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安藤裕子、全国Zeppツアーは“積み重ねてきた技量と知識を使って、いかに個性を燃やすか”

安藤裕子は今、過渡期の真っ只中にいる。昨年5月に開催されたデビュー15周年記念ライブで“この日を終えて、本当の意味でソロシンガーになった”と宣言した彼女は、同年6月に初のセルフプロデュースアルバム『ITALAN』をリリースし、秋からは2年ぶりとなる全国アコースティックツアーを開催した。時を同じくして、さまざまなライブイベントに積極的に参加し、各会場で新曲を惜しみなく披露。そして、2019年1月6日に迎えたアコースティックツアーのファイナルでは、同公演を収録したライブCDのリリースに加え、バンドメンバーを一新した全国Zeppツアーを開催することが発表された。

長年着慣れた衣服を脱ぎ捨て、新たな仲間との音楽作りを始めた彼女は、果たして、どんな装いでステージに立つのか。今はただ、まだ見ぬ“新しい安藤裕子”との出会いが楽しみで仕方がない。

■新しいことを始めた自分のライブをもっとやりたい

——3月27日に初のライブCD『Acoustic Live 2018-19 at Tokyo』がリリースされました。どうしてライブCDを出そうと思ったんですか?

安藤:それは、出したいっていうレコード会社の人がいたから(笑)。見たいとか聞きたいと言ってくれる人がいればありがたいなと思うし、プロですから、必要があれば脱ぐことも厭わないっていうことですね。

——あはははは。ヌードになったっていう感覚ですか?

安藤:そんな恥ずかしさはありますね。ライブCDって、レコード芸術とは離れたものじゃないですか。見られたくない部分も見られてしまうし、その場にいて得られる感動や空気も音に加工やEQを加えるたびに少しずつ答えが変わってきたり、その瞬間あったものは少しずつ捻じ曲がってしまう。でも、それ以上に、ライブならではのものを感じたいっていう人がいてくれるのであれば、とても必要な作品だとも思う。そういうジレンマとの戦いはありましたね。だから、製品として整える部分はありつつ、歌はまったく直してないんです。直せば直すほど、恥ずかしいものになっていく感じが私の中であったので、簡単にいうと、歌は手つかずで、間違った歌詞もそのままになってますね。

——生の緊張感や迫力、歌への没入感が伝わってくる音源になってると思います。それに、未発表の新曲が4曲も収録されています。オープニングナンバーがいきなり新曲の「nontitle」でした。

安藤:一時期、トオミヨウくんがつけた「クレヨン」というタイトルになってたんですけど、“いや、「クレヨン」じゃねーな”って思って、「nontitle」という形で表示させていただいて。1曲目だし、印象が強かったので、なんとなくリード曲扱いになってて。ラジオのプロモーションで、何度か「nontitle」という名前でかけてもらってたので、この曲は「nontitle」として生きていくんじゃないかなって思います。

——15周年イヤーに突入してから、どんどん新曲を歌ってますよね。

安藤:3年前に休業に入って歌が作れないってなった時でも、ライブだけはやろうとスタッフに励まされて歌ってきたんだけど、過去の曲を歌うのがすごくつらくなっちゃったの。立ち止まってしまったことで、それを作ってた頃の自分にもう共感できなくて。割と小さな空間で人と対面した時に、自分が思ってもないことや共感できないことを歌うのがつらくて。だから、イベントのたびに新曲を作って、新鮮な気持ちで人の前に立つっていうことにしてたのね。「nontitle」も、小林武史さんが石巻でやってるイベント、<Reborn-Art Festival 2017>の時に歌った時以来の曲だったんですね。その時は割と、曲が作れなくなって枯れたなって思ってて。私、人生折り返したけど、このまま枯れて、灰になって死んでいくのかなって思ってた時期だから、そういうカラーが濃く出た曲ですよね。その頃の私は感情がまったくなくなって、無感動で、何にも興味がなくなっていた。人間なのに、このまま残りの人生をこうやって生きていくのかなっていう疑問符と、本当にそれでいいのかい?っていう気持ちだけ。

——無感情でも自問自答はしてる?

