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高野 寛が『CUE』で示した“虹の都”とはアーティストとして理想郷だった

10月9日、5年振りのオリジナルフルアルバムとなるデビュー30周年記念作『City Folklore』がリリースされるとあって、高野 寛の初期作品にスポットを当ててみた。30年前ほどにスキーに興じていたバブル世代は高野 寛と言えば彼のヒット曲「虹の都へ」を思い出すのだろうが、あらゆるバブルが崩壊していく中で、自らアーティストとして確固たるポジションを気付いて来た気骨ある音楽家と言える。

■ヒット曲後も基本的スタンスを変えず

確か10年ほど前だったと思うが、とある歌手を指して“〇〇〇〇〇〇も結局一発屋だったな”みたいなツイートを見掛けて、それに対して“誰が一発屋だ!? ヒット曲を連発するのがどれだけ大変か、お前に分かるのか!?”みたいな、やや乱暴なリプライをしたことがあった。もともとあんまりリプライするほうでもなく、その歌手に義理があったわけでもなかったのだけれど、ちょっと腹に据えかねたのだ。今になって思えば音楽に詳しくない人が無邪気につぶやいただけだったのだろうから、大人気ないことをしたもんだとリプライしたこと自体には若干反省しているが、今でもそこで言い放ったことに間違いはなかったと思っている。工業製品じゃないんだから、ヒット曲なんてそうそう量産できるものではない。音楽以外のエンタテインメントも増えている現代ならばなおのことである。

俗に言う職業作家を起用したりして楽曲制作に専念できる人が演者とは別であったり、さらにその作家がリリース毎に替わっていったりすれば量産も可能かもしれない(それにしても、楽曲の発売タイミングや宣伝など戦略部分もかなり重要だし、演じるほうにも相応の努力は必要であるから、ひと筋縄ではいかないのだろうけれど…)。だが、自作自演する人たち、いわゆるアーティストと呼ばれる人の場合、相対的に仕事量(?)が多いわけで、素人考えでもヒットを連発するのは相当に大変なことは分かる。当然、肉体的、精神的な負担も余計にあるだろうし、そう考えると、活動休止とか、最悪のケースとして解散や引退なんてことも止む無しとも思えてくる。そもそもデビュー以来、数カ月毎に作品を発表し続け、その全てが大衆からの支持を得ているアーティストなんていないわけで、少なくとも聴き手がヒット曲を連発することを期待してはいけないんじゃないかな──そんなふうにも思えてきた。

まぁ、よくよく調べてみると、一発屋と言われる歌手やバンドは、大ヒットした楽曲のインパクトが強烈すぎて、それ以降の楽曲がある程度売り上げていたり、アルバム作品はコンスタントにセールスを記録していたり、あるいはライヴコンサートは着実に動員しているにもかかわらず、その大ヒット曲ばかりが取り上げられることで、一発屋と呼ばれることがあるようだ。つまり、真の意味で一発屋ではないのである。芸人の場合、持ちギャグがテレビでもてはやされたのち、その芸人さんをテレビで見掛けなくなると一発屋と呼ばれることが多いようで、その中には本当にフェードアウトしていった人たちも少なくないようだが、最近では自らを自虐的に一発屋とあざけりながらも、執筆活動など過去その人が示した芸事とは別のスキルを見せる人たちも増えている。それで再びメディアに取り上げられたりしているのだから、これもまた決して真の一発屋とは言えない存在ではある。マルチな活動を実践しているのは確かな才能の証である。

話がズレたので戻す。デビュー時やそれに近い時期にヒット曲を出したのち、大きく大衆からの支持を集めることがなかったため、世間からは一発屋的な見られ方をしつつも、自身の基本的なスタンスを変えることなく、創作活動を続けているアーティストもいる。高野 寛はそのひとりと言えるであろう。1990年に発表した4thシングル「虹の都へ」がチャート2位を記録。続く5th「ベステン ダンク」も3位となり、広く巷にその存在が知れ渡った。1992年にはORIGINAL LOVEの田島貴男とのコラボレーションシングル「Winter’s Tale 〜冬物語〜」をリリースして、こちらもスマッシュヒットさせているが、1990年代半ばからはチャートとは無縁となっている。音楽活動をしていないかと言えばそんなことはなく、ベスト盤も含めるとコンスタントにアルバムを発表している。デビュー30周年記念のオリジナルフルアルバム『City Folklore』をリリースしたのは前述の通りである。一部ネット内では“1990年代の一発屋”といった見方をされている向きもあるようだが、もしそう思っている人がいるのなら、それはとんでもない話。傍から見る限りでは、理想的と思える活動を展開しているアーティストである。

