グラミー賞の現役最多受賞者としてアメリカ音楽界に君臨するアリソン・クラウスと、レッド・ツェッペリンのリードヴォーカリストでブリティッシュロック界最高のシンガー、ロバート・プラントの共演した作品が今回紹介する『レイジング・サンド』である。クラウスが出ているからというわけではないが、このアルバムも第51回グラミー賞で5部門を受賞するという快挙を成し遂げた。
プロデュースを担当したのはT・ボーン・バーネット。アメリカのポピュラー音楽界において、ドン・ウォズと双璧を成すアメリカーナ音楽の超大物プロデューサーである。
■ブルーグラス音楽のニューヒロイン
アメリカでは大物だけれど日本であまり知られていないアーティストと言えば、アリソン・クラウスがその最右翼だろう。その理由は、彼女がブルーグラス音楽のアーティストとしてデビューしたことによる。60年代〜70年代前半にかけて洋楽を聴いていた者にとって、ブルーグラスは身近に思える音楽であった。当時、ブルーグラスのグループが来日すれば大橋巨泉の『11PM』や今も続く『ミュージックフェア』に出演していたし、多くの若者が眠さをこらえながら毎晩聴いていた深夜放送でもよく取り上げられていたからだ。グレイトフル・デッド、イーグルス、ポコ、ニッティ・グリッティ・ダート・バンドなどの人気グループもしばしばブルーグラス風のロックを演奏していた。
ところが、80年代にシンセポップやテクノが流行して以降、土臭い香りを持つ音楽は一掃されてしまい、日本では都会的なポップスでないと通用しない風潮になった。ブルース、フォーク、カントリー、オールドタイム、ブルーグラス、ジャグバンド音楽などを愛好する一部のアーティストやリスナーは生き残ってはいるが、絶対数が圧倒的に少なくなってしまった。アリソン・クラウスがブルーグラスの新人アーティストとしてデビューするのは1987年で、当時日本の若者で彼女に興味を抱いたのは大学のブルーグラス・サークルとそのOBぐらいかもしれない。僕が彼女のことを知ったのは、初のグラミー賞受賞作品となった『I’ve Got That Old Feeling』(‘90)で、センシティブで透明感あるヴォーカルとスタジオミュージシャンとしても通用するフィドルのテクニックは、ブルーグラスの新たな可能性を明確に感じた作品であった。
■グラミー賞現役最多受賞者
グラミー賞受賞の翌年、次作『Every Time You Say Goodbye』(‘92)でも2年連続で受賞、彼女の才能を広く知らしめることになった。この後は女性ブルーグラスアーティストとしてというより、ブルーグラスのトップアーティストとして走り続ける。そして、2018年現在、グラミー賞受賞27回(ノミネートは42回)という驚くべき実績を残している。この記録は故人であるクラシックの指揮者・ピアニストのゲオルグ・ショルティ(84歳没)の31回受賞に次ぐ大記録であり、彼女がまだ47歳であることを考えると、おそらく近い将来ショルティを抜き去ることは間違いない。
■ロックヴォーカリストの頂点、 ロバート・プラント
69年のデビューから70年代前半のレッド・ツェッペリンでのロバート・プラントのヴォーカルは、凄いとしか言いようのないものだった。彼らは単なるハードロックグループではなかった。メンバー全員がロックやブルースだけでなく、ブリティッシュトラッドにも向き合った曲作りをしており、ブリティッシュルーツロックのグループであったことは間違いない。プラントのヴォーカルはデビュー時点で既に完成しており、計算されたシャウトとどこまでも伸びるハイノートに大きな特徴があった。ブルースを基礎にしながらもニューロックのヴォーカルスタイル(ステージアクションや衣装も含む)を創り上げた、その才能はロック界に大きな貢献をしたと言えるだろう。
レッド・ツェッペリンの3枚目『III』では、ブリティッシュトラッドっぽいナンバーやカントリー的なナンバーも披露し、プラントはそういったルーツ系の曲でも素晴らしいヴォーカルを聴かせており、彼らの音楽がさまざまなバックボーンに支えられていることがよく分かる。そして、71年の『IV』に収録された「ブラックドッグ」と「天国への階段」で、ツェッペリンの音楽とプラントのヴォーカルは完成される。