安藤:少し残ってるんでしょうね。朝起きて、朝ごはんを作って、掃除して、みたいな日常の中ではまったく何も欲してないし、何も考えてないんだけど、イベントがあるので曲を作ろうと思って音を出した時に生まれた疑問ですよね。音を出した時に初めて、“何をやってるんだろう、自分?”って思うっていうところかな。ライブでは、昔の曲はちょっと自分を奮い立たせないと歌えないから、新曲から歌うべきだなと思ったし、一番毒の強いものからやったらいいなと思ってましたね。

——このまま、ライブで披露された新曲についてお伺いしたいと思います。フォークロック「箱庭」はいつ頃作った曲ですか?

安藤:DadaDのShigekuniくんが作ってくれてた曲で、歌詞は私です。アルバム『ITALAN』のアレンジのブラッシュアップや楽器の演奏をShigekuniくんとトオミヨウくんに手伝ってもらって。すごく面白い人たちだったから、彼らとお仕事として何かを始められないかなって思って。それぞれに才があるプロデューサーだから、次は彼らの才能をちゃんと生かしたいなと思ったんです。Shigekuniくんは私にはないキャッチーなメロディを作る才能があるんですよね。私、鼻歌でもややこしいメロディになっちゃうんです。山本隆二くんがつけるコードが難解だっていう前に、すでに私のメロディがひねくれてるんですよ。私に足りないのは、パッと一聴した時に、人が聴きやすいメロディなんじゃないかなと思って。それで、Shigekuniちゃんに曲を作ってくれないってお願いして送られてきたのが「箱庭」です。やっぱり、すごく開けてるし、メロが綺麗で1音1音が聴きやすい。私にはできないメロディだなって思いますね。

——ラブソングですよね。

安藤:ラブソングという面もあるけど、私としては、もう1回、人間を始めたいっていう意思表示でもあったの。私がずっと抱えていた枯渇、このまま焚き火の火が燃え尽きて、灰と煙になって、そのまま朽ちていくような不安になっていた思うの。そうやって死んでいくんじゃないかっていう、非常につまらない灰色の未来を描いていたんだけど、人生あと半分あるのに、なんでこのまま死ぬんだよって思って。『ITALAN』のテーマは“至らぬ人々”で、恋が絶対に始まらなかったんですよね。結局、愛や恋にならない、つまらない温度だったわけ。私は、そういう人間がほとんどじゃんって思って作ってたけど、そういう人間がほとんどだと少子化は解決するのかって!

——あははは。大きな話になってきた!

安藤:少子化対策も考えてるから(笑)。「箱庭」の主人公は男の人で、中年の域に差し掛かったおじさんおばさんたちが、もっと心を裸にして、愛や恋に溺れたっていいだろう?命を燃やすというのかな、瞬間的な恋に落ちようよっていう表現の曲ですね。

——ライブでも“ここで出会った男女が一夜を共にしてほしい”って言ってましたね。

安藤:そうそう。ライブのたびに、おじさんにもっと恋をしてほしいってお願いをしながら、歌い続けてたの。“ぜひ持ち帰ってほしい”って言いながら歌ってた(笑)。40でも50でも、70でもいいから、瞬間的な恋に忠実であってほしいなっていう、奮い立たせるための曲。「少女小咄」も同じようなことだよね。主人公が女性だからもうちょっと現実的だけど、ちょっと感じがいいなと思った人に告白されたらどうしようっていう妄想と、でもどうせ自分なんてつまらなくてすぐに彼は飽きちゃうだろうし、見せられるような体じゃないしっていうネガティブな考えの行き来がある。大人になればなるほど、いろんなことを考えたらめんどくさくて、恋愛にならないんだけど、もうちょっと夢見てもいいんじゃないのかなっていう曲ですね。

——もう1曲、「一日の終わりに」は昨年12月23日のamiinAのイベントや、今年1月18日のイベント<共鳴レンサ>、1月28日のイベント<LIVE in the DARK>でもやってました。

安藤:amiinAのイベントの前に作ったのかな。私もいい加減、自分で弾き語りで歌える曲を作ろうと思って。ギターの練習をしながら、好きな音をアルペジオで鳴らして作った曲で。Salyuちゃんと一緒にやったファンクラブイベントの晴れたら空に豆まいて(2018年12月27日)でも一緒に歌ってもらって。その時はハモってもらいましたね。

