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哀愁あるメロディーを轟音で料理するダイナソーJr.のメジャー移籍第一弾『グリーン・マインド』

1985年にデビューしたダイナソーJr.は、オルタナティブロックの代表的なグループのひとつである。グループの特徴は、切なく寂しげなメロディーを轟音で演奏することである。リーダーのJ・マスキスのメロディーメイカーぶりは際立っており、その部分においては他のオルタナティブロックのグループの追随を許さない。インディーズで3枚のアルバムをリリース後、本作『グリーン・マインド』でメジャーデビュー、インディーズ時代と比べるとすっきりした印象を受けるものの、グループの本質はさほど変わっていないと言えるだろう。本作が彼らの最高作とは言わないが、ダイナソーJr.の音楽およびオルタナティブロックを世界に広く知らしめたという点で注目すべき重要作である。

■ポストパンクからオルタナティブへ

70年代中頃に華々しく登場したパンクロックであったが、数年後には巨大レコード会社に取り込まれてしまい、徐々に骨抜きにされていく。70年代末以降のポストパンク時代になって、気骨ある若いアーティストたちは制約のない音楽をミュージシャン主導で発信するために、その頃一気に増えたインディーズレーベルでの地下活動を選択することになった。70年代とは違ってインディーズ盤の制作や流通はグローバルな広がりを見せていたし、それに加えて若者を代表するメディアとしてCMJ(カレッジ・メディア・ジャーナル)の高支持も相まって、80年代中頃には様々なスタイルのロックが全米各地から現れ始めた。それらはメジャーレーベルからリリースされるロックとはまったく違うテイストを持っており、とりあえず“オルタナティブロック”と呼ばれることになる。

ブラック・フラッグ、ソニックユース、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ピクシーズ、ハスカー・ドゥ、デッド・ケネディーズなどが人気を得て、当初は地域密着型(地元でのライヴ、地元近辺のインディーズレーベルと契約)のスタイルで人気を集めていく。CMJがそれらオルタナティブロックのアーティストたちを取り上げると大きな話題となり、レコードは大いに売れた。また、彼らが一般的なビルボードチャートやMTVに登場することはなかったが、グランジ、スラッシュメタルなどインディーズから発信される新しいロックは、あっと言う間に全米レベルで浸透していった。

■全米各地のインディーズレーベル

リスナーに媚びず、やりたい音楽を発信するオルタナティブロッカーを支えたのが、全米各地に点在するインディーズレーベルである。そもそもアメリカのインディーズは、イギリスのラフトレード、チェリーレッド、4ADなど、ポストパンクグループを数多く輩出した気概のあるレーベルに影響を受けている場合が多い。70年末ぐらいから80年初頭にかけての動きとしては、アーティストが自分のレコードをリリースするために設立したり、各地域で活動する音楽マニアが趣味で始めたりすることも少なくなかった。レーベルそれぞれに特徴があるので、その主要なものを少し挙げておく。

サウンドガーデン、マッドハニー、ニルヴァーナなどといった大物オルタナティブロッカーを擁したシアトルのサブ・ポップは、ローファイとグランジを広めたレーベルで、所属アーティストだけでなく所属してない地元アーティストまでをぎっしり詰め込んだサブ・ポップならではのサンプラー盤は、バンドごとのディスコグラフィーも付いていてマニア心をくすぐり、真似をするレーベルが続出した。このサンプラーのおかげでオルタナティブロックのファンは間違いなく増えた。

ハリウッド発のエピタフレコードは、バッド・レリジョンのブレット・ガーヴィッツが中心となって設立されたレーベル。もちろん当初はバッド・レリジョンのレコードをリリースしていたが、オフスプリングのアルバムが1,000万枚売れたことで、トム・ウェイツやマール・ハガードまでリリースする、もはやインディーズとは呼べない中堅レーベルにまで成長している。

ブラック・フラッグのグレッグ・ギンがカリフォルニアのロングビーチで創立したSSTレコードは、ハスカー・ドゥ、ソニックユース、ミニットメン、バッド・ブレインズといった硬派のアーティストたちや、フレッド・フリス、ヘンリー・カイザーなどの前衛音楽のアーティストが所属し、オルタナティブロッカーの間では半ば神格化されていたレーベルだ。ソニックユースのサーストン・ムーアに紹介され、ニューヨークのインディーズからすでにデビューしていたダイナソー Jr.は念願のSSTに移籍し、87年に2ndアルバム『You’re Living All Over Me』をリリース。ニール・ヤング&クレイジーホースのサウンドにターボエンジンを積んだような爆音サウンドを武器に、オルタナティブロック界の雄として注目を集めることになる。

