10月24日、『アン・ルイス・グレイテスト・ヒッツ・ウィズ・カヴァーズ』がリリースされた。アン・ルイスと言っても今の10代、20代にとっては分からないかもしれないが、ガールズJ-ROCKのスタンダードとして、相川七瀬やJUJU、SCANDALらがカバーしたことでも知られる「六本木心中」は彼女がオリジナルであると言えば、その偉大さが分かるかもしれない。その「六本木心中」の発売から四半世紀。アン・ルイスの足跡を彼女の名作と共に紹介しよう。
■ニューミュージックが台頭した時代
1970年代から1980年代にかけて“ニューミュージック”というジャンルがあった。40代未満の読者はピンと来ないと思う。ジャンルと言ってもかなり漠然としたもので、説明するのは何とも難しいのだが、邦楽で歌謡曲や演歌ではないもの≒フォーク、ロック、ポップスをひっくるめたものの総称といった感じだろうか。広辞苑には“シンガーソングライターによる新しいポピュラー音楽の総称”とあるという。やや大雑把な気もするが、そもそも大雑把なカテゴリーなのでそれほど間違いではない気もする。ロックバンドどころか、R&Bシンガーやヒップホップグループのチャートインも何ら不思議ではない今となっては、こうして説明していても“何だ、そのジャンルは!?”といった感じのニューミュージックではある。“頭に“ニュー”が付くものは逆に古臭い”と誰かが言っていた。まさしくそういうことだと思う。今となれば、送り手も受け手も音楽的指向を多様化させ、市場規模を拡大させていった端境期ならではの独特の表現であったことが分かるし、その直撃世代としては、何とも可愛らしくも愛おしく感じるところではある。
“ニューミュージック”がいつ頃から登場し、全盛期はいつであったのか諸説ある。というか、漠然としたジャンルだから、その辺はよく分からないというのが正直なところだが、アン・ルイスのアルバム『LA SAISON D'AMOUR』が発売された1982年はニューミュージックの最盛期であったとは言える。当時のデータを調べると、なかなか興味深い傾向が見てとれる。詳細なデータからの分析ではないのでそのおつもりで聞いていただきたいが、年間売上で見ると、1980年から1982年まではアリスや松山千春、中島みゆき、オフコースらがベスト10に名前を連ねており、演歌、アイドルに比べてその割合が高い。ただ、シングルの年間売上は依然アイドルと演歌が強く、アルバムはその逆でニューミュージック系アーティストが占めている。つまり、流行歌は歌謡曲、演歌から出ていて、ニューミュージック系にはアルバムアーティストが多かったことが分かる。しかし、その傾向が1983年から変わっていく。1985年までの年間売上の上位ツートップは松田聖子、中森明菜のふたりが独占。中森明菜に至っては、1984年こそ松田聖子にトップの座を譲ったものの、1987年まで年間売上の頂点であり続けて、彼女はこの時期まさに音楽シーンの女王であったと言える。
これをニューミュージックへの歌謡曲の逆襲と見る向きもあろうが、おそらくそうではない。それは松田聖子、中森明菜の楽曲を手掛けていた面々を見れば明らかだ。松田聖子の「チェリーブラッサム」「夏の扉」「白いパラソル」「野ばらのエチュード」は財津和夫の作曲。「風立ちぬ」は大瀧詠一。「赤いスイートピー」「渚のバルコニー」「秘密の花園」「瞳はダイアモンド/蒼いフォトグラフ」は松任谷由実(“呉田軽穂”名義)。「天国のキッス」「ガラスの林檎」は細野晴臣。そして、これらの作詞は概ね松本隆と、はっぴいえんど~キャラメル・ママ人脈がずらりと揃う。一方の中森明菜は…というと、「禁区」が細野晴臣(細野氏は聖子と明菜のヒット曲を手掛けている!)。「サザン・ウインド」は玉置浩二で、「十戒 (1984)」は高中正義、そして「飾りじゃないのよ涙は」は井上陽水と、こちらも一線級のアーティストが楽曲を手掛けている。つまり、歌謡曲とニューミュージックとが融合していたのである。歌謡曲が復興したのでも、ニューミュージックが衰退したのでもなく、歌い手は歌謡、その作り手がニューミュージック系と、お互いに手を携えていたのだ。
■いち早く歌謡曲に他ジャンルを導入
アン・ルイスの説明をするのに大分、前置きが長くなってしまって、すみません。アルバム『LA SAISON D'AMOUR』が発売された1982年はニューミュージックの最盛期でありつつ、そこからの分岐点のような年だったわけだ。それでは、肝心のアン・ルイスはその当時、音楽シーンでどんな活動をしていたのだろうか。これもなかなか興味深い。アン・ルイスのデビューは1971年。彼女が15歳の時だ。1974年には「グッド・バイ・マイ・ラブ」がヒット。以後、「女はそれを我慢できない」(1978年)、「恋のブギ・ウギ・トレイン」(1979年)もヒットし、1970年代から活躍していた歌手のひとりであったことは間違いない。
