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70sアメリカンロックの進むべき道を示したザ・バーズの『タイトルのないアルバム』

ザ・バーズはフォークロックとカントリーロックを生み出したことで知られているが、このグループから枝分かれしたグループやシンガーは数多く、70sアメリカンロック界に及ぼした影響力は計り知れないものがある。今回取り上げる『タイトルのないアルバム(原題:Untitled)』は彼らの9作目のアルバムで、ライヴサイドとスタジオサイドの2枚組で70年にリリースされた。本作からスキップ・バッティンが新たに加入、以降解散するまでの2年強が、バーズの歴史の中で最も充実した時期であると言えよう。

■フォークロックの誕生

このコーナーで僕は何度も50年代のフォークリバイバルについて取り上げているが、このバーズもフォークリバイバルが生み出した成果のひとつである。東部ニューヨーク近辺で、ボブ・ディランがフォークのエレキ化を進めていた頃、西海岸ではひと足先にザ・バーズがフォークロックの先駆けとなる「ミスター・タンブリンマン」(‘65)でデビューを果たしていた。バーズのデビューはアメリカのみならず、イギリスにおいてもセンセーションを巻き起こし、全米全英ともにチャートで1位となった。もちろん、この曲の本家はディランであるが、本家のバージョンとはかなり違うテイストになっている。

このヒットは当時人気絶頂だったフォークのディランとロックのビートルズの中間を狙ったものと思われがちだが、少し違う。アメリカ西海岸にはすでにビーチボーイズをはじめとするサーフロックが存在し、東部のブリルビルディング系ポップスも根強い人気があった。バーズのプロデューサーであり、音楽通でもあったテリー・メルチャーは、今挙げたような音楽をミックスし新しいジャンルのロックを提示して見せた。ある種、それはプロデューサーの企画ものでもあったのだが、それが結果的に“フォークロック”と呼ばれるようになったのである。

メルチャーはまだ上手に楽器演奏ができないバーズのメンバーをレコーディングから外し、レッキングクルーの面々を録音に使っている(それを僕が知ったのは後のこと…)が、当時はロックグループ以外の録音では日常茶飯事のことであり、メルチャー自身、バーズを当初ポップスグループとして扱っていたはずである。リーダーのロジャー(当時はジム)・マッギンは得意の12弦ギターで、グループからひとりだけ参加しており、彼の12弦ギターのプレイには大きな個性を感じていたようだ。この時のバーズのメンバーはロジャー・マッギン(ギターとヴォーカル)、ジーン・クラーク(ギターとヴォーカル)、デヴィッド・クロスビー(ギターとボーカル)、クリス・ヒルマン(ベースとバックヴォーカル)、マイケル・クラーク(ドラム)という布陣で、マッギン以外はバーズを脱退してからウエストコーストロックの仕掛け人として、それぞれが大事な役回りを演じることになる。

■人気グループの仲間入りと メンバー間の不和

2作目のアルバム『ターン! ターン! ターン!』(‘65)ではメンバー全員がちゃんと楽器を演奏し、シングルカットされたタイトル曲は「ミスター・タンブリンマン」に続いて全米1位を獲得する。これも自作曲ではなかった(ピート・シーガーがトラッドを改変したもの)が、フォークロックというジャンルを定着させた作品となり、人気ロックグループの仲間入りを果たす。しかし、ツアーなどで一緒にいる時間が長くなると、人間関係でのトラブルも発生し、次作『霧の5次元(原題:Fifth Dimension)』(’66)のレコーディング中にジーン・クラークが脱退する。しかし、マッギンと並ぶソングライターのクラークが脱退したことによって、クロスビーやヒルマンらも曲作りに取り組むようになり、音楽の幅は広がっていった。また、『霧の5次元』では新たな試みとしてラーガロックやサイケデリックロックへのアプローチも見られるなど、フォークロックという枠組みには収まらない方向性も持つようになる。このあたり、メルチャーは予想していなかった展開だろう…というか、『ターン! ターン! ターン!』の後、メンバーがレコード会社に直訴することによってメルチャーはプロデューサーを外されている。これは商品であったバーズがいつの間にかロックミュージシャンとして自意識を持つまでに成長したからだと言えるのかもしれない。

