この連載ではロックやソウルを中心に多くの重要作品を取り上げてきたが、本作『ロッド・テイラー』は中でも最も知られていないアルバムだろう。しかし、これほど完成度の高い作品もないのである。日本でアメリカ産のシンガーソングライター作品に注目が集まっていた70年代はじめ、高校生の僕はいくつかの輸入盤専門店に入り浸って掘り出し物を毎日のように漁っていた。そこで出会ったのがジャクソン・ブラウンであり、ジェシ・コリン・ヤング、ボビー・チャールズ、ドニー・フリッツ、ネッド・ドヒニー、エミルー・ハリスたちである。どの作品も素晴らしい仕上がりで、リリース後50年近く経った今でも聴き続けており、その想いは未だに変わってはいない。中でも、ジャクソン・ブラウンやイーグルスのデビュー作をリリースしたアサイラムレコードは良作をたくさんリリースしていたから、アサイラム所属のアーティストについては、知らないアーティストでもなけなしのお金をはたいて買ったものである。今回取り上げる『ロッド・テイラー』も“アサイラムからリリースされた”というだけで購入した作品である。SSWファンにとってこのアルバムは名作の多いSSW系作品の中でも抜きん出た存在であり、ヴォーカル、楽曲、演奏、どれをとっても文句のつけようがない傑作である。
■稀有の名作『ロッド・テイラー』
本作は最初に聴いた時から鳥肌が立つほど素晴らしく、また聴けば聴くほど良さが増していく作品である。それは丁度、ザ・バンドの諸作を聴いた時の“持続する味わい”みたいなものと似ているかもしれない。名盤は売れる・売れないという尺度ではなく、アーティストの才を引き出すことのできるプロデューサー、良い楽曲と歌唱力(上手い下手というよりは、自分の言いたいことが表現できるだけの力量)、そしてヴォーカルと楽曲のツボを押さえたバックの演奏…と、これだけのモノが適切に揃うことで生まれる。しかし、これだけのものが揃うことは滅多にない。
音楽ファンだからといって、長い間聴き続けられる作品はそう多くない。むしろ、自分の経験した“名盤”の味わいを再び経験したくて、次々にいろんなアルバムに手を出すというのがリスナーの性だと言えるのではないか。そして、本作『ロッド・テイラー』に出会ったリスナーは、その素晴らしさに感動し、ますますSSW道を極めようと突き進むことになるのである。
■70年代初期はSSW系作品の宝庫である
60年代終わりから70年代中頃までというのは、SSWの名盤と言われる作品が少なからず生まれた良き時代である。僕が名盤と呼べる作品(ここではSSW系に限定する)は、ニール・ヤング『After The Gold Rush』(‘70)、カレン・ドルトン『In My Own Time』(’71)、マッドエイカーズの『Music Among Friends』(‘72)、エリック・ジャスティン・カズ『If You’re Lonely』ノーマン・グリーンバウム『Petaluma』(’72)、エリック・アンダーソン『Blue River』(‘72)、ジョン・プライン『John Prine』(‘72)、ボビー・チャールズ『Bobby Charles』(’72)、ジム・パルト『Out The Window』(‘72)、ジェシ・コリン・ヤング『Song For Juli』(‘73)、ロッド・テイラー『Rod Taylor』(’73)、ジェフリー・コマナー『Jeffrey Comanor』(’74)、ガイ・クラーク『Old No.1』(‘75)、ジェリー・ジェフ・ウォーカー『Ridin’ High』(’75)、ロブ・ストランドランド『Robb Strandlund』(’76)など、キリがないのでこれぐらいにしておくが、SSW系の絶対的な名盤というのは70年代半ばになると、ほとんどなくなってしまう。
レコード会社の巨大化に伴いSSW系作品の傑作が激減
70年中頃になるとレコード会社の巨大化が進み、“売れる”レコードを作るために業界全体がシステム化するようになる。多くの人が好むようなアレンジに長けた人材を雇い、流行のサウンドが工場のような生産ラインに乗って作られるようになっていくのである。分業が進み、アーティストの個性は削られ、そして音楽は消費物として世間に流通していくのだ。ポピュラー音楽は商業音楽という位置付けなのでそれは当然のことなのだが、70年代半ばまでのポピュラー音楽はもう少し芸術作品的な部分があった(商業的ではないという意味)。ある意味で、おおらかな時代だったのかもしれない。しかし、今でも“売れなかったが良い音楽”はちゃんとCDになって生き残っているのだから、リスナーがその気になれば必ずそういったアルバムは聴けるので、興味のある人はぜひ冒険してもらいたいと思う。
■ロッド・テイラーというアーティスト