ツェッペリン解散後のプラントはハニードリッパーズでR&Bやロカビリーをやり、ソロ作も何枚かリリースするなど、自身のルーツを見つめながら新たなサウンドを模索していた。90年代後半になってフォークロック的なサウンドで小さなライヴハウスを回ったり、彼が好きだったモビー・グレイプのスキップ・スペンスのトリビュートアルバムに参加したりするなど、小回りの効いた活動を行なっている。21世紀に入ってからは新しいグループ、ロバート・プラント&ザ・ストレンジ・センセーションを結成、無国籍風のフォークロックグループとして活動していたところ、プロデューサーのT・ボーン・バーネットにアリソン・クラウスとのコラボレーション作品の話を持ちかけられる。
■本作『レイジング・サンド』について
そして、剛のプラントと柔のクラウスがタッグを組んだ本作『レイジング・サンド』のレコーディングがはじまる。プロデュースはアメリカーナ音楽専門のT・ボーン・バーネット、バックを務めるのはギターのマーク・リーボウをはじめ、バーネット人脈で占められている。サウンドはゴシック感覚のあるアメリカーナで、重厚で暗めの曲が並んでいる。バンジョーやマンドリンが使われているナンバーもあるがブルーグラスは1曲もなく、オルタナティヴ・ゴシック・オールドタイムとでも呼べそうなサウンドだ。
収録されたナンバーは全部で13曲、ジミー・ペイジとプラントの共作1曲を除いては、全てバーネットが用意したカバー曲で、元バーズのジーン・クラーク、マッド・エイカーズのロリー・サリー、テキサスのフォークシンガー、タウンズ・ヴァン・ザント、エヴァリー・ブラザーズ、トム・ウェイツ、アラン・トゥーサンなど、アメリカーナ的な統一感を図った選曲となっている。
どの曲もポップな要素は極力抑えられ、バックの演奏はプラントとクラウスの渋さ溢れるデュエットを引き立てるために存在している。どの楽器も音数は少ないが、魂のこもった演奏が詰まっていると思う。特にクラウスのフィドルとマーク・リーボウのギターは秀逸である。アルバム最後の「Your Long Journey」はオートハープに重鎮マイク・シーガーも参加し、本作中最高の名演となっている。
余談だが、プラントは本作の仕上がりに満足したのか、この後もパティ・グリフィン、バディ・ミラー、ダレル・スコット、バイロン・ハウスら、カントリー系の超が付く凄腕メンバーたちと新グループ「バンド・オブ・ジョイ」を結成、アルバム『バンド・オブ・ジョイ』(‘10)をリリース、ブルーグラスフェスなどにも出演していた。偶然かどうかは不明だが、ツェッペリンの盟友ジョン・ポール・ジョーンズも、2004年にブルーグラス系のアーティストたちとグループ『Mutual Admiration Society』を結成しツアーを行なっている。また、ブルーグラス系のグループのプロデュースもいくつか手掛けるなど、プラントと似た足跡を残しているのは面白いところ。
閑話休題。本作を聴いて気に入ったなら、ダニエル・ラノア、ジョー・ヘンリー、ギリアン・ウェルチの諸作品や『ザ・ニュー・ベースメント・テープス』(‘14)あたりも聴いてみてほしい。映画なら『ソング・キャッチャー』(’00)とか『オー・ブラザー』(‘01)が本作と似た感覚かもしれない。
TEXT:河崎直人
アルバム『Raising Sand』
2007年発表作品
<収録曲>
1. リッチ・ウーマン/Rich Woman
2. キリング・ザ・ブルース/Killing the Blues
3. シスター・ロゼッタ・ゴーズ・ビフォア・アス/Sister Rosetta Goes Before Us
4. ポリー・カム・ホーム/Polly Come Home
5. ゴーン・ゴーン・ゴーン/Gone Gone Gone (Done Moved On)
6. スルー・ザ・モーニング、スルー・ザ・ナイト/Through the Morning, Through the Night
7. プリーズ・リード・ザ・レター/Please Read the Letter
8. トランプルド・ローズ/Trampled Rose
9. フォーチュン・テラー/Fortune Teller
10. スティック・ウィズ・ミー・ベイビー/Stick with Me Baby
11. ナッシン/Nothin’
12. レット・ユア・ロス・ビー・ユア・レッスン/Let Your Loss Be Your Lesson
13. ユア・ロング・ジャーニー/Your Long Journey
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