4枚目の『昨日よりも若く(原題:Younger Than Yesterday)』(‘67)と5枚目の『名うてのバード兄弟(原題:The Notorious Byrd Brothers)』(’68)では、テープの逆回転やジェットマシーンを導入するなど、ビートルズの影響も取り込んだ最新のロックを披露しつつ、一般的には古臭い音楽だと考えられていたカントリーやブルーグラスなどに接近しているところに、当時の西海岸ロッカーたちの雑食性がしっかりと浮かび出ている。こういうところにフォークリバイバルの思想が生き残っているのだ。

しかし、『名うてのバード兄弟』の録音の途中で、デヴィッド・クロスビーとマイケル・クラークが脱退してしまい、グループは空中分解しそうになるのだが、グループに新たなメンバーとしてグラム・パーソンズを加えることで、バーズの音楽はロックグループからカントリーロックグループへと、大きな転換期を迎えることになる。

■カントリーロックの誕生

当初はキーボード奏者として新たに加入したグラム・パーソンズは、インターナショナル・サブマリン・バンドという売れないカントリーロックグループのリーダーであったが、マッギンにカントリーとロックを融合させる意味を説き、マッギンも了承する。そして、多数のゲストを招き入れてナッシュビルでの録音に臨み、リリースされたのが最初期のカントリーロック作品として知られる『ロデオの恋人(原題:Sweetheart Of The Rodeo)』(‘68)であった。このアルバムは、以前このコーナーで山口智男氏が取り上げているので、ご覧いただきたい。

■新生バーズの始動

結局、マッギンとそりが合わなかったパーソンズは『ロデオの恋人』のレコーディングに参加しただけでグループを去る。マッギンは以前からスタジオミュージシャンとしてバーズのレコーディングに参加していたクラレンス・ホワイトに加入を呼びかける。クラレンスはカントリーロック志向であったために、『ロデオの恋人』の路線ならと参加を了承。クラレンスはドラムのケヴィン・ケリーに難色を示し、後釜にクラレンスの盟友、ジーン・パーソンズをマッギンに推薦し新生バーズが始動するはずであったが、デビュー時からマッギンの右腕としてグループを支えてきたヒルマンも、マッギンへの不信感から脱退することを決める。マッギンにとってヒルマンが辞めた痛手は大きかっただろう。とりあえず、スタジオミュージシャンのベーシスト、ジョン・ヨークを加えて『バーズ博士とハイド氏(原題:Dr.Byrds & Mr.Hyde)』(‘69)、『イージー・ライダー』(’69)をリリースする。

この時期はジーン・パーソンズが開発したストリングベンダーを駆使したクラレンスのギターワークが評判となり、後にボブ・ウォーフォードやアルバート・リーらのように、多くのクラレンス・フォロワーを生み出している。あのジミー・ペイジもクラレンスのプレイに魅せられ、ツェッペリン時代にストリングベンダーを使用していたことがある。

■ライヴバンドとしての再生

当時、フェスなどでオールマン・ブラザーズ、グレイトフル・デッド、サンタナら、ライヴに定評のあるグループが増え、バーズもライヴパフォーマンスの向上が課題であった。マッギンはクラレンスの助言からジョン・ヨークを解雇し、新たなベーシストとしてスキップ・バッティンを迎え入れる。彼の参加によってステージでの演奏クオリティーが格段にアップし、バーズの念願であったライヴ盤のリリースが決定する。

■本作『タイトルのないアルバム』 について

前作の『イージー・ライダー』からプロデューサーに復帰していたテリー・メルチャーがライヴとスタジオ録音盤の2枚組でのリリースを提案すると、メンバーたちは喜んで受け入れ、新生バーズに相応しい凝ったアルバムのタイトルにしようと時間をかけていたにもかかわらず、レコード会社側のミスによってメモ書きされていた『Untitled』を使用してしまったという。

アルバムに収録されているのは、ライヴ7曲、スタジオ9曲の16曲。ライヴサイドとスタジオサイドはかなり違うテイストに仕上がっている。ライヴサイドはこれまでのフォークロックやカントリーロックのイメージではなく、ハードで荒削りなアメリカンロックグループに生まれ変わったかのような骨太なサウンドだ。

