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70年代初頭のSSW作品を彷彿させるダイアン・バーチの名作『バイブル・ベルト』

来週から来日公演が始まるダイアン・バーチ。今回は彼女の名を世界に知らしめたデビュー作である本作『バイブル・ベルト』を中心に選曲されるようだ。2009年、70年代シンガーソングライターの香りを漂わせた紛れもないこの傑作をリリースしたあと、次作のミニLP『The Velveteen Age』(’10)ではジョイ・ディヴィジョン、ザ・キュア、シスターズ・オブ・マーシー、ディス・モータル・コイルといったダークな面々のカバーアルバムを出し、『バイブル・ベルト』とはまったく違ったサウンドでファンを驚かせた。実は彼女の“素”はゴシック的なものこそが表の顔であることが判明したのだった。最新のEP『Nous』(’16)でもゴシック〜エレクトロ路線は変わらなかっただけに、今回の選曲は意外な気がするのだが、デビューから10年経って原点を見つめ直すという彼女の心意気が表れているのかもしれない。

■ダイアン・バーチの音楽

彼女が『バイブル・ベルト』でデビューした当初、遅れてきた70sシンガーソングライターとか、キャロル・キングやローラ・ニーロに似ているということで話題になった。確かに、ポップソウル的なアプローチや曲作りの面などはキャロル・キングの影響があるようだが、どちらかと言えばパワフルな若手R&B歌手のジョス・ストーンやジョーン・オズボーンと似た現代的なR&Bスタイルが出自ではないかと僕は考えている。実際、本作のプロデュースはストーンを手がけたスティーブ・グリーンバーグ、マイケル・マンジーニ、ベティ・ライトからなるチームである。ストーンと違うのはバーチは自作自演歌手であるというところ。ただ、本作には次項で紹介するレニー・ケイが関わっているので、バーチにはロック的な要素が加味されており、ヴォーカルテクニック(抑えて歌ってはいるが、本気を出すと恐ろしい力量だと思う)を前面には出さず、自作曲の味わいを大切にした奥ゆかしいアレンジがなされているのが特徴である。彼女はフェンダー・ローズやウーリッツァーを使うが好きなようで、中年以上の人には嬉しいレトロ感がある。

当初、バーチは本作のサウンドプロデュースをあまり好ましいとは考えていなかったようだが、30歳を過ぎて人間としての経験を積んでいく過程で、本作の演奏やヴォーカルアレンジに接すると、改めてその仕上がりの秀逸さに惚れ直したのではないか。だからこそ、今回の来日公演で本作を再解釈したくなったのではと僕は推測する。来日メンバーは彼女を含め3人なので、オリジナルに近い演奏を期待しても無理なのは当然だ。しかし、キャロル・キングが歴史的名盤『タペストリー』(’71)で創り上げたような、シンプルでアーシーなサウンドを本作の優れた楽曲群に乗せることができれば、彼女の新たなスタートとなるのではないか。その意味でも、今回の来日公演はとても重要なパフォーマンスになるのではないかと僕はワクワクしている。

■参加した豪華な バックミュージシャンたち

本作で演奏面を務めるのは、これまで多くのミュージシャンを支えたベテラン演奏家たちである。まずはギターのレニー・ケイ。パティ・スミスがパンクロックの先駆者のひとりであることは間違いない事実であり、その彼女の音楽を構築する上で大きな役割を担ったのがレニー・ケイだということも、同じぐらいよく知られている事実だろう。実際、パンクロックの概念はレニー・ケイによって形作られたのである。1972年、音楽オタクの彼がコンパイルした『Nuggets:Original Artyfacts from the First Psychedelic Era 1965-1968』がエレクトラ・レコードからリリースされた。このアルバムほとんど無名のガレージバンドばかりを集めたコンピレーションであるにもかかわらず、ロックの熱いエッセンスが詰まった歴史的な作品となり、結果的にパンクロックが生まれるきっかけとなった。

プロデューサーのひとりとして参加している歌手のベティ・ライトは、17歳でリリースした「クリーンアップ・ウーマン」(’71)が大ヒットし、マイアミレディソウルの代表的存在として知られる。当時、アレサ・フランクリンやエタ・ジェイムスのようなシャウトする女性ソウルシンガーが多い中、ライトはソフトでポップを持った新感覚のシンガーであった。ジョス・ストーンがリスペクトしていることでも知られ、ストーンのデビューに全面的に参画し素晴らしい結果を生んだ。バーチにしてみれば、ライトに対してストーンのような思い入れはない。しかし、ベテランの助言と指導はバーチにとって大きな助けになっただろうと推測する。

リズム・セクションは、ベースにアダム・ブラックストーンとジョージ・ポーター、ドラムにはシンディ・ブラックマン、スタントン・ムーアという4名の超ド級ミュージシャンを起用し、重量感のある素晴らしいグルーブを生み出している。

他にも、マイケル・ジャクソンのトリビュートコンサートで音楽監督を務めたキーボードのレイ・アングリー、サックスのルー・マリーニとトロンボーンのトム・マローンの二人はブルース・ブラザーズのメンバーでもある。もうひとりのサックス、レニー・ピケットはタワー・オブ・パワーの元メンバーだし、これだけの豪華なメンバーが揃うことは滅多にない。

■本作『バイブル・ベルト』について

本作に収録されているのは全部で13曲、どれも名曲である。これだけハイレベルのアルバムはそうそう作れるものではない。これはバーチの才能が並み外れていることの証明になるだろう。ソングライティングだけでなく、彼女のヴォーカルがすごい。本作ではジョス・ストーンやレディ・ガガらと差別化するためもあって、おそらく7~8割程度の力で歌っていると思うのだが、それが好結果につながっていることは明らかだ。最近のシンガー(特にR&B関係)はテクニック勝負みたいなところがあって、全力に近いパワーを出して歌い上げることが少なくないが、音楽は自分の望む表現に見合った力を出せばそれでいい。レニー・ケイやベティ・ライトは、そのへんをよく分かっているので、本作ではあえて抑えた歌唱が好結果につながっている。

それと、特筆すべきは彼女のピアノの上手さ。モデルのような彼女の容姿からは想像もつかないようなゴスペルタッチの泥臭い演奏で、キーボードのプレイだけを取り上げるとスワンプロック系も好きなのかもしれない。なお、彼女はバイオリンやチェロも弾けるようで、本作ではストリングスの一員としても参加している。

本作は間違いなく彼女の最高傑作だ。もし聴いたことがないなら、この機会にぜひ聴いてみてください。

TEXT:河崎直人

アルバム『Bible Belt』

2009年発表作品

<収録曲>

1. Fire Escape

2. Valentino

3. Fools

4. Nothing But a Miracle

5. Rewind

6. Rise Up1

7. Photograph

8. Don’t Wait Up

9. Mirror Mirror

10. Ariel

11. Choo Choo

12. Forgiveness

13. Magic View

14. Every Now and Again

15. Cheap Ass Love

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