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天才エルトン・ジョンの職人芸が冴えわたる一大傑作『黄昏のレンガ路』

デビュー1年後の1970年にリリースした「僕の歌は君の歌(原題:Your Song)」が世界的に認められたエルトン・ジョン。この曲があまりにも名曲だったがゆえに、新人にして頂点を極めたとか、一発屋などと言われることも少なくなかった。しかし、この後も彼は天才としか思えないほど多くの名曲や傑作アルバムを創作し続け、70年代半ばには“地球一のソングライター”と言われることもあった。現在は引退を宣言し、2018年の秋にスタートさせたアーティストとして最後の世界ツアー「Farewell Yellow Brick Road」に臨んでいる。そこで今回は、引退ツアーの名前にも使われている彼の代表作『黄昏のレンガ路(原題:Goodbye Yellow Brick Road)』(‘73)を取り上げる。

■「僕の歌は君の歌」の衝撃

以前このコーナーで、彼の2ndアルバム『僕の歌は君の歌(原題:Elton John)』(‘70)を取り上げたことがあるので彼の紹介は端折るが、70年にリリースされたシングル「僕の歌は君の歌」を最初に聴いた時の衝撃は今も忘れることができない。初めて聴いたのは、すでに僕が洋楽ファンになっていた中学2年の時。1回聴いて大好きになった。その後も繰り返し聴き、稀代の名曲だと確信したのだが、まだ14歳。いろんな音楽を聴いているわけでも人生経験もない思春期の男子にとって、自分の確信は疑わしいものでもある。結局、この曲が本当の名曲なのかどうかを確かめるためにさまざまな音楽を聴き、自分のリスナーとしての感性を磨きたいと思った。まぁ、それだけでもこの曲の価値はあったのだが、この曲を聴き続けてもう50年近くが経った。今でもやはり名曲中の名曲であり、僕の当時の確信は確かであったと証明ができた。それにしても、デビューして半世紀近く、子供から大人までに愛される曲を作り続けるエルトンの才能には驚嘆するばかりである。

■自分のサウンドを作り上げようと 試行錯誤する日々

余談になるが、日本でエルトンの人気が大きくなったのは「僕の歌は君の歌」に続いてシングルリリースされた「イエス・イッツ・ミー(原題:It’s Me That You Need)」(’71)で、これも間違いなく名曲中の名曲なのだが、なぜか日本だけで大ヒット日本以外ではまったく鳴かず飛ばずであった。この曲、現在入手困難な『フレンズ』のサントラと合わせて『イエス・イッツ・ミー〜レア・マスターズ』(‘92)に収録されているので、興味のある方は中古盤専門店で探してみてほしい。

この後も2ndアルバムから名曲「人生の壁(原題:Border Song)」がヒット、続く3枚目のアルバム『エルトン・ジョン3(原題:Tumbleweed Connection)』(‘70)ではカントリーやスワンプ風のサウンドを披露し、マニアックな内容であったにもかかわらず全英2位、全米でも5位まで上昇した。翌年は映画のサウンドトラック盤『フレンズ』とライヴ盤『17-11-70』をリリースするなど精力的に活動するが、シングルカットに適した曲は前者のテーマ曲「フレンズ」ぐらいであった。続く6枚目の『マッドマン・アクロス・ザ・ウォーター』(’71)も地味なアルバムで、この時期エルトンは、安易にヒット曲を作るよりはスタジオ録音での実験や創作の工夫などを通して、自分の音作りを確立しようとしていたのである。

■ヒット曲を量産する才能

そして、熱心なロックファンの宝物であった彼の存在が、世界に向けて開かれるのが72年である。7作目のアルバム『ホンキー・シャトー』に先駆けてリリースした「ロケットマン」が全英2位、全米6位の大ヒットとなり、アルバムは初の全米1位を獲得、エルトンの人気は決定的なものとなった。このアルバムでは、これまでの彼の作曲の多くを占めていた内省的なナンバーに加え、軽快なポップナンバーを携えているところが特徴で、エルトンの作風はここにきて完成したと言えるだろう。

