9月9日、実に24年振りとなるフルアルバム『BREATH OF LIFE』がリリースされたということで、武田真治のデビュー作『S』を取り上げる。以下にもくどいほどに書いたが、今、武田真治と言うと、やはり『みんなで筋肉体操』のイメージが強いだろうし、彼もそこでのキャラクターに真摯に取り組んでいらっしゃると思うので、“筋肉イメージ”も決して間違いではなかろう。だが、彼をそれだけで語るのは実にもったいない。いちアーティスト、いちミュージシャンとしての武田真治も絶品なのである。
■名うてのミュージシャンが認める才能
武田真治と言うと何を思い浮かべるであろうか。今は多くの人が“筋肉”となるのだろう。それほどに『みんなで筋肉体操』のインパクトは強かったし、その体裁で出演した『NHK紅白歌合戦』での熱演(?)も大きな話題であった。『第2回ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト』でグランプリを受賞し芸能界入りし、身体にピタッとはり付くほどのシェイプなTシャツ、いわゆる“ピチT”などファッションで、いしだ壱成と並んで“フェミ男”と称されていたデビュー時のイメージが鮮烈すぎたのかもしれない。当時を知る人は“あの中性的な子がこんなにムキムキに!?”と驚きを持って受け止めたのだろう。あとは、やっぱり俳優、タレントとしての姿。放送が終了してだいぶ経ってしまったが、『めちゃ×2イケてるッ!』でのコミカルなキャラクターのイメージを未だに抱かれている方も少なくないと思う。また、テレビドラマや映画での活躍を思い浮かべる方もいらっしゃるだろうし、出演した舞台やミュージカルでの役が印象に残っている方がいるかもしれない。
サックスプレイヤーとしてのイメージとなると、一般的には筋肉、タレント・俳優の次くらいだろうか。この度リリースされた新作『BREATH OF LIFE』はソロアルバムとして24年振りの作品だというから、もしかすると、彼がサックス奏者であることを知らない人がいても何らおかしくない。当コラムにしても、事前に“9月の第1週にニューアルバムが出るようですし、この週の邦楽名盤は武田真治でどうスかね?”とお伺いを立てたところ、“それは何か違うんじゃないですかね”と最初はダメ出しされている。だからと言って、当編集部を腐したいわけでも、担当編集者を糾弾したいわけでもなく、今回の新作にしても凡そ4半世紀振りなわけだから、それも止むなしといったところだと思う。筆者にしても決して威張れたものではない。彼をアーティスト、ミュージシャンとして認識したのは相当遅い。1stアルバム『S』(1995年)、2nd『OK!』(1996年)が発売されたのも知っていたし、それらの作品を耳にした人たちからの“武田真治、意外とすごいかも…”の賛美は耳に入っていたが、自ら聴こうとは思わなかった。“すごいのかもしれないけど、フェミ男にしては…ってことでしょ?”くらいに高を括っていたのだと思う。
個人的にサックスプレイヤーとしての武田真治のすごさを目の当たりしたのは、彼が司会を務めていたNHKのトーク番組『トップランナー』である。忘れもしない2003年9月4日、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTがゲストの回だ。まぁ、さすがに日付は完全に忘れていたからさっきググったのだけれども、その内容はよく覚えている。アベフトシが『ゴッドファーザー』のことを完璧な映画だと言っていたとか、キューちゃんが高田みづえを聴いていたとか、普段はあまり耳にしないようなエピソードも楽しく見聞きしたのだが、何よりも番組後半でのスタジオライヴが良かった。「デッドマンズ・ギャラクシー・デイズ」「ブラック・ラブ・ホール」「リボルバー・ジャンキーズ」とTMGEのナンバーを演奏。オンエア日が、TMGEが解散を発表した数日後であったので、どこか感慨深くその演奏を見つめていた記憶があるが、最後に披露された武田真治を呼び込んでのセッションがこれまた良かった。TMGEのバンドアンサンブルがいかにすごかったのかはここで論じるまでもないし、特に解散間際は凄まじいまでのグルーブと息の合った様を見せつけていたのだが(「ブラック・ラブ・ホール」のイントロに見事にそれが表れていたと思う)、その熟し切ったTMGEのサウンドに武田のサックスがグイグイと食らいつき、絡んでいく。武田はやや緊張気味ではあったものの、そのプレイは実に堂々としたものであったし、チバユウスケを始めTMGEのメンバーも楽しそうで、彼らの表情からも武田をサックスプレイヤー、いちミュージシャンとして認めていることが伝わってきた。彼はその数年前には忌野清志郎の全国ツアーに参加しているのだから、その手腕に気づくのは遅すぎたのだが、そこではっきりとその才能を認識した。“武田真治、意外とすごいかも”なんて話ではない。そのサックスは完全にすごかったのである。
