10月7日、岩沢幸矢、二弓の兄弟デュオ、Bread & Butterの数ある楽曲の中から、音楽ライターの金澤寿和氏が選曲したコンピレーションアルバム『Light Mellow BREAD&BUTTER』がリリースされた。ということで、当コラムでは、氏らのオリジナルアルバムの中から1枚を選出。やはり今回のコンピ盤にも選ばれた、氏らの代表曲と言える「ピンク・シャドウ」が収録された『Barbecue』が相応しかろう。最近、シティポップの再評価が高まっているが、その辺も交えて、『Barbecue』の特徴を分析してみたい。
■国内外から高い評価を受ける“和モノ”
いわゆる“和モノ”と言われる古い邦楽(※概ね昭和の邦楽)が依然、海外の音楽ファンや若い日本にリスナーに人気のようだ。ガチなコレクターさんたちに言わせると、ファンクやディスコ、ソウルといったところはわりと堀り尽くされた感があるようだが、シティポップやフュージョンなどはまだ掘り甲斐があるらしく、そうしたことも、おそらく今回のコンピレーションアルバム『Light Mellow BREAD&BUTTER』のリリースにつながっているのだろう。筆者はレコードコレクターではないので、どのレコードがどうだというようなことはよく分からないけれど、そうした“和モノ”=特に1960~80年代の邦楽が海外や若い人たちに注目を集めていること自体はかなり興味深くは思う。
人気の秘訣は日本特有のメロディーセンスとサウンドメイキングが独特な点だという。ファンクにせよ、ディスコやソウルにせよ、ポップスやフュージョンにせよ、もとを辿れば欧米から日本に輸入されたものであることは間違いなく、その源流は海外にある。雅楽や民謡などを除けば、邦楽と言えども、日本にオリジナルはない(※雅楽は中国から伝来した音楽がもとになっているという話もあるが、ややこしくなるので、その辺はひとまず置いておく)。また、1960年代のものであればおおよそ60年前、1980年代にしてもおおよそ40年前である。ほぼ半世紀前だ。ちなみに、前回の東京オリンピックの開催が1964年。チェルノブイリ原子力発電所事故が1986年のことである。それぞれ、平成生まれ、いや、昭和後期の生まれにとっても歴史の教科書で知るような出来事であろうから、1960~80年代は相当に過去であることは言うまでもない。非オリジナルな上に、いにしえの時代のものである音楽が、当時の日本で暮らしていたわけではない人たちに好まれるというのは、その事象だけを客観的に見たら、相当に異常なことではあると考えられる。
昨今の“和モノ”の人気は、ある種の模倣から生まれたものでもオリジナルに劣らないし、古いものが必ずしも新しいものの下位、下層にはないことを図らずも示している。これは音楽に限らず、アートのジャンルならではのことだろう。工業製品だとこうはいかない。もちろん、古いものにも現代で通用するものもあって、例えば手作業でしか生まれ得なかった独特のボディフォルムを持つスポーツカーなどがそうだろうが、こと燃費、スピード、コストパフォーマンス等々、自動車の総合的なスペックはやはり最新のモデルに軍配が上がると思う。量産品とはそういうものだ。
しかしながら、芸術の世界ではマテリアルが旧型ということはあっても、それによって事の本質が大きく変わることはない。音楽で言えば、楽器が古いとか、録音技術が乏しかったからと言っても、その核心はそこで奏でられる音階やアンサンブルであったりすることがほとんどなので、表層上の良し悪しはあまり関係がない。また、オリジナルからの影響が色濃いものでも、そこに演者の何かしらの意志や技術が加わることで、それは単なるコピーではなく、オリジナルとは別のものへと変化する。分かりやすい例で言えば、オリジナルから音色やテンポをガラリと変えたカバーがそれだろう。具体例は挙げづらいが、歌唱がイマイチの人の楽曲を歌の上手いシンガーが歌うことで、楽曲そのもののが輝きを増す…なんてこともわりとあるように思う。工業製品で言うところの総合的なスペックが上がるようなことが十分に起こり得るのである。(※誤解のないように注釈を入れると、歌の上手いシンガーが歌っても必ずしもオリジナルを超えるわけでもないし、オリジナルを超えないカバーなんていくらでもあって、それが音楽のお面白いところでもあるように思う)
■特定の枠に留まらないメロディーセンス