■Todd Rundgrenプロデュース作品

その理由は後述するとして、まずは当コラムの主題でもある作品紹介をしていこう。「虹の都へ」が収録された3rdアルバム『CUE』である。現在までのところ、高野 寛作品で最高セールスを記録したアルバムなので、ある意味で代表作と言っても間違いではなかろう。単に売上が良かったから…というだけでなく、その内容もいい。それは“ポップミュージックの鬼才”と言われる世界的アーティストかつプロデューサーのTodd Rundgrenのプロデュース作であることもそうだが、そこにアーティストの意思がしっかりと感じられる点も音楽作品としてとても優秀だと思う。

本作はM1「I・O・N(in japanglish) 」から幕を開ける。グラムロックにも似たポップなギターリフが引っ張る8ビートのロックナンバー。1990年の作品ということを考えればドンシャリ感はいかんともしがたいものの、デジタルっぽいサウンドを融合させたニューウェイブ感にはこれから新しい世界が開けていくような印象があって、オープニングとして最良とも思える。シニカルさを孕んだ感じの歌詞もいかにもロックらしいのだが、この次がM2「虹の都へ」であることを考えると下記のフレーズはお見事。

《判らないことばかり 多すぎるみたい/現実にここにある 夢を見てみたい/つまらないことばかり 多すぎるみたい/現実にそこにいる 君を見ていたい》(M1「I・O・N(in japanglish) 」)。

《君と僕はいつでもここで会っているのさ/太陽しか知らない二人だけの秘密》《何を信じたらいいのかも/判らない時が来ていた/だけど僕たちは知っている/君を変えるのは君だけさ》(M2「虹の都へ」)。

M2「虹の都へ」の内容ともリンクしている。「虹の都へ」はCMソングに起用されたこともあってか、キャッチーなサビのメロディーが最も印象的ではあるのだが、Aメロでは比較的抑えめであるサウンドがBメロでロック的に展開して、サビで全体的にキラキラとした聴き応えになるアレンジも見逃せない。パーカッシブなリズムを重ねることで躍動感を増している点も確認できて、実によくできたポップチューンであると思う。

続くM3「やがてふる」はシングル「虹の都へ」のカップリングでもあった楽曲。個人的には、『CUE』というアルバムはここから本領発揮といった趣があると思う。「やがてふる」はメロトロンを使用したようなプログレッシブかつサイケデリックなサウンドから始まり、Bメロではボコーダーを使用していたり、イントロや間奏、アウトロでのメインのシンセに重なる雨音っぽい電子音(?)であったり、全体に世界観の構築が素晴らしい。派手さこそないものの、丁寧に奏でられるメロディーと、平素だからこそ奥行きを増している感じの歌詞との相性も良い秀曲である。

以後、リズムがわずかにボサっぽいAORといった面持ちのM4「Eye to Eye」は、メロディーの抑揚も独特で、なおかつコーラスワークもどこか幻想的なナンバー。3拍子のピアノから始まるM5「一喜一憂」は、逆回転あり、厚めの管楽器あり、アコーディオン(たぶん)あり、小鳥っぽい音ありと、音響ものと言ってしまうとかなり語弊があるが、サウンドメイキングの妙味がある。M6「DAN DAN」も同様。鈴っぽい音~ピアノ+ディレイとリバーブの深いコーラス+シンセと、折り重なっているサウンドが楽曲全体の雰囲気、カラーを決定付けている。歌詞の《一喜一憂》や《だんだん》のリフレインもそこにファンタジックな作用を及ぼしており、夢見心地にさせてくれると言っても大袈裟ではなかろう。

M7「幻」辺りで、本作はサイケデリックロックを意識したポップ作品であることが明白になる。M9「人形峠で見た少年」はフュージョンっぽいギターも印象的なのでそこまで中心的な役割ではないが、M7「幻」、M8「From Poltamba」、そしてM9とシタールっぽい音が聴こえている(ギターやシンセで出した音かもしれないが、その響きはシタールを意識したものであることは間違いなかろう)。しかも、M7はリズムもインド音楽風だし、M8はメロトロンが使われているようで、The Beatles中期を彷彿させるようなところがある。ついでに言うと、サイケだと思って聴くと、M10「友達について」はどことなくThe Beatlesの「A Day in the Life」っぽく思えてくる(ような気がする…個人の感想です)。コンセプトアルバムと謳ってはいないものの、「虹の都へ」「幻」というタイトルが象徴するように、本作では現実感のなさというか、夢や幻想へ誘うような仕掛けがほぼ全編に貫かれているのである。

たおやかなメロディーに電子音を合わせたM11「大切な「物」」。秒針を刻む時計の音が印象的なM12「化石の記憶」。ポップなブラスアレンジと実験的とも思える音使いが同居したM13「9の時代」。そして、アルバムのフィナーレであるM14「October」では、アコギにこれまたリバースサウンドが重なったサウンドを聴くことができる。いずれもメロディーや歌詞のイメージを損なうことのない──あるいは限定することのないアレンジと音作りがなされている。さすがにTodd Rundgrenのプロデュースであるとも言えるが、それも高野本人のアーティストとしての指向性と確かなセンスがあってのことであろう。聞くところによれば、制作期間が満足にとれなかったという『CUE』だが、それでもなおこれだけバラエティー豊かな楽曲が並んでいるのだから、これはもう傑作と言って間違いはないと思う。