——デビュー以来ずっと一緒にやってる山本隆二(Pf)と名越由貴夫(Gt)との3人でアコースティックツアーを回りつつ、イベントにはShigekuni(Ba)とトオミヨウ(Pf)、あらきゆうこ(Dr)というバンドセットで挑んでました。

安藤:新しいことを始めた自分のライブをもっとやりたいと思ってて。新曲を作り出した時の考えの中に、自分でもうちょっと音楽っていうものについて考えたり、演奏したりしたいという思いがあったの。安藤裕子という音楽の後期は“チームアンディ”のカラーが濃くなってしまっていて、もともとモノ作りをしていた安藤裕子はどこにいったのかっていう疑問もあって。もうちょっと中心の私が音楽性を濃くしないとつまらないんじゃないかなって思っていた。自分で成長しないとチームの未来もないんじゃないか?っていうのがあって、今は自分だけが練り込む新曲をたくさん作って、いろんなことを試していいます。

■やりたいこととできることはやり尽くそうかなって思ってます

——15周年ライブが終わって、やっとソロのアーティストになったと言ってましたね。

安藤:そうそう。この15周年は、ソロでやっていくイメージを持つ時間でもあったと思う。私、もともとモノ作りの人間なのに、気がついたらヘッタクソな歌がウマくなっちゃって(笑)、歌手になっちゃった。それに、ファンと対峙する中で、段々と命のやり取りみたいなものが濃くなりすぎたことも立ち止まる要因だったかもしれない。もうちょっと小さな生活の音を奏でたいなという思いもあったし。1回出来上がってしまった安藤裕子というものから少し離れたいっていうのがあったんですよね。だから、山本隆二くんに“今年はもっさんなしのライブをやろうと思う”ってLINEをして。頼っちゃうからね。

——どんな返事が返ってきました?

安藤:“お、新しいことやるのは体力いるよ。観に行くわ”って。“いや、来ない方がいいかもしれない”っていうやり取りをしてたんだけど(笑)、もうちょっと武者修行というか、底力をつけないといけないなっていうのが根底にあって、いろんなことを試してる感じですね。いろいろ曲を作ったり、楽器の積み方を学んでいたり。今、いろいろと自分を育て中です。

——そして、アコースティックツアーのファイナル公演で、全国Zeppツアーの開催を発表しました。山本さんなしのバンド編成っていうことですよね。

安藤:そうですね。ドラムがあらきゆうこで、ベースがShigekuniくん。鍵盤は初めてとなる小林創(はじめ)さん。小林さんはイベントで1回お見かけしただけで会話もしたことないんだけど、その日、大橋トリオさんがギターを弾いて歌うとなった時に小林さんがピアノを代わりに弾き始めたんです。初めて耳にしたんだけど、1音弾いた途端に楽器が変わっちゃったのね。あ、この人はピアニストなんだなっていうのが1音で響き渡って。やべー、この人はって、気になって気になって仕方なくて。自分の音楽性と合うとか合わないとかじゃなくて、この人の弾くピアノを目の前で見たいっていう思いだけでお願いして。お会いするのがすごく楽しみですね。ギターは、元・森は生きているの岡田拓郎くん。彼はもともと曲も知らなかったけど、偶然、なんかの飲み会で横に座ったの。あはははは。あとからソロの作品を聴いたらとても良くて。

——(笑)。どんなツアーになりそうですか?

安藤:不安しかないね。まだ1回も音を合わせてないから。過去やってきたものを、新しいメンバーで再構築する感じかな。誰がどの音を出せるか。鍵盤でもシンセ大好きっ子と、生楽器オンリーですっていう人ではタイプが全然違うし、奏でられる音の数が変わってくる。ギターもエレキは得意だけど、アコギが苦手ですっていう人もいるし。みんなでリアレンジしながら、今の音像を作り上げていけたらいいなと思ってます。

——過去の曲は全部、リアレンジするんですか?例えば、「海原の月」のイントロは変えてほしくないなと思ったりするんですが。

安藤:わかった。じゃあ、絶対変えない。でも、「パラレル(悲しみバージョン)」は、今回ライブでリアレンジしたんですよ。

——奔放な曲だったのに。悲壮感たっぷりになってました。

安藤:そう。楽しい曲だったのを、私が変えたくて。もっさんに、“日本海、冬、寒い”みたいな感じを細かいアルペジオで弾いてってお願いして。名越さんには“弓で、アイスランドのイメージで”って言って。名越さんにトレイシー・ローズっていう架空の恋人を作って。不倫相手と逃げてきて、この崖から飛び降りるのか、このままこの街で暮らすのか、みたいな感じで弾いてもらって。それは、ある意味、作り直してるわけですよ。