自分のサウンドをつかんだエルトンは、その道をまっしぐらに突き進み、以降のアルバムは7作連続で全米1位(ベスト盤も含む)となるなど、まさにロックアーティストの頂点を極める。名盤の8作目『ピアニストを撃つな!(原題:Don’t Shoot Me I’m Only The Piano Player)』(‘73)に収録されたオールディーズ風の「クロコダイル・ロック」はシングルで初の全米1位を獲得、エルトンらしい美しいメロディーを持つ「ダニエル」でも多くの人の心を掴むことになる。

■本作『黄昏のレンガ路』について

彼の創作欲は尽きず、続く9作目となる本作『黄昏のレンガ路』は、2枚組でリリースされた。まさに彼の天才はとどまることを知らず、当時書き上げた楽曲は3枚組にも届くほどの量であったという。このアルバムはベスト盤を除いては彼の全音楽活動を通して最大のヒット作になったと同時に、「僕の歌は君の歌」と並ぶロック史上に残る名曲「黄昏のレンガ路」を生み出したことでも忘れられない作品となった。

当初はジャマイカでレコーディングされる予定であったが、録音機材があまりに貧弱だったようで、結局は前作前々作と同じフランスで行なわれることになった。アルバムに収録された楽曲群はジャマイカ滞在中の数日で書き上げられ、収録できなかった数曲に関しては、シングルのB面に収められることになる。

収録曲は全部で17曲。アルバムに先行してリリースされた「土曜の夜は僕の生きがい(原題:Saturday Night’s Alright For Fighting)」と、タイトルトラック「黄昏のレンガ路」が世界中でヒットし、その影響もあってかアルバムも大ヒット(全米全英ともに1位)しただけでなく、リリース後2年間にわたりチャートに残り続けている。

「風の中の火のように(原題:Candle In The Wind)」は当初アメリカではシングルカットされなかったが、87年にライヴバージョンがシングルリリースされると全米6位となるスマッシュヒットを記録している。なお、この曲はマリリン・モンローに捧げられたものであったが、ダイアナ妃が亡くなった時にリメイクされ「キャンドル・イン・ザ・ウインド〜ダイアナ元英皇太子に捧ぐ〜」(‘97)のタイトルで再び大ヒットしている。また、「ベニーとジェッツ」はエルトンの曲で初めてR&Bチャートに登場した独特のグルーブ感を持つナンバーで、彼の新たな側面が聴ける(15位)。これら以外の収録ナンバーも、ポップス、フォーク、ロックなどバラエティー豊かで、どの曲もエルトンの絶好調さが窺える佳曲揃いである。

もし、エルトン・ジョンのアルバムを聴いたことがないなら、2枚目の『僕の歌は君の歌』(‘70)から9枚目の『キャプテン・ファンタスティック』(‘75)まで、どれも負けず劣らずの名作なので、ぜひ聴いてみてください♪

TEXT:河崎直人

アルバム『黄昏のレンガ路』

1973年作品



1. 葬送〜血まみれの恋はおしまい(メドレー)/Funeral for a Friend(Love Lies Bleeding)
2. 風の中の火のように(孤独な歌手、ノーマ・ジーン)/Candle in the Wind 
3. ベニーとジェッツ(やつらの演奏は最高)/Bennie and the Jets
4. グッバイ・イエロー・ブリック・ロード/Goodbye Yellow Brick Road
5. こんな歌にタイトルはいらない/This Song Has No Title
6. グレイ・シール/Grey Seal
7. 碧の海ジャマイカにおいで/Jamaica Jerk-Off
8. 僕もあの映画をみている/I've Seen That Movie Too
9. スィート・ペインテッド・レディ/Sweet Painted Lady 
10. ダニー・ベイリーのバラード(ケンタッキーの英雄の死)/The Ballad of Danny Bailey(1909-34)
11. ダーティ・リトル・ガール/Dirty Little Girl
12. 女の子、みんなアリスに首ったけ/All the Girls Love Alice 
13. ツイストは踊れない/Your Sister Can't Twist(But She Can Rock‘n Roll)
14. 土曜の夜は僕の生きがい/Saturday Night's Alright for Fighting
15. 歌うカウボーイ、ロイ・ロジャース/Roy Rogers
16. こんな僕こそ病気の典型/Social Disease
17. ハーモニー/Harmony



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