注目すべきは、その頃の作家陣である。「グッド・バイ・マイ・ラブ」こそ、なかにし礼作詞、平尾昌晃作曲という昭和を代表する大職業作家たちの手によるものだが、「女はそれを我慢できない」は沢田研二のプロデューサーでもあった元ザ・ワイルドワンズの加瀬邦彦の作曲。「恋のブギ・ウギ・トレイン」は吉田美奈子が作詞し、山下達郎の作曲・編曲を手掛けている。これ以外にも、1977年には作詞・作曲が松任谷由実で、編曲が松任谷正隆というシングル「甘い予感」をリリースしているし、結婚後に発表したシングル「リンダ」は竹内まりやの作詞・作曲で、編曲に山下達郎が参加した楽曲である。別に山下達郎やユーミンの楽曲提供自体は珍しいものではないし、彼、彼女らにとって他者への最初の提供曲がアン・ルイスだったというわけでもない。だが、1970年代後半においてニューミュージック勢の取り込みは早かったことは事実だろう。そこから考えると、アン・ルイスは歌謡シーンの中からその場を本格的に変革させようと試みたアーティストのひとりだと言える。デビュー時期が違うのだから比べるのもアレだが、松任谷由実の起用が松田聖子より5年ほど早かったというのは、彼女とそのスタッフの慧眼だったと言ってもいいと思う。
■第一子出産後、本格的にロックへ
そんなふうに歌謡シーン以外のアーティストとも積極的にコラボレーションしていたアン・ルイスは、結婚後、第一子出産のため、1981年に一時音楽活動を休止。1982年6月、シングル「ラ・セゾン」(=M4「La Saison」。以下、「La Saison」と記す)で復帰するのだが、とにかくこの復活劇が衝撃的だったことが印象深い。「La Saison」が問答無用にカッコ良かったのである。ニューミュージックどころではない。完全にロック。いや、ロックであるだけなら、それこそシングル「女はそれを我慢できない」も十分にロックだったし、カバーアルバム『Rockin' Roll Baby』(1977年)ではオールディズの名曲を演っているので、それほど驚きはしなかったかもしれない。「La Saison」は当時の先端だったニューウェイブの香りを漂わせていたのである。Ultravoxのヒット作4thアルバム『Vienna』が1980年7月のリリースだから、当時の欧米との距離感を差っ引いても、最新のUKロックの流行をどこよりも早く取り入れたというわけでもなかったとは思うが、メジャーシーンでそんなことをやっている人たちは他にはいなかった。圧倒されたと言っていい。キレのいいリズムと乾いたギターがグイグイと楽曲全体をドライブさせていく。メロディーには日本特有のウエット感があるものの、セクシーでパンチの効いたアン・ルイスの歌声はそれを辛気臭く感じさせない。当時、日本の歌謡曲でもこんなことができるんだと(いうようなことを)思ったような記憶がある。ブラウン管の中で歌い踊る彼女も実に颯爽としており、直感的にカッコ良いと思わせるに十分なナンバーであった。
「La Saison」の作曲は当時、同じ事務所の先輩でもあったジュリーこと沢田研二。そして、作詞は三浦百恵。1980年に引退して芸能界とは完全に縁を切っていた山口百恵が、アン・ルイス本人の希望に沿うかたちで“友人のために…”と書き上げた。《言いわけ台詞は必要ないわ》や《いち途な心じゃ 恋は出来ない》といったフレーズには、ロックへと転換しようとするアン・ルイスへの彼女なりのエールが感じられるところである。昭和の音楽シーンを代表する男女のスーパースターが手掛けた「La Saison」はその話題性も手伝ってか、チャート3位と好セールスを記録。アン・ルイスのシングルでは最高枚数を売上げたという話もある。母親となってシーンに戻ってきたアン・ルイスは、全然、我々が想像するようなママなどではなかった。そこもすこぶるカッコ良かったのである。
■外タレを従えたオリジナル作品
その「La Saison」を先行シングルとして、1982年8月に発表されたのが8thアルバム『LA SAISON D'AMOUR』である。本作はROLL-UPSのフロントマンであったLea Hartのプロデュース作で、演奏もROLL-UPSが担当している。ROLL-UPSと言われても“?”という人が多いだろうが、その反応が正解だろう。ROLL-UPSとは1970年代後半に活動したUKパワーポップバンド。一般的な知名度は低いが、Lea HartはBay City RollersのIan MitchellやThe RunawaysのJoan Jettとも仕事をしていたというから、世界で活躍したアーティストであったと言える。入手できた資料が少なくて、どういう経緯でLea HartとROLL-UPSがアン・ルイスと一緒に演るようになったのかよく分からないのだけれども、超メジャーとは言えないまでも現役の外タレバンドを従えたところに、アン・ルイス側に相当な意気込みがあったことがうかがえると思う。まぁ、そうは言っても、いきなりハードにアプローチするのはハードルが高すぎるという判断──今で言うリスクマネジメントの意識があってこそ、ポップバンドへ依頼したのだろうが、(完全に邪推だけど、“作曲:沢田研二、作詞:山口百恵”は最大の担保だったと考えることもできる)、それはそれで奏功し、十分に成功したと言える。