ここから本題、Bread & Butterの話である。彼らのデビューは1969年で、途中に活動休止期間はあったものの、その活動歴は半世紀を超えたことになる。しかし、今回その2ndアルバム『Barbecue』(1974年)を聴き、調子に乗ってつらつらと書いてしまった上記の自説を証明するような音源であることを深く認識させられた。まず、メロディーが絶品である。M1「魔術」はゆるやかなテンポでアコギの鳴りがカントリー調なこともあって、予備知識なく聴けば、いかにも兄弟2人によるフォークデュオな印象だ。だが、Aメロの《不思議な魔術を》辺りから“ん、これは…?”と思わせ、Bメロ後半の《二人ですごそう》では明らかに単なるフォークではない旋律を聴かせる。M2「ピンク・シャドウ」でそれは確信に変わる。サウンドは後述するのでここではひとまず置いておくが、サビの《愛してるよ 君だけを》は従前のフォークとはまったく異なる突き抜け方を見せる。Aメロは抑揚が薄いものの、いわゆるフォーク的ではなく、リズムに寄ったもので、強いて言えば、ヒップホップに近いニュアンスを感じさせるものだ。この冒頭2曲で、Bread & Butterは俗に言うフォークデュオではないことがありありと分かると思う。
以降、M3「愛の歌」、M4「飛行室」、M5「うつろな安息日」、M6「アフター・ザ・バーベキュー “ゲット・トゥゲザー”」も米国民謡であったり、カントリー調であったり、それこそM6は米国のフォークロックバンド、The Youngbloodsのカバーだったりするので、フォークの匂いがするにはする。だが、やはり単純なそれではない印象だ。分かりやすいところはM5のやはりBメロかと思う。《でも何だか今日はなんにも/釣れないような気がする》で聴かせる抑揚からしてどこかソウル、R&B的だ。この辺、アナログ盤で言えばB面辺りから、Bread & Butterの歌メロの面白さをどんどん堪能していくことになるが、M7「地下鉄」の切ない感じ、M8「夕暮れ(つらい夜)」のサビのメロウさ、M9「子豚と×××」のファニーさもさることながら、M10「メモリー」、M11「朝の陽」で止めを刺されるような感じがある。
M10「メモリー」はいわゆる歌ものではない。歌詞はあるにはあるし、メロディーに乗せられてはいるものの、ヴォーカルのパートは極端に少なく、主はハーモニカ(※たぶん)が担っているようである。M11「朝の陽」もそうで、M10「メモリー」ほどに歌がないわけではなく、十分にバラードナンバーと言えるだけの歌はあるのだが、これもまた中盤のギターソロとそこに重なるコーラスが奏でるメロディーがサビではないかと思うほどに印象的だ。徹底的にメロディーにこだわっていることが分かるのである。
このように、『Barbecue』からも垣間見ることができるBread & Butterのメロディーへの意識について、ネットで気になる記事を見つけた。2人の地元である横浜のwebマガジン“はまれぽ.com”でのインタビューでの岩沢幸矢氏の発言である。以下、引用させていただく。
「(前略)フォークの世界はメッセージ性を重要視するから、メロディーやリズム的にもっとこういう音楽をやろうよと言っても、あまり興味を持ってくれなかったな。練習するのに、みんなで集まっても、楽器をケースから出さないで一日中いろんな議論をして終わったりとか、しょっちゅうだったよ」(はまれぽ.com[デビュー50周年! 湘南育ちの兄弟デュオ「ブレッド&バター」って、どんな人たち?後編]より)。
幸矢氏はそれ以前にフォークユニット、六文銭に参加していたし、兄弟ふたりのというスタイルからして、今もBread & Butterはフォークデュオと紹介されることもあるようだが(※ちなみにWikipediaでは“ジャンル:フォークソング”となっている)、上記発言からは氏らにその意識がなかったことが分かる。決してひとつのジャンルに留まることなく、幅広い音楽の指向を抱いていたのである。(※引用させていただいた、はまれぽ.com[デビュー50周年!~]はBread & Butterの経歴のみならず、邦楽史を振り返る上でも素敵な記事でしたので、ご興味のある方はこちらも是非)
■新進気鋭の音楽家が支えたサウンド