■ダイナソーJr.の結成

マサチューセッツ州アマースト出身のJ・マスキスは、小さい頃にドラムを始め、高校の頃にはジャズのバンドに参加していた。同郷のルー・バーロウが加入していたディープ・ウーンド(Deep Wound)というハードコア・パンクグループのドラムのオーディションに合格する。このグループではバーロウはギターを弾いていた。ふたりはグループ解散後も行動をともにし、ダイナソーJr.を結成する。新グループではマスキスがギターを弾き、バーロウはベースを担当する。ドラムにはディープ・ウーンドにも時々参加していたマーフが加入した。

85年にニューヨークのインディーズ、ホームステッドレコードからデビュー作『Dinosaur』をリリース、前述した2ndアルバム以降のような楽曲の完成度はまだ見られないが、マスキスのニール・ヤング的な哀愁を帯びたヴォーカルが注目された。そして、87年には前述したようにサーストン・ムーアの紹介でSSTレコードから名盤『You’re Living All Over Me』をリリースする。プロデュースをソニックユースやへルメットなどを手がけたことで知られるウォートン・ティアーズが担当しているせいか、楽曲や演奏レベルが格段に向上している。80年代後半の混沌としたオルタナティブロック界にあって、マスキスの書く曲とヴォーカルは圧倒的な存在感を示したと言える。続く『Bug』(‘88)でも前作同様の安定感を見せるが、アルバム全曲マスキス作になってしまい、彼のワンマンぶりにバーロウは我慢できず、グループを脱退する。

■本作『グリーン・マインド』について

2作目と3作目で実証された稀代のメロディーメイカー、J・マスキスを擁するダイナソーJr.をメジャーレーベルが放っておくはずもなく、WEA傘下のサイアー・レコード(イギリスはブランコ・イ・ネグロ)と契約、91年に本作『グリーン・マインド』をリリースする。ジャケットには、これまでのイラストとは違い、アメリカの写真家ジョゼフ・スザボの衝撃的な少女のポートレートを使って、大胆なイメチェンを図っている。

バーロウが抜けたため、ベースにはドン・フレミングがゲスト参加。マーフのドラムがマスキスのお気に召さず、アルバムに収録された10曲中7曲をマスキスが叩いている。本作では前作までの轟音は少し減って、内省的なシンガーソングライター作品のような仕上がりとなった。サウンドが落ち着いてしまった感はあるものの、マスキスの音楽性からするとこちらのほうが合っているとも思う。本作でも彼のソングライティングは衰えを見せず、メロディーメイカーぶりは健在である。

本作はとても充実した作品になっているが、91年はオルタナティブロックが大いに飛躍した年である。ニルヴァーナの『ネヴァーマインド』、パールジャムの衝撃的なデビュー作『テン』、サウンドガーデンの『バッドモーターフィンガー』の3枚がこの年にリリースされており、オルタナティブロックというかグランジが世間に広く認知されたのが、この91年であった。そして、そのグランジに火をつけた先駆が、ダイナソーJr.の『ユーアー・リビング・オール・オーバー・ミー』と『バグ』の2枚のアルバムなのである。

4枚目にしてグランジから撤退したマスキスは、この後アメリカで静かなブームとなるオルタナティブカントリーに目を向けていたようだ。2006年にリリースされた本作のボートラ付きCDで、グラム・パーソンズの「ホット・ブリトウ No.2」のカバーが収録されていたことで、その推測は確信となった。

冒頭に書いたが、本作はダイナソーJr.の最高傑作とは言えない。しかし、彼らのアルバムをどれか1枚と言われれば、僕は本作を推す。それは、このアルバムにはダイナソーJr.のエッセンスが分かりやすく詰まっているから。彼らの入門作として『グリーン・マインド』はもってこいの作品だと思う。

TEXT:河崎直人

アルバム『Green Mind』

1991年発表作品

1. ザ・ワゴン/The Wagon

2. ピューク・アンド・クライ/Puke + Cry

3. ブロウイング・イット/Blowing It

4. アイ・リヴ・フォー・ザット・ルック/I Live For That look

5. フライング・クラウド/Flying Cloud

6. ハウド・ユー・ピン・ザット・ワン・オン・ミー/How’d You Pin That One On Me

7. ウォーター/Water

8. マック/Muck

9. サム/Thumb

10. グリーン・マインド/Green Mind

11. ホット・ブリトウ No.2/Hot Burrito #2

12. ターニップ・ファーム/Turnip Farm

13. フォゲット・イット/Forget It

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