実際に『LA SAISON D'AMOUR』を聴いてみると、過渡期の作品である印象が強い。ニューミュージックとのコラボを経てロックへと歩みを進めつつあることはよく分かるのだが、今となってみると若干手探り感も漂っていることも分かる。個人的にはそこがとても良いと思うし、好きだ。例えば、M5「Shake Down」やM10「つかのまスターダスト」は重めのギターリフが聴ける本作中ではハードめのナンバーなのだが、それがこのくらいの分量で、しかもこの位置というのが面白い。この手のサウンドはお茶の間にはまだ早いといった判断だったのだろうか。A面、B面の締めに、M6「Don't Smile For Me Part I」、M12「Don't Smile For Me Part II」とバラードが配されているのもそういうことだと勝手に思っている。
■歴代屈指の女性ロックヴォーカリスト
M4「La Saison」同様、ニューウェイブな音作りは随所にあるのだが、その背後にしっかりとオールドスクールなロックへの敬愛があることも見逃せない。Lea Hartが作曲したナンバーで言えば、M1「Photograph」はR&R、M2「Baby Let Me Stay Tonight」はモータウン、M8「All Mixed Up」はサザンロックの匂いがそこはかとなく感じられる。ロックをやろうとしている意気込みが見て取れる。特にM1「Photograph」は、その数年前、細野晴臣がプロデュースしたSHEENA & THE ROKKETSの「You May Dream」(1979年)を彷彿させるようなところもあって、これまた勝手に時代性を感じて心地よいところである。
何よりも本作の素晴らしいところはアン・ルイスのヴォーカリゼーションの活き活きとした感じだろう。「グッド・バイ・マイ・ラブ」でも、「女はそれを我慢できない」、「恋のブギ・ウギ・トレイン」でも、彼女の歌の上手さは知られていたし、「BOOGIE WOOGIE LOVE TRAIN」(1980年。「恋のブギ・ウギ・トレイン」の英語版)でネイティブな英語も実証済みだったので当然と言えば当然だが、ロックとの相性も抜群だった。解き放たれたかのような、あふれんばかり歌声は聴いていて単純に気持ち良い。日本で活躍した歴代の女性ロックヴォーカリストの中でも屈指の存在と言っても過言ではなかろう。
「La Saison」~『LA SAISON D'AMOUR』のヒットでアン・ルイスは完全復活──というよりも、当時の歌謡シーンにおいて新たなポジションを築いた。その成功を受けて、翌年の1983年にはギタリスト、Charのプロデュースで『HEAVY MOON』を発表。『LA SAISON D'AMOUR』はニューウェイブ寄りだったが、こちらはさらに進んだ本格派。何しろその演奏は、Charはもちろんのこと、 ルイズルイス加部、ジョニー吉長、即ちPINK CLOUDが担当しているのだから、これをロックと言わず何と言おうという感じである。この『HEAVY MOON』も間違いなく名盤なので、『LA SAISON D'AMOUR』と併せてお薦めする。
その後、ロングセラーとなったシングル「六本木心中」を始め、数々の名曲、名作を送り出すも、病気のため、活動休止。2013年には正式に芸能界を引退している。おそらくこの先の復活はないだろうし、いたずらにそれを望んでもいけないと思う。その意味では、今回リリースされた『アン・ルイス・グレイテスト・ヒッツ・ウィズ・カヴァーズ』は初めて本人が監修、選曲を行なったアイテムだというから、そこに彼女の息吹を感じられるかもしれない。
TEXT:帆苅智之
アルバム『LA SAISON D'AMOUR』
1982年発表作品
<収録曲>
1.Photograph
2.Baby Let Me Stay Tonight
3.さよならスウィートハート
4.La Saison
5.Shake Down
6.Don't Smile For Me Part I
7.Can You Light My Fire
8.All Mixed Up
9.AちょっとHOTみだら
10.つかのまスターダスト
11.Double Vision
12.Don't Smile For Me Part II
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