手数の多いパーソンズのドラム、うねりまくるバッティンのベース、ファズのかかったクラレンスのドライブ感に満ちたギターなど、これまでには見られなかったライヴアクトとしてのバーズの姿がここにある。カントリー的なナンバーやフォーク的なナンバーを演奏しても、ロックスピリットが感じられる演奏になっていて、大音量で聴いてほしいと思う。「ミスター・タンブリンマン」のような旧ヒットもパワーアップしているし、マッギンの新曲「ラバー・オブ・ザ・バイユー」ではデラニー&ボニー的なスワンプっぽさが感じられるなど、初ライヴ盤にもかかわらず多くのチャレンジを盛り込んでいるのには驚かされる。16分にも及ぶ「霧の5マイル(原題:Eight Miles High)」ではマッギンの12弦ギターソロをはじめ、最初から最後までメンバーはノリまくっており、聴いているこっちにまで会場の熱い様子が伝わってくる。バーズ初のライヴアルバムは素晴らしい内容で、この試みは大成功だったと言えるだろう。

一方、スタジオサイドは名曲ぞろいで、成熟したカントリーロックが聴ける。このスタジオサイドを彼らの代表作として挙げるバーズファンは多いが、少なくともこれ以降に見られるウエストコーストロックの隆盛は、本作の影響が大きい。マッギン&レヴィ作の「栗毛の雌馬(原題:Chestnut Mare)」「オール・ザ・シングス」「ジャスト・ア・シーズン」は90sのオルタナカントリーへとつながるサウンドになっているし、パーソンズ&バッティン作の傑作「昨日の汽車(原題:Yesterday's Train)」はコロンビア時代のフライング・ブリトー・ブラザーズそのものの音である。また、「飢えた惑星(原題:Hungry Planet)」はこれ以前にも以後にもないファンキーなテイストで、G・ラブのような90sオルタナティブ感がすごい。

しかし、本作で最高のナンバーはクラレンスが歌う「トラック・ストップ・ガール」だと僕は思う。当時、まだ無名であったリトル・フィートのローウェル・ジョージの曲であるが、クラレンスのヴォーカルは秀逸である。そして、この曲の後半に登場するギターソロはクラレンスの数ある名演の中でも最高のものである。ちなみに、僕の考えるクラレンスの最高の演奏はエレキではこの「トラック・ストップ・ガール」で、アコースティックでは『ミュールスキナー』に収録された「ブルー・ミュール」だ。ブルーグラス時代のケンタッキー・カーネルズやホワイト・ブラザーズも必聴だけどね。

本作はバーズの傑作というだけでなく、ウエストコーストのカントリーロック全体の基礎部分にあたる重要作である。もしバーズを聴いてみようと考えているなら、今も古びていない『タイトルのないアルバム』をぜひ聴いてみてください♪

TEXT:河崎直人

アルバム『Untitled』

1970年発表作品



<収録曲>
■SIDE 1(Live)
1. ラヴァー・オブ・ザ・バイユー/Lover of the Bayou
2. 寂しき4番街/Positively 4th Street
3. ナッシュヴィル・ウエスト/Nashville West
4. ロックン・ロール・スター/So You Want to Be a Rock 'n' Roll Star
5. ミスター・タンブリン・マン/Mr. Tambourine Man
6. ミスター・スペースマン/Mr. Spaceman
■SIDE 2 (Live)
1. 霧の8マイル/Eight Miles High
■SIDE 3(Studio)
1. 栗毛の雌馬/Chestnut Mare
2. トラック・ストップ・ガール/Truck Stop Girl
3. オール・ザ・シングス/All the Things
4. 昨日の汽車/Yesterday's Train
5. 飢えた惑星/Hungry Planet
■SIDE 4(Studio)
1. ジャスト・ア・シーズン/Just a Season
2. テイク・ア・ウィフ・オン・ミー/Take a Whiff on Me
3. ユー・オール・ルック・アライク/You All Look Alike
4. ウェルカム・バック・ホーム/Well Come Back Home



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