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早川義夫の『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』に秘められた煮えたぎる情念を聴け!

1950年代、ピート・シーガーやキングストン・トリオのコピーからスタートした日本のフォーク界は、ボブ・ディランやエリック・アンダースンといった新しいタイプの自作自演歌手や、ロック、ジャズのアーティストとも呼応しつつ、歌謡曲や演歌などとも密接に関わりながら独自のスタイルを生み出していた。60年代半ばには東京を中心とするカレッジフォークと大阪を中心とする関西フォークの2大勢力が台頭し、政治や社会的状況と向き合う中で“時代”のサウンドが形作られていった。そんな中にあって、ジャックス、フォーク・クルセイダーズのような異形のアーティストたちもまた、関西フォークの文脈から突然変異的に登場するのである。本作『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』は元ジャックスのメンバー早川義夫が1969年にリリースした、日本のポピュラー音楽史上において異端として知られる名盤だ。

■浅川マキの姿勢

2010年1月、浅川マキは名古屋ツアーの最中に心不全で亡くなった。享年67歳。彼女は大きなホールより小さな“箱”で歌うのを好んだミュージシャンで、一度聴いたら忘れられない強烈な個性を持っていた。個性が強烈すぎるゆえに万人向けとは言い難かったが、自分を押し殺してまで個性を抑えることはせず、自分をありのまま受け入れてくれる観客がいてくれればそれで良かった。かつての大手レコード会社は、今よりもそういったアーティストの個性を尊重していたように思う。

ブルース、ジャズ、ゴスペルなどの黒人音楽に影響されたその音楽は、彼女の歌を聴いたことがある人なら分かってもらえると思うが、黒人音楽の精神を浅川マキというアーティストによって換骨奪胎したものである。ある時はジャズ歌手、ある時は演歌歌手やポピュラー歌手といった具合に、さまざまなスタイルで歌っていたが、いつも浅川マキというオルタナティブな個性をちゃんと主張していた。彼女は「時代に合わせて呼吸をするつもりはない」と語っているが、文字通り彼女の音楽は流行り廃りとは無縁であったと言えるだろう。

■流行に乗り遅れてしまうような方に 捧げる

浅川マキのこの発言と似た台詞が、今回紹介する『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』のジャケット裏にある。「僕はこのレコードを、どうしても流行に乗り遅れてしまうような方に捧げようかと思う」と書かれている。これは早川自らの言葉で、意味するところは浅川マキの「時代に合わせて呼吸をするつもりはない」と同じであろう。

だいぶ前に、このコーナーでジャックスの作品を取り上げたが、その時僕は

〜ジャックスのリーダー早川義夫は時代や流行に媚びることなく、自らの心の声に耳を傾け、人間の懊悩や煩悶を歌で表現した天才だ。天才によって生み出された奇妙なこの作品は、演奏技術が高いとか歌が上手いとか、そういうレベルにはなく、聴く者全てを圧倒し戦慄させる「異形」としか言いようのない名盤である。〜と書いた。我ながら言い得て妙である。この文章は今回取り上げる早川義夫のソロデビュー作『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』にもぴったり当てはまる。早川の作る楽曲は陰鬱な雰囲気が立ち込めていて、重くて切ない。しかし、リスナー側に聴く気があるなら、彼の言いたいことはちゃんと伝わるはずだ。

■URCレコードの設立

このアルバムをリリースしたのは関西フォークの流れから設立された日本最初のインディーズレーベル、URCレコードだ。URCとは“Underground Record Club”の略で、大手レコード会社では出せない個性的な作品を自主制作的イメージで売るというもの。URCレコードはマスに売れることはないだろうが、波長の合う人にとっては一生の宝物となる作品を作っていて、はっぴいえんどの『風街ろまん』、岡林信康の『見る前に跳べ』、ザ・ディランIIの『Second』、シバの『青い空の日』、友部正人の『大阪へやって来た』などなど、今から思えば時代に流されない多くの名作をリリースしている。早川はジャックス解散後URCレコードでディレクターを務めており、サラリーマン生活の傍ら本作の制作準備にかかっている。

■本作『かっこいいことは なんてかっこ悪いんだろう』について

そして、リリースしたソロデビュー作はほぼひとりでバックトラックを演奏し、まるでデモテープのような仕上がりとなった。アルバム収録曲は全部で12曲、意外なことに彼自身の作詞は1曲のみにとどまっている。前半の6曲(LP時代はA面)では、柏倉秀美が4曲、高田渡が1曲、相沢靖子が1曲、後半の6曲(LP時代はB面)では早川が1曲、残り5曲は出来里望(いずき・りぼ)がそれぞれ作詞を手がけているのだが、おそらく歌詞を書く段階で早川はあれこれ指示を出したに違いない。でなければ、こんなにシュールで統一感のあるヘヴィな歌詞(ただし、高田渡作の「シャンソン」と柏倉秀美の手になる「NHKに捧げる歌」の2曲は少し軽い仕上がりである)は書けるはずがないと僕は思う。

昭和に青春時代を送った世代は、ジーンズ、サーフィン等に代表されるアメリカ西海岸の明るく健康的な部分に惹かれた人が多い。音楽でもフォークロックやカントリーロックみたいな乾いたサウンドに人気があった。これってたぶん、若い時には梅雨に代表されるような日本的じめじめ感(あくまでも昭和世代の話だ)に嫌悪感を持っていたのだと思う。藤圭子の怨歌やムード歌謡も大嫌いだった、そういう時代。それが昭和というか戦後を少しだけ引きずった世代の特徴かもしれない。そんな僕の世代も年を食うと、そのじめじめ感や藤圭子やムード歌謡が魂に訴えかける存在となる。それは、それらが日本人のアイデンティティーとして、各人の根っこに確実に存在するからである。アイデンティティーとして存在するからこそ、心の内を見透かされるようで嫌悪したわけだし、素直になれば、そのじめじめ感が自らのルーツなのだということを納得せざるを得ないのである。

本作では全編を通して、ほぼ弾き語りで人間の持つ閉塞感を赤裸々に語っている。まるで、呪いの言葉を陰鬱な調子で唱えているようにも聴こえるが、聴くたびに彼の孤独の叫びが切々と伝わり、人間臭いドキュメンタリー作品を観たような感動を覚えるのである。音数は極端に少なく、スカスカでも間を詰めずに音作りをするのは勇気がいることである。20歳を過ぎたばかりの若者に、こういう鄙びたサウンドメイキングができるのは、URCでディレクターをしていたから彼の耳が肥えていたのだと思う。

本作中、最もよく知られたナンバー「サルビアの花」はさまざまなアーティストがカバーしているので、YouTubeなどで聴き比べてみると、いかに早川の表現が突出していたか理解してもらえると思う。とにかく、本作『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』を聴いたことがなければ、ぜひ聴いてみてください。きっと新しい発見があると思うよ。

TEXT:河崎直人

アルバム『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』

1969年発表作品

<収録曲>

1. わらべ唄

2. もてないおとこたちのうた

3. 無用の介

4. シャンソン

5. サルビアの花

6. NHKに捧げる歌

7. 聖なるかな願い

8. 朝顔

9. 知らないでしょう

10. 枕歌

11. しだれ柳

12. 埋葬

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