——よかったですよ。イベント<共鳴レンサ>では、“恐ろしバージョン”になってましたし。

安藤:でしょ!ほら、昔の曲でもアレンジを変えたって楽しいじゃん。そういう可能性も持ってほしいですね。あと、新たな出会いでもあるからね。曲の答えが変わっていくっていう。リズムやテンポ、コードや音の響きで誘導される答えってあるけど、新たな風景とか、新たな出会いも楽しいかなと思ってて。

——そう言われると、このメンツで「聖者の行進」のイントロがどう変わるのか聴きたい気もするし、同じアレンジでどんな違いが出るのかを知りたい気もします。

安藤:あれは長年こだわりすぎて。新たに入ってくれるドラムの人に、そこは矢部浩志一色で、絶対にハネないでください!みたいな感じでお願いしてきて。みんな顔をひきつらせながらも引き継いできたフレーズがあるんですけど、ま、あらきゆうこがいたらなんでもどうにでもなるんだろうって思ってます。

——また新曲もあるんでしょうか。

安藤:今ね、Shigekuniくんとトオミくんと3人でアルバムを作ってるんですよね。2人には“安藤裕子をポップに引き上げてくれ”っていう話をしてて。私が1人で好きなことをやると沼の音楽になっちゃうし、命のやり取りから離れるっていうのがテーマとしてあって。現時点では、トオミくんは、“自分がプロデュースするなら、あえて安藤裕子に歌謡曲を歌ってほしいんですよ”って言ってる。Shigekuniちゃんとはメロディだけ聴くとポップスだけど、ちょっと変わった音像にできたらいいなと思ってて。アルバムの曲をどれだけツアーでやれるかどうかはまだわからないけど、昔のファンはあんまり好きじゃないかもしれない。いわゆる、安藤裕子と言えばっていうところからわざと距離を置いた音を作ろうと思ってるから。でも、これまでの安藤裕子らしさを超えた先の音を楽しみにしてもらえたらいいなと思います。

——まだ全然想像つかないので、どんな音やどんなライブになるのかが楽しみです。

安藤:そうです。ここからやり直しですからね。ただ、過去に戻れるとして、記憶や知識量が残ったまま17歳に戻ったとしたら、なんでもできるでしょ。私も知識量を持ってのやり直しなので、ゼロとは違うし、いつ死ぬかわからないから、やりたいこととできることはやり尽くそうかなって思ってますね。積み重ねてきた技量と知識を使って、いかに個性を燃やすかっていうことだけを考えたいと思います。

撮影:西角郁哉/取材:永堀アツオ

【ライブ情報】

『安藤裕子 Zepp Tour 2019 ~雨街交差点~』

6月22日(土) 大阪・Zepp Namba

お問い合わせ:キョード—インフォメーション 0570-200-888(毎日10:00~18:00)

6月23日(日) 福岡・Zepp Fukuoka

お問い合わせ:キョード—西日本 0570-09-2424

6月30日(日) 愛知・Zepp Nagoya

お問い合わせ:サンデーフォークプロモーション 052-320-9100(10:00~18:00)

7月07日(日) 東京・Zepp DiverCity Tokyo

お問い合わせ:ディスクガレージ 050-5533-0888(平日12:00~19:00)

<チケット>

¥6,200(指定席/税込)

チケット一般発売中!

※3歳以上チケット必要/別途1ドリンク必要

ライブCD『Acoustic Live 2018-19 at Tokyo』

2019年3月27日発売

LNCM-1282~3/¥3,000+税

<収録曲>

■Disc1

01.nontitle(新曲)

02.TEXAS

03.のうぜんかつら

04.お祭り −フェンスと唄おう−

05.鐘が鳴って 門を抜けたなら

06.レガート

07.箱庭(新曲)

08.少女小咄(新曲)

■Disc2

01.風雨凄凄

02.海原の月

03.パラレル(悲しみバージョン)

04.夜と星の足跡 3つの提示

05.一日の終わりに(新曲)

06.問うてる

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