポール・ウィリアムスとロジャー・ニコルズの超名曲のひとつで、カレンのヴォーカルはもちろん、リチャードのアレンジとピアノが冴え渡る仕上がりとなった。全米イージーリスニング・チャートで1位を獲得したカーペンターズの代表曲のひとつだ。
知る人ぞ知るシンガーソングライター、ティム・ハーディンの代表曲「リーズン・トゥ・ビリーブ」は、のちの「ジャンバラヤ」とか「トップ・オブ・ザ・ワールド」に代表されるカーペンターズによるカントリーシリーズの最初期のナンバーで、ルーツ音楽の臭みを取ってアク抜きをした感じこそがカーペンターズ流の表現だ。カレンのヴォーカルを生かすために最大限の努力をしたリチャードならではのアレンジだろう。
他にも、ビートルズやジョン・ベティス&リチャード・カーペンターのナンバー(リチャードのヴォーカルも2曲)が収録されているのだが、前述した3曲に比べると少し出来は落ちる。しかし、カレンのヴォーカルを生かすために、リチャードのアレンジ力を磨くという意味で、必要不可欠の作業はしっかりこなしたと言え、本作の録音での経験が次作への成長の布石となるのである。なお、驚くべくことにカレンは、生まれてから死ぬまで一度もヴォーカルのレッスンを受けたことがないそうだ。天才とは彼女のためにある言葉なのかもしれない。
次作の3rdアルバム『スーパースター(原題:Carpenters)』(’71)には「雨の日と月曜日は」「スーパースター」「二人の誓い(原題:For All We Know)」といったカーペンターズの代表曲3曲が収められており、本作『遥かなる影』をさらに研ぎ澄ませたアルバムとなっている。以降、『ア・ソング・フォー・ユー』(’72)、『ナウ・アンド・ゼン』(’73)、『緑の地平線〜ホライゾン』(’75)、『見つめあう恋(原題:A Kind Of Hush)』(’77)まではどれも良いアルバムで、一生聴き続けられると思う。興味のある人は、どのアルバム(もちろんベスト盤でも)でもいいので、ぜひ聴いてみてください♪
TEXT:河崎直人
アルバム『Close to You』
1970年発表作品
<収録曲>
1. 愛のプレリュード/WE’VE ONLY JUST BEGUN
2. ラヴ・イズ・サレンダー/LOVE IS SURRENDER
3. メイビー・イッツ・ユー/MAYBE IT’S YOU
4. リーズン・トゥ・ビリーヴ/REASON TO BELIEVE
5. ヘルプ/HELP
6. 遙かなる影(THEY LONG TO BE)/CLOSE TO YOU
7. ベイビー・イッツ・ユー/BABY IT’S YOU
8. 恋よさようなら/I’LL NEVER FALL IN LOVE AGAIN
9. クレセント・ヌーン/CRESCENT NOON
10. ミスター・グーダー/MR. GUDER
11. 愛しつづけて/I KEPT ON LOVING YOU
12. アナザー・ソング/ANOTHER SONG
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