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『フロム・ザ・リーチ』は豪華なゲストを迎えたサニー・ランドレスの会心作

言うまでもないが、サニー・ランドレスはスライドギター奏者としてデレク・トラックスと並び、世界最高のテクニックと歌心を持ったプレーヤーだ。彼の名前が世界的に知られるようになったのは、エリック・クラプトンに誘われて2004年と2007年の『クロスロード・ギター・フェス』に参加してからのことである。しかし、日本のロックファンはランドレスがジョン・ハイアットのサポートミュージシャンとして来日した1988年の時点で、彼が恐るべきスライドギタリストであることを知っていたのである。今回取り上げるのはランドレスの通算11枚目となる『フロム・ザ・リーチ』で、本作にはクラプトン、ロベン・フォード、エリック・ジョンソン、ヴィンス・ギル、マーク・ノップラーといった著名なギタリストをはじめ、ドクター・ジョンやジミー・バフェットなど豪華なゲストが参加し、いつも以上にパワフルな仕上がりとなっている。

■難しいスライドギターのテクニック

世界にスライドギタリストは数多く存在するが音のコントロールが難しく緻密なテクニックが必要とされるため、ロック界において高いレベルで活躍するプレーヤーはひと握りしか存在しない。ロックの世界では60年代後半から70年代初頭にかけてデュアン・オールマン、ジョニー・ウィンター、ジェレミー・スペンサー、ミック・テイラー、ライ・クーダー、ローウェル・ジョージ、ボニー・レイット、ジェシ・デイヴィス、ロン・ウッドらが現れたが、シンセポップが脚光を浴びた80年以降はギターの存在そのものが花形とは呼べなくなったこともあって、スライドギター奏者は相当減った。ところが、80年代後半になって人力演奏が見直されるようになると、ルーツロック系の若手アーティストたちがデビューし、往年のベテランたちもシーンに戻ってくるようになって、スライドギターは再び重用されることになる。

■さまざまなスライドギターのプレーヤー

ロックにおいてのスライドギターは、元はロバート・ジョンソン、マディ・ウォーターズ、エルモア・ジェイムズなどのブルース奏者の演奏を参考にしたものが多く、60年代は主にブルースロックや初期のサザンロックで使用されていたのだが、ジョン・メイオールやフリートウッド・マックらブリティッシュブルースのグループがブルースのスライドそのもののかたちを提示したのに対し、オールマン・ブラザーズやタジ・マハールのようなアメリカのグループやソロアーティストは、ロック的な視点でスライドギター奏法を大きく進化させている。特にダイナミックなデュアンのスライドはアメリカンロックに大きな影響を与え、ライ・クーダーが現れるまでのスライド界はデュアンの独壇場であったと言えるだろう。

デュアン・オールマンとライ・クーダーの他では、リトル・フィートのローウェル・ジョージが抜きん出た存在で、『ディキシー・チキン』(‘73)等でのコンプレッサーを効かせた粘っこいプレイは、洗練されたロックにも合うスライドギターのスタイルを確立している。グラミーの常連ボニー・レイットもスライドの名手であるが、彼女のスタイルはローウェル・ジョージを模したものだ。

上記のスライドプレーヤーたちは普通のエレキギターを使用しているのだが、70年代になってアル・パーキンス(フライング・ブリトー・ブラザーズ)やデビッド・リンドレー(ジャクソン・ブラウン・バンド)たちがスティールギターをスライド風に弾くようになって、ブルースオリジンのものばかりでなく、カントリーロックなどにも応用することで広がりを見せ始める。先日亡くなったばかりのバディ・ケイジ(ニュー・ライダース・オブ・ザ・パープル・セイジのペダル・スティール奏者)も、ファズを効かせたスライド風スティールプレイが得意であった。

■素晴らしいタイミングで 来日したジョン・ハイアット

シンセポップや打ち込みの目新しさが落ち着きを見せ、人力演奏が見直されるようになった1988年、グッドタイミングで来日公演を行なったのがジョン・ハイアット。彼は70年代前半から活躍するカントリーロック系のシンガーソングライターで、実力派のシンガーとして知られるだけでなく、ライ・クーダーのグループにセカンドギタリスト兼ヴォーカリストとして加入するなど、ギタリストとしての力量も高い。

中でも、来日の少し前にリリースされたライ・クーダー、ジム・ケルトナー、ニック・ロウをバックに従えた『ブリング・ザ・ファミリー』(’87)は、風格すら感じさせる仕上がりで、これまで陽の目が当たらなかったハイアットであったが、このアルバムの曲が多くのアーティストにカバーされ、一躍ルーツロックの申し子として認められることになる。そのアルバムがまだ話題となっていた時期だけに、彼の日本公演にライ・クーダーが来るのではないかと多くのファンは期待していた。しかし、来日メンバーが発表されると、知らないメンバーばかりでがっかりすることになるのである。この時、ハイアットのバックメンバー「ザ・ゴナーズ」の一員として参加していたのが、まだ無名のサニー・ランドレスだ。