Bread & Butter のメロディーセンスは偏ることのない音楽的指向から導き出されたことが裏付けされたところで、そのサウンドに目を向けると、(裏付けうんぬん以前に音源を聴けば)フォークだ何だの枠にとらわれていないことは明白である。いや、もちろんメンバーふたりだけで演奏することを念頭に置いたのであろうが、アコギ基調の楽曲も少なくないけれども、それにしてもそれだけで終わることなく、リズムを加えることで、弾き語りに終始していないというか、ふくよかになるように努めている印象がある。例えば、M1「魔術」。イントロから1コーラス目まではギターのアンサンブルにベースとパーカッションとが重なる程度だが、ドラム、ストリングスとさまざまな音が重なり、それらがアウトロで密集していく。これまた冒頭からフォークを意識していないことがよく分かる。M5「うつろな安息日」、M6「アフター・ザ・バーベキュー “ゲット・トゥゲザー”」もそうで、基本はふたりの演奏──ふたりだけでもライヴでやれるようなものでありながらも、しっかりと外音を加えて楽曲の世界観に奥行きを持たせているように思う。
決定的なのはM2「ピンク・シャドウ」とM10「メモリー」だろう。ともにブラックミュージックの要素を憚ることなく露呈している。もろにファンクであり、ソウルである。バンドサウンドでグイグイと迫っている。ギター、ベース、ドラム、パーカッション、鍵盤、コーラス。どれも50年も前の音源とは思えないほど録音状態も良く、素晴らしいテイクを聴くことができて、優れたメロディーを秀でた演奏が下支えしていることがよく分かる。それもそのはず──音楽ファンであればよくご存知のことだと思うが、『Barbecue』に参加しているミュージシャンが半端ないのだ。演者の顔触れで代表的なところを上げると、細野晴臣(Ba)、鈴木 茂(Gu)、林 立夫(Dr)、小原 礼(Ba)、斉藤ノブ(Per)、ジョン山崎(Key)、そしてコーラスで山室英美子、新居潤子(※現:山本潤子)、榊原尚美らの名前を作品クレジットに見つけることができる。ティン・パン・アレー、サディスティック・ミカ・バンド、トワ・エ・モワ、ハイ・ファイ・セットのメンバーである。安易に“はっぴいえんど史観”に寄りかかりたくないというか、このメンバーだからすごいと単純化したくはないけれども、日本のロック、ポップス創成期のバンド、グループのメンバーで、のちに邦楽シーンに圧倒的な影響を及ぼす人物たちが関わっているという事実は拭い難い。そういう音である。
メロディーはともかく、このサウンドは当時の日本には若干早すぎたのだろう。『Barbecue』がリリースされた1974年というと、井上陽水の『氷の世界』が年間アルバムチャートの1位になったり、カーペンターズのアルバムもヒットしたりした年だが、シングルは1位:殿さまキングス「なみだの操」、2位:小坂明子「あなた」、3位:中条きよし「うそ」と、流行歌はまだまだ演歌が強かった時代。フォークは大衆にしっかりと認知されていたが、ロック、ポップスはまだまだメインストリームには遠かった。そんな中で、Bread & Butterは自らの指向するメロディーセンスを貫き、当時の新進気鋭だったミュージシャンたちとともに『Barbecue』を作り上げた。詳細な資料を入手したわけではないけれど、上記のような当時の音楽シーンの情勢からすると、リアルタイムでのセールスは芳しくなかったであろう。しかしながら、そうしたふたりの姿勢、精神はのちのアーティストに受け継がれていく。山下達郎がライヴアルバム『IT’S A POPPIN’ TIME』(1978年)で「ピンク・シャドウ」をカバーしたのは有名なエピソードである。また、Bread & Butterは地元・湘南でカフェを開き、そこではユーミンや南 佳孝らが集いセッションを行なっていた。当時、中学生だった桑田佳祐はそのカフェに入りたくて仕方がなかったが、勇気が出なくて入れなかったという可愛らしくも桑田氏のBread & Butterに対する敬意を感じる話もある。最近では星野 源が山下達郎のカバー、オリジナルともに「ピンク・シャドウ」が好きであることを公言したとも聞く。仮にBread & Butterがいなかったら邦楽シーンがなかった…とは言えないが、氏らの音楽性が音楽シーンの形成に大きな影響を与えたことは間違いない。
アルバム『Barbecue』
2005年発表作品
<収録曲>
1.魔術
2.ピンク・シャドウ
3.愛の歌
4.飛行室
5.うつろな安息日
6.アフター・ザ・バーベキュー “ゲット・トゥゲザー”
7.地下鉄
8.夕暮れ(つらい夜)
9.子豚と×××
10.メモリー
11.朝の陽
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