ロッド・テイラーは異色の経歴を持つ人物だ。シンガーソングライターになる前は詩人として活動し、その作品は高く評価されていたようだ。名門スタンフォード大学で修士号を取得するだけでなく、国から多額の研究費が出るぐらいの学者であった。学費や生活費も全て返却の必要がない奨学金が支給され、若くしてスタンフォードの教壇にも立っている。
一方で、彼はボブ・ディランに憧れており、ディランが所属するコロンビアレコードにソングライターとして売り込みをかけ、いくつかの曲はサンフランシスコのロックグループがレコーディングしている。なぜ、アサイラムレコードが彼と契約したのかは不明だが、おそらくはコーヒーハウス等で歌っているところをデビッド・ゲフィン(アサイラムのオーナー)が発見したか、もしくは1972年に彼が出版した初の詩集『フロリダ・イーストコースト・チャンピオン』をゲフィンが読んで契約を決めたのかもしれない。
■本作『ロッド・テイラー』について
そして、アサイラムレコードではお馴染のケニー・エドワーズ、アンドリュー・ゴールド、リー・スクラー、ラス・カンケル、ゲイリー・マラバー、ジム・ケルトナー、ジョニ・ミッチェルといった面々に加えて、ライ・クーダー、ボニー・ブラムレット、ラリー・ネクテル、ジム・ホーンなど凄腕のミュージシャンたちや、アサイラムで唯一の黒人シンガーソングライターのスティーブ・ファーガソン、彼が楽曲を提供していたイッツ・ア・ビューティフルデイのリーダーでエレキフィドルのデビッド・ラフレイム、ジャズピアニスト、セシル・テイラーのバックを長く務めブルーグラスミュージシャンでもある大物ベーシストのビュエル・ナイドリンガーなど、新人としては考えられないぐらいの豪華なメンツが参加してレコーディングはスタートする。
収録曲は全部で12曲、全てが名曲かつ名演である。枯れた渋い声を持つテイラーのヴォーカルは相当歌い込んでいるようで、豊かな表現力がある。サウンド的にはスワンプ&ゴスペルのフィールが若干あるものの、アメリカ西海岸のさっぱりさというか、アサイラムならでは垢抜けた泥臭さが特徴だと言えるだろう。印象的なのは多くの曲に登場するボニー・ブラムレットのソウルフルなバックヴォーカルだ。そして、ギターソロを披露するのはライ・クーダー、ジェシ・エド・デイビス、アンドリュー・ゴールドの3人で「Sweet Inspiration」のライ・クーダーのスライド、「Man Who Made It Fall」でのジェシ・デイビスの指弾きも特筆すべき名演だ。目立たないが「Lost Iron Man」でのライのマンドリンも素晴らしい。また、クラリネット、ドブロ、マウスハープを操るジョエル・テップの燻し銀のようなプレイは本作で大きな役割を果たしている。
■本作リリース後
本作リリースのあと、アサイラムでシングルを1枚リリース(カバー曲「I Know」)している。そちらはスティーブ・クロッパーがプロデュースで、ギターソロはローウェル・ジョージが弾いていることは聴いて分かるのだが、他のメンバーは不明。本作があまりに売れなかったからか、結局アサイラムとはここで契約終了となっている。76年にはユナイテッド・アーティストに移籍し、ロデリック・ファルコナー名義で2枚のアルバムをリリースするのだが、グラムロッカーのような衣装でポップなロックをやっており、2枚ともピンとこない出来である。MCAに移籍後にリリースした『Rules Of Attraction』(‘84)ではポップロックに徹している。その後、音楽活動からは身を引き、テレビや映画の脚本家に転身、現在はテレビプロデューサーとして活躍しているという実に不思議な人である。
本作はまったく売れなかったが、内容は最高に充実している。僕にとってオールタイム・ベスト10に入る傑作中の傑作である。機会があれば是非聴いてみてほしい。きっと新しい発見があると思う。
TEXT:河崎直人
アルバム『Rod Taylor』
1973年発表作品
<収録曲>
1. アイ・オウト・トゥ・ノウ/I Ought To Know
2. クロスローズ・オブ・ザ・ワールド/Crossroads
3. レイルロード・ブラッド/Railroad Blood
4. ダブル・ライフ/Double Life
5. メイキング・ア・ウェイ/Making A Way
6. スウィート・インスピレーション/Sweet Inspiration
7. 危険な生活のブルース/Livin’ Dangerous Blues
8. サムシング・オールド/Something Old
9. マン・フー・メイド・イット・フォール/Man Who Made It Fall
10. ロスト・アイアン・マン/Lost Iron Man
11. フォー・ミー/For Me
12. ザ・ラスト・ソング/The Last Song
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