■本格派アーティストたちが参加
武田真治の1stアルバム『S』がリリースされたのは前述の通り1995年。件の『第2回ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト』でグランプリ獲得が1989年で、俳優デビューが1990年、映画デビューが1992年だ。最近は少なくなってきたような気もするが、しっかりヴォーカルトレーニングをしたとは思えないタレントが速攻でCDを発売することがままあった頃である(※あれはあれでキャラクターグッズのひとつとして十分に機能しているのだけどね)。それを考えると、武田真治の音楽デビューは随分と遅かったと言わざるを得ない。しかし、その完成した音源を聴くまでもなく、中ジャケに記されたクレジットを見るだけでも“それはそうだったろうな”と思う。この企画をストレートに実現させるのは、いかに武田真治の人気が絶頂だったとはいえ、そう簡単ではなかっただろうことは想像するに難くない。
まず、サックスプレイヤーとしてのアルバムだということ。1995年と言えば、史上2番目に多く年間ミリオンセラー作品が生まれた年である。その年の年間チャート1位はDREAMS COME TRUEの「LOVE LOVE LOVE/嵐が来る」。H Jungle with tの「WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント」を始めとして小室サウンドの勢いはまだまだ衰えず、Mr.Children、スピッツが本格的にブレイクしたのもこの年だ。言わば、J-POP、J-ROCKの全盛期であった。そんな中で歌のほとんどないサックスのアルバムの制作なのだから、CDバブルに突入していた時期とはいえ、その企画に閉口するスタッフもいただろう。いや、穿った見方をすれば、バブルであったからこそ、ここまでできたとも言えるし、ここまでやる必要もなかったとも言えるけれども、武田真治のデビューアルバム『S』は、人気タレントがちょいと特技であるサックスを吹いてみました…という企画盤などではまったくなく、これが相当に本格派なのである。
プロデューサーは元チェッカーズのギタリスト、武内 享。武田とともにアレンジをしている他、収録曲の作曲も手掛け、もちろんほとんどのギターは氏が弾いている。シングルにもなったM1「Blow Up」での中盤で妙に響くギターソロ、ファンキーなM8「TETROMECCA」で聴かせるカッティング、宅録(※おそらく外で録っているのでそう呼ぶのもどうかと思うが、スタジオで録ってないという意味で便宜的に宅録と言う)M11「バハマの2人」でのアコギと、氏のギターもバラエティーなサウンドのひと役を担っているのは間違いない。参加ミュージシャンも豪華だが、浮付いた感じが一切ない。まずは東京スカパラダイスオーケストラ。M1「Blow Up」やM10「サファィアを手に入れろ」で冷牟田竜之(現在は脱退)、GAMO、谷中 敦、北原雅彦、NARGOらが参加している他、M5「恋をしようよ」でNARGOが、M6「MOTOR WAY」で冷牟田、沖 祐市がそれぞれ花を添えている。M1、M10で聴かせるスリリングでありながらもしっかりポップなホーンセクションはいかにもスカパラ的で、さすがのひと言であるけれども、奥ゆかしいと言うと変だが、これが武田真治のソロアルバムであることを忘れることなく、しっかりとサポートしている印象が強い。スカパラ・ホーンズの音色と武田の音色の違いがはっきりと認識できる。主旋律が武田で、その周囲のメロディーをスカパラが担当しているという、如何ともし難い構成上のことは当然あるにしても、聴いていると“あっ、これは武田が吹いているな”というのがアリアリと分かるのである。