■ソロ活動の他、多彩に活動を展開

前述した通り、『CUE』は高野作品で最高セールスを記録したアルバムである。以後、オリジナルアルバムだけでも、今回の『City Folklore』まで10枚以上の作品を発表している。だが、『CUE』を超えるセールスとなった作品はないということになる。それはなぜか? これは個人的な感想ではあるし、彼の全ての作品を聴いたわけではないので勝手な想像でしかないことをご承知の上で聞いてほしいのだが、大衆が欲する方向へ舵を切らなかったからではなかろうか。簡潔に言えば、「虹の都へ」路線を踏襲しなかったと言い換えることができるだろうか。“でも、『CUE』の約半年後にシングル「ベステン ダンク」をリリースしているじゃないか”とのご指摘もあろうかと思う。確かに「ベステン ダンク」もJ-POP的なキャッチーさのある曲だし、再びCMソングに起用されてヒットした。十分に大衆的だと見る向きがあるのかもしれない。だが、その「ベステン ダンク」の歌詞は以下のような内容だ。

《この声は小さすぎて 君の元までは届かない/例えそれを知っていても 叫ばずにいられない/besten dank》《こんなところにも 壁が待っていた/交わろうとする そして乗り越える/でも 全ては水に流れてく》《くぼみに落ちたり 雨に撃たれたり/虹の都へは 遠すぎるようだ/でも 待つことはできない Uh/この窓は小さすぎて 君の顔さえも判らない/例えそれを知っていても 開かずにいられない》(5thシングル「ベステン ダンク」・1990年)。

全般的には前向きと言える内容ではあろうが、悔恨も垣間見える。ちょっと複雑な歌詞にも思える。その真意を高野本人が答えているインタビュー記事を見つけた。以下に引用させていただく。

[そもそも僕は目立ちたいタイプじゃないので、自分がテレビに出るなんてまったく考えてもいなかった。一気に生活が変わってしまって戸惑っていたし、熱狂の渦に自分が放り込まれたことも受け止められなくて。今思えば、あまりに無防備だし、じゃあなぜメジャーデビューしたの?と自分に説教したくなります(笑)][そんな葛藤の中、「虹の都へ」に次いで、これもトッドのプロデュースでリリースした「ベステン ダンク」は、実はビートルズの「Help!」と同じ気持ちで作った曲なんです。でも僕は、「ヘルプ」ではなく「ありがとう」とした。それは、戸惑いと同時に恵まれすぎていることへの感謝の気持ちもあったから。「ありがとう」や「サンキュー」ではわかりやすすぎるし、リリースした90年は、ベルリンの壁が崩れドイツが東西統一した年ということもあって、ドイツ語でありがとうを意味する「ベステン ダンク」に。歌詞につづった「こんなところにも 壁が待っていた」というフレーズは、自分の中の葛藤と、時代の激動、二つの意味合いを刻んだのです](「朝日新聞デジタル 2015.12.18」より引用)。

これだけで断定するのはやや乱暴かもしれないけれど、少なくとも「虹の都へ」発表後に大きな戸惑いがあったことが分かるし、「ベステン ダンク」の歌詞には自身が理想とする音楽を探求せんとするスタンスが表れていると理解することもできる。実際のところ、『CUE』以降の高野寛の動きは独特だ。自身のシンガーソングライターとしての活動の他、ギタリストとして1990年代から坂本龍一や宮沢和史の海外ツアーに参加したり、多くのアーティストの作品に参加。2000年以降は、Nathalie Wise、4B、GANGA ZUMBA、pupaといったバンドにも加わった上、ソロでも高野 寛名義以外に“HAAS”名義でも活動している。もちろん、他者への楽曲提供、プロデュースも行なっているし、2013年からは大学の特任教員を務めている。そして昨年、シングル「See You Again」で1989年にデビューしてから30周年を迎えた。誰もが知るヒット曲こそないが、アーティストとしてミュージシャンとして極めて順調に、そして充実した活動をしていることは間違いないだろう。最近、とあるインタビューで“全員に届けることを変に意識するのではなく、やりたいことを楽しくやるのが一番伝わる”といった主旨の発言も残している。やはり、音楽家としては理想的なスタンスを確立していると言ってもいいだろう。

TEXT:帆苅智之

アルバム『CUE』

1990年発表作品

<収録曲>

1. I・O・N(in japanglish)

2. 虹の都へ

3. やがてふる

4. Eye to Eye

5. 一喜一憂

6. DAN DAN

8. From Poltamba

9. 人形峠で見た少年

10. 友達について

11. 大切な「物」

12. 化石の記憶

13. 9の時代

14. October

15. 虹の都へ (Pre-CD Version)

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