■手品のようなランドレスの スライドプレイ

ファンの期待と失望の中で、ハイアットのライヴを観た者はその演奏に度肝を抜かれるのである。サニー・ランドレスのスライドプレイはデュアン・オールマンでもライ・クーダーでもローウェル・ジョージでもない、それまでに体験したことがないまったく新しいスライドギターのスタイルで、じっくり見ても、どうやって弾いているのか見当もつかなかった。この時、世界中のスライドギターファンを差し置いて、日本のリスナーが最初にランドレスを発見したと言っても過言ではない。彼のスライドプレイは単にスライドバーを弦に当てるだけでなく、他の指で押弦したり右手もフルに使うなど、微妙なコントロールを自在にこなしていた。彼の天性の才能はもちろんだが、気の遠くなるような実験と練習を日々行なっていたのだと思われる。

このコンサートのあと、彼のアルバムを探すリスナーは増え、中古専門店に彼のコーナーができるほどであった。かく言う僕も彼の1stソロ作『ブルース・アタック』(’81)と2nd『ウェイ・ダウン・イン・ルイジアナ』(’85)を入手し、特に『ウェイ・ダウン〜』は聴きまくった。このアルバムは、彼のルーツであるルイジアナのケイジャンやザディコ臭が強く、ランドレスならではのサウンドに満ちている。生音に近いスライドプレイは、すでに彼のスタイルが完成しつつあり、指弾き・スライドともにハイレベルのテクニックが聴ける作品だ。

ランドレスのトレードマークとも言える重厚なスライドギターが聴けるようになったのは、ソロ3作目(メジャー移籍1作目)の『アウトワード・バウンド』(’93)からで、この作品以降、そのプレイには磨きがかかり超絶技巧の連続である。ソロ4作目の『サウス・オブ・1-10』(’95)ではアラン・トゥーサンやマーク・ノップラーをゲストに迎え、ランドレスのケイジャン・スワンプ・ロックと呼ぶべき独自のアメリカーナ・サウンドを確立する。この頃から多くのセッションに参加し、スライドギタリストとしてデュアン・オールマンやライ・クーダーと並び称される存在となる。

■本作『フロム・ザ・リーチ』について

そして、2004年と2007年にエリック・クラプトンから『クロスロード・ギター・フェス』への参加を要請され、そこで見せた超絶技で彼のスライドギターは世界に知られることになる。クラプトンの「ランドレスは最も先進的なギタリストであり、世界一過小評価されているギタリスト」という言葉は有名だが、ランドレスはロックスターになりたいわけではなく、自らのルーツを大切にしながら良い音楽を創りたいだけなので、売れようが売れまいが、彼にとってそんなことは二の次である。

とは言っても、本作『フロム・ザ・リーチ』は彼のアルバムの中にあって、最もキャッチーなロックサウンドである。ゲストで参加しているエリック・クラプトン、ロベン・フォード、マーク・ノップラー、ヴィンス・ギル、エリック・ジョンソンら、スーパーギタリストと手に汗握るようなギターバトルを繰り広げていて、ランドレスとしては珍しくハメを外している感じが伝わってくるのは楽しい。ハイライトは「ブルー・タープ・ブルース」(マーク・ノップラーがギター&ボーカルで参加)、「ホエン・アイ・スティル・ハッド・ユー」(クラプトンがギター&ボーカルで参加)、「ウェイ・バスト・ロング」(ロベン・フォードがギター&ボーカルで参加)あたりで、ゲストのプレイも良いがランドレスのスライドソロは神がかっていると言いたくなるぐらい凄いプレイの連続である。

収録曲は全部で11曲、全曲ランドレスのオリジナル(1曲だけ、女性SSWのウェンディ・ウォルドマンと共作)で、全編にわたって聴けるランドレス自身の素直なリードヴォーカルは素晴らしい。また、コーラスをおろそかにしていないところが彼らしいところで、ジミー・バフェット(1回のコンサートで10万人単位が集まる大スター)、ナディラ・シャクー(元アレステッド・ディベロップメント)をバックヴォーカル要員として使っているし、グラミー賞を20回受賞しているマルチ・インスゥトルメンタリストのヴィンス・ギルに至っては、ギター1曲とバックヴォーカル3曲で使っているのだから実に贅沢な起用である。

本作は彼の立ち上げたレーベル(ランドフォール)からの1作目で、ビルボードのブルースチャートで彼自身初の1位を獲得する。このアルバムで彼の音楽を気に入ったら、もう少しルーツ寄りの『ウェイ・ダウン・イン・ルイジアナ』や『サウス・オブ・1-10』を聴いてみてほしい。ジョン・ハイアットの『スロー・ターニング』(’88)や、ランドレスは参加していないが『ストールン・モーメンツ』(’90)も秀作なのでぜひ!

TEXT:河崎直人

アルバム『From The Reach』

2008年発表作品

<収録曲>

1. ブルー・タープ・ブルース/BLUE TARP BLUES

2. ホエン・アイ・スティル・ハッド・ユー/WHEN I STILL HAD YOU

3. ウェイ・バスト・ロング/WAY PAST LONG

4. ザ・ミルキー・ウェイ・ホーム/THE MILKY WAY HOME

5. ストーム・オブ・ウォーリー/STORM OF WORRY

6. ハウリン・ムーン/HOWLIN’ MOON

7. ザ・ゴーイン・オン/THE GOIN’ ON

8. レット・イット・フライ/LET IT FLY

9. ブルー・エンジェル/BLUE ANGEL

10. ウベレッソ/UEBERESSO

11. ユニバース/UNIVERSE

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