歌はほとんどないと書いたが、歌があるのは11曲中3曲。M3「YOU AND ME MAKE LOVE」、M6「MOTOR WAY」、M9「FREE YOUR SOUL」がそれである。リードヴォーカルはそれぞれLoleatta Holloway、MOTSU&Yoshiko Takahashi、Carolyn Hardingが担当している。Loleatta Hollowayは“ディスコの女王”とも称されたゴスペル/ソウル・シンガー。そして、Carolyn Hardingはニューヨークで活躍した実力派ディーバである。女性ヴォーカルをフィーチャーするのであれば、武田真治と同じ事務所にいくらでもアイドルや俳優はいただろうに、本格派も本格派を起用するところに作品作りにおける彼の本気度がうかがえるというものだ。実際、キラキラとしたディスコティックなサウンドで迫るM3、日本ではまだコンテポラリーR&Bが一般化する以前にそのサウンドをいち早く取り入れていたと言えるM9は、それぞれにシンガーに対する確かな敬意が感じられる。ちなみに、M6のMOTSUは現在キング・クリームソーダで活躍するゲラッパーのことで、当時はMORE DEEPにて活動していたその人のことであろう。Yoshiko Takahashiは“たぶんあの女性シンガーではなかろうか?”と思う人物が頭に浮かんでいるが、ここにそれを書いてしまって間違うと各方面に迷惑をかけてしまうと思うので、この辺にしておく。気になった人は調べてみてはどうだろうか。
■いち早く時代の要請に答えた嗅覚
M7「Seen 37」も注目である。作曲は高木 完。もちろんアレンジにも彼が参加しているし、この楽曲においてはほぼプロデューサー的な立場で臨んでいると言っていいだろう。何とも形容し難いスペイシーなサウンドをバックに(※強いて言えば、坂本龍一の「千のナイフ Thousand Knives」っぽい雰囲気)、武田のサックスをはじめ、さまざまなサウンドが鳴っていくという構成。オリジナリティーあふれるサウンドメイキングは、日本のヒップホップ黎明期より活動を続ける高木 完ならではのものであろう。武田のサックスも他楽曲に比べて堂々としている印象もあるが、その辺は高木氏の手腕によるところもあるかもしれない。楽曲もさることながら、この時点で彼を招いたこと自体も注目に値するのではなかろうか。リリースされた1995年と言えば、EAST END×YURIが2ndシングル「MAICCA -まいっか-」が発売された年で、その前年には「DA.YO.NE」、そしてスチャダラパーと小沢健二のシングル「今夜はブギー・バック」が発表されている。日本のヒップホップがメジャーになってきた、まさにその時である。そこで高木 完を招くというのは、機を見るに敏だったというか、彼のアーティストとしての嗅覚が確かな証拠だったと言える。RIP SLYMEがインディーズデビューし、キングギドラがアルバム『空からの力』でデビューした1995年に、アルバム『S』が発表されたというのは偶然ではなく、武田真治が時代の要請に答えた結果だったとも言えまいか。
さて、アルバム『S』の概要を主に参加ミュージシャンから解説してみたが、何よりも大切なのは、そのサウンドの中心にいる武田真治の存在感である。最後にそこを推し、強調しておきたい。正直言って、若干粗いと思う演奏がなくはないけれども(※収録したのが22歳頃だと考えれば、その辺は目をつぶってもいいと思うが)、どのテイクにおいても実に生々しい音を聴くことができる。これはサックスに限らず管楽器の特徴であろうが、人が直接息を吹き込んで鳴らす楽器なだけあって、感情が生々しく出て、プレイヤーの人となりが露わになるとはよく言われる。『S』収録曲にもそれがある。M2「Froggy!」では不良っぽいカッコ良さ。M5「恋をしようよ」ではスウィートな印象。M9「FREE YOUR SOUL」ではアーバンでセクシーな雰囲気。まだまだあるが、当時の武田真治のタレントイメージを損ねることなく、しっかりと人間味が伝わってくるプレイを聴くことができる。変則的な演奏は少なく、概ねポップであるところにも好感が持てるところだ。[中学時代から熱心に練習を重ね、将来はサックスプレイヤーになることを夢見ていた]といい、[ジュノン・スーパーボーイ・コンテストに応募した動機も、俳優やタレントを目指してのことではなく、サックス奏者としてデビューの足掛かりになると思ったためと明らかにしている]そうで(※[]はWikipediaからの引用)、『S』から聴こえてくるサックスの音色にはそうした積年の想いが詰まっているようでもある。
TEXT:帆苅智之
アルバム『S』
1995年発表作品
<収録曲>
1.Blow Up
2.Froggy!
3.YOU AND ME MAKE LOVE
4.FAT RAT STRUT
6.MOTOR WAY
7.Seen 37
8.TETROMECCA
9.FREE YOUR SOUL
10.サファィアを手に入れろ
11.バハマの2人
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